2020年4月、75歳以上を対象にいわゆる「フレイル健診」が始まった。これを受けて立命館大学では、関連分野で多くの研究実績を持つ真田樹義によるフレイル対策の解説動画を公開。その重要性を訴えた。
「フレイルとは『虚弱』を意味する言葉です。身体的な衰え、精神・心理的衰え、社会的衰えを含み総合的に弱った状態を指します」と真田は解説する。超高齢社会を迎えている日本において、フレイルは高齢者が要介護に至る前段階として問題視されるようになってきた。特にフレイルの身体的な側面として問題視されるのが「サルコペニア」である。真田はこれまでサルコペニアに焦点を当て、その予防につながる研究に力を注いできた。
サルコペニアは、加齢によって筋肉量が減少し、筋力が衰えることをいう。一般に男性は40歳前後、女性は35歳頃から始まるといわれている。「筋肉が衰えることに他の問題が重なると骨粗しょう症や糖尿病をはじめ生活習慣病のリスクが高まり、QOL(生活の質)の著しい低下につながっていきます」と真田はその危険性を語る。
早くからその重要性に目を向けていた真田は、日本においてサルコペニアを評価・診断するための基準の策定にも取り組んできた。「当時ヨーロッパの研究グループによって二重エネルギーX線吸収測定法(DXA法)を用いてサルコペニアか否かを判断する基準値が定義されていました。DXA法は、筋量や骨量を測定する手法として広く用いられています。しかし西洋の人とアジア人では体格などに違いがあり、ヨーロッパの基準をそのまま日本人に適用するのは無理があります。そこで日本人を対象にしたサルコペニア評価基準が必要だと考えました」と研究の背景を語る。そこで真田は18歳から85歳までの日本人の男女1,800人余りを対象に行った大規模な身体計測、DXA法による体組成測定、簡易体力測定のデータを活用し、日本人のサルコペニア評価基準値の算出を試みた。
まず骨と脂肪を除いた四肢の除脂肪量から算出したのがSMI(骨格筋指数)である。それによると40歳以下の被験者のSMIは、男性が8.67±0.9kg/㎡、女性は6.78±0.66kg/㎡だった。続いて先行研究に従って被験者のSMIの平均値 -2標準偏差を日本人のサルコペニア参照値、SMIの平均値 -1標準偏差をサルコペニア予備群の参照値と定めて算出。こうしてサルコペニア参照値を男性6.78、女性5.46、サルコペニア予備群の参照値を男性7.77、女性6.12と導き出した。
とはいえDXA法を使った算出法は高精度ではあるが手軽に測定することはできない。そこで真田は、年齢、BMI、腹囲、握力、ふくらはぎの太さなどの変数から簡易なサルコペニア評価法も開発した。先進の研究をいかに社会に適用し、人々に役立てるか。真田の主眼はそこにある。
また真田はハワイ大学との共同研究で、サルコペニア肥満と死亡リスクの関係について興味深い知見を見出している。「ハワイ州で1965年から50年以上にわたって主に日系米国人を対象に継続して行われてきた疫学調査のコホートを活用し、1991年から2015年までの24年間の日系米国人男性約2,300名のデータを抽出。サルコペニアと肥満、そして死亡リスクの関係を検討しました」という。
真田は対象者を体形別に「普通型」「肥満型」「痩せ型(サルコペニア)」「痩せ肥満型(サルコペニア肥満)」に4分類し、それぞれの死亡リスクを算出した。「仮説では、サルコペニアと肥満の二つを抱えるサルコペニア肥満の死亡リスクが最も高いと想定していましたが、予想に反して最も死亡リスクが高かったのは、痩せ型、すなわちサルコペニアの人でした」と真田。一体どういうわけなのか。
真田によると注目すべきは対象者の「年齢」だという。「研究材料にしたのは世界一高齢のコホートで、対象者の平均年齢は78歳に達していました。75歳頃から高齢になるほど身体にとって体脂肪の重要性が増していく『肥満パラドックス』と呼ばれる現象が起こります。本研究においてもそれが示唆されたといえます」と分析する。それと同時にサルコペニアの死亡リスクの高さにも刮目すべきだと真田は続けた。「40歳以降、後期高齢者になる前の段階では肥満も重要なリスク要因となることを忘れてはなりません。早い段階から始める必要があるのはそのためです」と強調した。
サルコペニア対策はフレイル予防にもつながる。そのため真田の研究への関心はフレイルにも及んでいる。日本人を対象にフレイル状態を確認する評価指標を用いて、滋賀県甲賀市などで一般の人々にフレイル測定を実施し、フレイル予防を呼びかけている。
研究においては、フレイル状態と肥満が重なると、ADL(日常生活動作)やサルコペニア、ロコモティブシンドロームなどの指標も悪化すると考えている。「フレイル状態の人が新型コロナウイルスに感染すると死亡リスクが高まるという最新の報告もあります」と真田。研究の重要性はますます高まっている。