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インドネシアの低所得者向け住宅ルスナワを例に、住環境とソーシャル・キャピタルの関わりを考える

アルプラディティア マリクAlpraditia Malik

OIC総合研究機構 専門研究員
研究テーマ

府営住宅に住んでいる低所得者における社会関係資本:建築環境の影響を中心

専門分野

建築、住宅、社会関係資本、スラム、低所得者

現在の研究テーマと、テーマに取り組むきっかけについてお聞かせください。

Malik:母国インドネシアで、低所得者向け賃貸住宅ルスナワに住む人と、ルスナワに居住していない高所得の人たちとの社会的な交流について調査しています。修士課程の学生だった2016年にインドネシア政府が首都ジャカルタのスラムの人々を公営住宅へ移住させているという話を聞き、移住による環境の変化がスラムの人々とソーシャル・キャピタルにどのような影響を及ぼすかに興味を持ちました。現在は現地での観察やインタビューを通して、ルスナワの人々の住環境に対する満足度や、ルスナワ内外のコミュニティとどのような関わりを持っているかを調査しています。他の国を対象とした類似の研究はあるのですが、インドネシアでは初めての試みです。

ルスナワはどのような住居なのでしょうか?

Malik:主には政府が建てた、低所得者のための公営賃貸住宅です。企業が社会貢献活動の一環として建てたものもあります。近隣のスラム出身者が優先ですが、一定の所得に満たない人であれば応募して入居できます。家賃は無料ではありませんが低所得者でも手の届くレベルで、天災などで住む家を失った人などは一定期間の家賃が免除になることもあります。ジャカルタのルスナワの多くはエレベータのついた高層ビルで、住環境は一般的な中流家庭と遜色ないものになっています。部屋は36平米の間仕切りの無いスタジオタイプ(ワンルーム)で占有のトイレやキッチン、共有の運動場があります。部屋は一タイプしかなく一家族で一部屋しか契約できないので、夫婦二人でも子どもが複数居ても同じ広さです。私が調査した中では6人が住んでいた例もありました。付随する商店などの施設は住民が経営しており、収入を得る手段になると同時に、ルスナワ外の人と交流を持つ機会にもなっています。

スラムから移って来た人の反応はいかがですか?

Malik:強制的に移住させられた人と、自分で応募したり知人から誘われたりして住み始めた人とでは満足度が異なります。自分の意思で入居した人は初めから満足度が高い傾向にありますが、強制的に移住させられた人は初めのうちは「こんなところに居たくない」という思いが強い場合も多く、調査への協力をお願いすることも容易ではありません。3年から5年ほどで新しい環境に慣れていきますが、早く慣れるためには親族や転居前からの知り合いが一緒かどうかが重要です。

低所得の人たちは同じ境遇の人達との社会的な結びつきが強く、そこから切り離されてしまうと不安や不満を感じやすくなります。知り合いが一緒だと満足度も早く上がるのですが、一人で転居してきた人はむしろ満足度が下がりがちです。

ルスナワの近隣に住む人たちは、ルスナワと住民の存在をどう受け止めているのでしょうか?

Malik:形を変えただけでスラムはスラムではないかというネガティブな反応はあります。犯罪率が上がることを不安視したり、自分の子どもをルスナワの子どもと同じ学校に行かせたくないという声もありました。スラムだからと言って必ずしも犯罪率が高いわけではないのですが、そういうイメージを持っている人はいるようです。

その一方で、ビジネス街にほど近いあるルスナワでは、近隣の企業で働く人などが住民が経営するカフェテリアを訪れるようになりました。ルスナワの外の人との交流を通じて新たなスキルを学び、オンラインショップを開いて充分な収入を得られるまでになった住民もいます。

ルスナワ内外の人々の交流についてこれまでに解ったこと、今後取り組みたいことをお聞かせください。

Malik:親族や入居以前からの知り合いなどを除いた「自分のコミュニティ外」の高所得者と交流を持てるようになった住民は全体の23.3%で、多くの住民は今も自分のコミュニティの内側、または住民同士の交流に留まっています。

低所得の人々は安定した職を得づらく、仕事に就けても低賃金の場合が少なくありません。十分な教育を受けて知識やスキルを獲得できる機会も少ないため、コミュニティ外の人と交流できなければ現状は固定され、社会的に孤立してしまいます。ルスナワの目的は低所得の人に住居を提供することで、高所得者との自然的な交流の支援でも、スキルアップや就職支援でもありません。それでもルスナワに住み、店舗で仕事をしたりルスナワ周囲の公園や祈祷所などへ出かけたりすることで、スラムに住み続けた場合と比べてコミュニティ外の人々との交流に繋がりやすくなっているようです。

今後はまず、ルスナワ住民と高所得者との交流を増やすにはどんな仕掛けが有効なのかを検討したいですね。長期的には私自身が、二つのコミュニティの架け橋のような存在になりたいと考えています。