立命館あの日あの時

「立命館あの日あの時」では、史資料の調査により新たに判明したことや、史資料センターの活動などをご紹介します。

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2013.12.03

<学園史資料から>1968年度卒業生に送られた末川総長の手紙

 1968年度の「卒業式」は最初、320日(木)10:00法・理工、13:00経済・経営321日(金)10:00産業社会、13:00文、17:00二部 式場:研心館4階講堂(広小路)

と決定されていました(1968119日大学協議会)が、その後の大学紛争に伴う破壊行為と妨害のため、変更を余儀なくされ、衣笠学舎を中心に、時間もずらして実施されることになりました。

「卒業式」直前の1969317日大学協議会では、

320日 10:00法(以学館1号)、12:30理工(衣笠学舎学科ごと)、14:00経済(以学館1号)、

321    10:00経営(以学館4教室に分割実施)、13:00産業社会(場所未定)、15:00文(清心館と有心館 で専攻ごと)17:00二部(研心館予定)

と変更されました。

ところが実際には

320日は、理工・経済学部の卒業式は無事に挙行できましたが、法学部は阻止行動に合い中止。翌21日も経営・産業社会、二部全学部は挙行できましたが、文学部は阻止され中止となっています。

 このような状況の中、19693月で退任することが決まっていた末川総長は、事態を大変憂い、後日すべての卒業生に「卒業する諸君へ」と題する文書を送付しています。

 「卒業する諸君へ」PDFはコチラ


 史資料センター準備室所蔵資料より

2013.12.03

<学園史資料から>大学紛争時 1968年度期末試験中止のハガキ

 大学紛争さなかの1969年、立命館大学は期末試験が実施できず、レポート試験に変更しています。

 期末試験は、当初1969124日から開始の予定でしたが、121日には二部の期末試験を延期、123日には一部の期末試験を延期する判断をしています。

その後も事態は好転せず、218日以降の学内の状況を判断した大学は、語学試験を除き一部全学部で試験をレポート提出に切り替えることとし二部のみ試験を実施することとなったのです。

写真のハガキは、196928日付 経営学部卒業該当回生(4回生以上)にあてて送られた期末試験をレポートに切り替える案内です。

 このようなハガキで、当時の学生には連絡されていました。

また、当時4回生であった方の回想によれば、朝日放送の深夜ラジオ番組「ヤングリクエスト」の放送で「立命館大学文学部事務室のテスト用紙が全共闘に奪い去られ、明日の卒業試験は中止です」と聞いたといいます。



 経営学部1969年卒業の方より、複写させていただいた資料から

2013.12.03

<学園史資料から>1969年度入学式延期のハガキ

「入学式」は本来ならば4月上旬に挙行され、オリエンテーション期間を経て授業が始まるのですが、大学紛争の影響で、1969年度の入学式は、衣笠学舎と二部全学部は414日、広小路学舎(法・文・産業社会学部)は421日に延期されました。

 1969329日の大学協議会では、教学部長から「昭和44年度入学式については、当初の計画では実施しがたいので、入学式期日を414日ないし21日以降とし、開講もこれと同時とし、新入生が在学生とともに登校しうるよう考慮する」旨の提案を受けて、具体化を教務会議(教学を掌る機関会議)に付託し、結果を42日新入生に連絡することとしています。

写真は、この入学式の変更を連絡した産業社会学部からのハガキで、48日の入学式を421日に変更するとともに、一連のオリエンテーションの日程も案内しています。

 414日の衣笠学舎では、入学式粉砕を叫ぶ学生が会場の以学館前に押し寄せましたが、多くの学生が座り込んで抵抗して式典を守り、経済・経営・理工学部・二部全学部は無事入学式が挙行できました。

 しかし、421日の広小路学舎(法・産業社会・文)では、入学式粉砕を叫ぶ学生たちが、入学式会場の研心館を守っていた学生たちや出席する新入生に襲いかかり、新入生を含む約30名を負傷させたのです。それでもなんとか式典は挙行されたのです。



   史資料センター準備室所蔵資料より

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