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  • ISSUE 13:
  • サステイナブル

身の回りのエネルギーを使った電池のいらないセンサシステム

尿を使って発電し、おむつ交換の時期を知らせるバッテリレス尿失禁センサを開発。

田中 亜実理工学部 講師

    sdgs03|

太陽や照明の光、機械が発する熱や振動、人の運動エネルギーなど身の回りに存在する極めて小さなエネルギーを取り出して電力に変換する。そんな「エナジーハーベスト(環境発電)」が近年注目されている。あまりに電力が小さいためにこれまでは捨てるしかなかったエネルギーを有効活用する技術としてさまざまな応用が期待されている。

電池のいらないバッテリレス端末を研究開発している田中亜実もエナジーハーベストに着目する一人だ。とりわけ田中の研究がおもしろいのは、世の中をあっと言わせる用途を見出すところだ。その一つが尿を使っておむつの交換時期を知らせるバッテリレスの無線尿失禁センサシステムの開発である。

「例えば介護で尿失禁のお世話をする場合、おむつを取り替える必要があるか、定期的に確かめなければなりません。もしおむつに尿漏れセンサを取り付け、おむつの状態をセンシングできたら、介護する人が何度もおむつを確認する負担を減らせるとともに、介護される人にとっても、何度もおむつを確認されることによる不快感を軽減できるのではないでしょうか」と田中は語る。とはいえ電池を搭載した重くて固いセンサをおむつに取り付けるのは現実的ではない。そこで田中は、失禁時の排尿を利用して発電し、その電力で無線機を駆動して尿失禁を知らせる電池交換不要のセンサを考案した。

まずおむつを履いた時に不快感がないようにするためと、おむつに吸収される尿を電解液として発電させるために、おむつ内にシート状の活性炭電極とアルミニウム電極を取り付けた、おむつ型の尿発電電池を開発した。

とりわけ革新的なのが、続いて開発した回路とセンシング手法である。「尿発電で得られる電力は非常に小さいため、発電した電力を一旦キャパシタ(蓄電素子)に蓄えないと無線機を駆動できません。必要な電力量が溜まったことを自動で検出して無線機を駆動するための制御をとても小さな消費電力で行える回路を考えました。この回路を用いて無線機を駆動すると、送信される無線信号が間欠的になります。尿量が多い時は発電量が多くキャパシタの充電時間が速くなるので信号が送信される間隔は短くなり、逆に尿量が少ない時には間隔が長くなります。これなら送信された無線信号の間隔から尿失禁のタイミングや尿量を検出でき、おむつ交換の時期を判断できます」と田中は説明する。

このシステムは現在商品化を目指し、おむつメーカーと共同で実証実験に向けた準備を行うところまで進んでいる。「安全性や履き心地、使い捨てできるデバイスの開発など解決しなければならない課題はまだあります」としながらも、着実に実用化に近づいている。

失禁時の排尿を利用して発電。その電力で無線機を駆動し、尿失禁を知らせる。実用化に向けて開発が進んでいる。
植物の中を流れる樹液を電解液として発電。植物発電を電源に用いて無線機を駆動する。生育状態のモニターに活用することが考えられている。

また田中は、同じくエナジーハーベスト技術を活用したバッテリレスの発電型センサ端末として、植物の状態をモニタリングするシステムも開発している。

「植物の中を流れる樹液を電解液として発電する『植物発電』を電源に用いて無線機を駆動するというものです」と田中。発電や無線送信の仕組みは尿失禁センサシステムと同じだが、植物を対象とする場合は一つ課題があった。それは樹液発電で得られる電力が尿発電とは比べものにならないほど小さいことだ。尿発電で得られる電力が数百μWであるのに対し、樹液発電の電力量はわずかに数μWと1%程度しかない。尿発電と同じ回路では無線機を駆動できないため、田中は回路を設計し直し、より低電力で動作する回路を構築した。

「実験で無線信号を受信した時間の間隔をモニタリングしたところ、水やりを行うと受信間隔が短くなることがわかりました。半面、一定期間水やりをやめると無線信号が受信されなくなることも確かめました」と田中。水分量が少ない土壌で植物が土から水分を吸い上げられないと、茎の中の樹液量が低下し、発電量が低下したと考えられる。

このモニタリングシステムを農業に活用し、水分量や環境パラメータを適切に管理することで生育状態を制御し、生産効率や作物の品質を上げることに役立てたいと田中は考えている。

さらに電池交換の不要なバッテリレスシステムには、エナジーハーベストを用いる方法の他に、ワイヤレスで電力を送る「無線給電」と呼ばれる方法もある。田中らの研究グループは、2.45GHz帯の電磁波を使った無線給電システムも研究開発している。「波長の短い2.45GHz帯を使えば、受信アンテナを小さくすることができます」と田中。実際に2.45GHz帯の送信機で電磁波を送り、付け爪や付けまつげに取り付けたLEDに給電して光らせることに成功している。これを使えば、例えば体に装着できるウェアラブルなバイタルセンサに給電することも可能になる。

いずれもどのように応用可能性が広がるか、これから先が楽しみだ。

ワイヤレスで電力を送る無線給電。波長の短い2.45GHz帯を使うことで小さい受信アンテナへの給電が可能になる。

田中 亜実TANAKA Ami

理工学部 講師
研究テーマ

おむつへ適用可能なウエアラブル尿発電センサシステムの構築、植物発電を用いた植物モニタリングシステムの構築、無線給電

専門分野

電子デバイス・電子機器