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保護者と暮らせない子どもを社会で育む

社会的養育で育つ子どもがこれまでを知り将来を考える「ライフストーリーワーク」

徳永 祥子衣笠総合研究機構 准教授

    社会科学|
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    sdgs03|

虐待や経済的困窮などさまざまな理由で親と暮らせない子どもがいる。厚生労働省によると、施設や里親家庭などで保護養育する「社会的養育」で育つ子どもは、約4万5,000人に上るという。

「日本の場合、社会的養育の担い手の大多数は乳児院や児童養護施設、児童自立支援施設などの施設です。近年こうした施設で育った子どもに対する『ライフストーリーワーク』の取り組みが少しずつ広がってきました」。こう切り出したのは児童福祉や社会的養育に関する研究と実践に取り組む徳永祥子である。徳永は日本でいち早く「ライフストーリーワーク」の重要性を訴え、普及に尽力してきた。

「『ライフストーリーワーク』は、社会的養育で育った子どもが生い立ちや現状を整理し、主体的に将来に向かえるよう支援すること。この試みは1970年代にイギリスで始まりました。現在同国では、社会的養育を受けるすべての子どもにこれを実施することが法律で定められています」と言う。イギリスの大学で応用福祉学を学んだ徳永は、かねてから日本の施設で育つ子どものほとんどが出生や生い立ちについて知らされないことに問題意識を持っていた。「生い立ちを知ることは、自分らしい進路や人生を選択する上で極めて重要です。それができないと、経済的・社会的に困るだけでなく、自己肯定感が著しく低いまま大人になるなど心理的にも深刻な影響を及ぼすことが報告されています」と説明する。

「ライフストーリーワーク」は生い立ちなど「過去」を知ることに留まらない。「過去だけでなく、今なぜここにいるのか『現在』の状況を理解し、その上でこれからどうするのか『未来』を考えることが非常に重要です」と言う。それに加えて徳永は人生を通じて繰り返し続けることの重要性を説く。「諸外国では成人後も出生や生い立ちに関わる記録が保存され、当人はいくつになってもルーツを振り返ることができます。日本でもそうした記録保存の仕組みを整備していく必要があります」と徳永。「ライフストーリーワーク」の普及に向け、実践と問題提起を続けている。

一方、社会的養育には、施設養育だけでなく、里親や特別養子縁組など家庭的な環境で子どもを育てる取り組みもある。これまで日本では圧倒的に少数だったが、近年その潮流が変わりつつあるという。2016年6月に児童福祉法が改正されたのに続き、2017年8月に「新しい社会的養育ビジョン」が打ち出され、社会的養育の子どもの家庭養育を促進することが国の目標に掲げられた。「これにより子どもはできるだけ家庭に近い環境で育てられるべきだという認識が明確になりました」と徳永はその意義を語る。だがそのための社会基盤の整備はまだ十分とはいえず、特別養子縁組も年間500組ほどに留まっているという。

これまでに徳永は、特別養子縁組や里親制度の普及に取り組む公益財団法人日本財団の「ハッピーゆりかごプロジェクト(現・子どもたちに家庭をプロジェクト)」の研究員として、里親や特別養子縁組に関する意識・実態調査にも携わってきた。「特別養子縁組によって養子になった方(15歳以上)とその養親の方を対象にした全国調査から、養親になった方がどれほど強い思いを持って養育されているかが明らかになりました。また養子の幸福度が相対的に高いことも実証されました。家庭養育のメリットについて確かなエビデンスが示されたことが、里親や特別養子縁組の増加の後押しになればいい」と語る。

さらに徳永が現在力を注いでいるのが、里親支援に関わる人材の育成だ。2019年、立命館大学は日本財団の助成を受け、「人間科学研究所社会的養育プロジェクト」を発足。里親支援を行うフォスタリング・ソーシャルワーカーを養成する専門職講座をスタートさせた。徳永は中心となってプログラムの編成に携わり、講師として教壇にも立つ。研修では、国内外の先進的な理念や実践を学ぶだけでなく、価値観や人生観を揺さぶる体験を通して人間理解力や思慮深い行動力を育成することに重きを置くという。「対人援助分野で教育・研究実績のある立命館大学が開講しているとあって、毎回定員を超える応募があります。里親支援に携わっている人の中には他との連携や支援もないまま孤軍奮闘している人が少なくありません。大学で学び直したいという専門職のニーズは極めて高いと実感しています」と徳永。今後は里親経験者にも対象を広げ、里親支援の専門職と里親が学び合う場を作っていきたいと構想する。

さらに徳永は、特別養子縁組に子どもを託した産みの親にも目を向けている。「日本ではほとんど光の当たっていない残された分野。この研究も進めたい」と言う。これからも子どもを社会全体で育む社会的養育について研究と実践の両面から力を尽くしていく。

徳永 祥子TOKUNAGA Shoko

衣笠総合研究機構 准教授
研究テーマ

ソーシャルワーク、ライフストーリーワーク

専門分野

社会福祉学