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  • ISSUE 26:
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多彩な選択肢に溺れる社会をサポートする「推薦」の技術

心身状態をセンサで測って数値化し、着装を支援する

原田 史子情報理工学部 教授

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私たちの暮らしは今、これまでにないほど多様な製品やサービスで彩られている。選択肢が広がることは喜ばしい一方で、自分に合う製品に辿り着くことが困難になり、「決断疲れ」も起きてしまう。多様な世界のガイド役をAIに任せられないか――原田史子は「情報推薦」という学問分野を通して、その可能性を追求している。

「おすすめ商品」を提案する「情報推薦」の技術

情報推薦システムは、AIや情報検索、データマイニングの分野で発展してきた情報工学の技術だ。耳慣れない言葉かもしれないが、私たちが日常的に利用する多くのサービスに組み込まれており、一般的には「おすすめ機能」などと呼ばれている。たとえば、購入・閲覧履歴から似た商品を提示するネット通販サイトや、視聴傾向から好みに合う作品を推薦する動画配信サービス、ユーザーの操作や閲覧パターンからユーザーが見たい投稿を予測して提示するSNSなどが、その例だ。

「情報推薦の技術は、今後ますます重要になっていくと思います」と原田史子は説明する。「IoT機器やモバイルデバイスの普及、DX推進やさまざまな社会活動のデジタル化などが進むことで、インターネットを介して得られる情報は膨大なものとなっていきます。さらに、生活環境やニーズの多様化によって、『誰にとっても有益な情報』ではなく、『私にとって有益な情報』が求められるようになっています。そのような状況で、大量のデータの中からユーザーのニーズや嗜好に合致した情報を抽出する技術の発展が待たれています」

原田が研究対象とするファッション分野でも、情報推薦システムは広く用いられている。大手衣料品メーカーの通販サイトでは、例えばワンピースを閲覧すると、似たようなデザインや色のワンピースが紹介されたり、同じ商品を見た他のユーザーが興味を持ったアイテムが提示されたりする。しかし、こうした着装の推薦は、主に「見た目」に関する提案にとどまっている。服の快適性や着用感、着る人の体質やその日の心身の状態にまで踏み込んだ推薦は、まだ実現されていない。

だが、服は外見を飾るだけでなく、心身の状態にも大きな影響を与える。原田は、そこに強い関心を抱いていた。

「私自身、好きな服を着ると気持ちが高まり、他人とも臆することなくコミュニケーションを取れるようになったり、スーツを着ると気持ちが引き締まり、仕事への意欲が増したりするなど、服がもたらす心理的影響を実感していました。また、新聞などで高齢者や障がいのある人向けの美容サービスや衣服が、利用者の気分をポジティブにしているという記事を目にすることもありました。こうした経験から、服飾品によって人の気分を前向きにし、ウェルビーイングへと導くサービスに興味を持つようになりました」

その興味と情報推薦の技術研究が結びついたのは、情報理工学を専攻する原田ならではの視点だ。様々な事象からデータを採取して数値化し、目的に合った計算手法を見出し、その結果を予測や分析に活かす――こうした情報工学的アプローチを、原田は心理や体質に合わせたファッション推薦機能の実現に応用している。

「私の研究室の最大のポリシーは、人の心の動きをセンサなどでデータ化し、それを数式で表して有用な情報を抽出することです。ファッションに限らず、何らかの外部刺激が活動中の心の状態に与える影響を反映する値をウェアラブルセンサなどで計測し、深層学習や機械学習によって予測を活用することを目指しています」

着装がもたらす心理的・生理的影響の利活用

日常生活の自然な心の状態を測る難しさ

衣服が心理に及ぼす影響を予測し、一人一人に最適な着想を推薦するプログラムを構築するには、まず、どのような衣服環境で、どのような心理状態が生じるのかを体系的に記録した大規模データが必要となる。そのためには、何を測定すれば衣服と心の関係性を示す指標になるのか、またそれをどうやって測定するのかを考える必要がある。

「その設計を考えるのがこの研究の一番難しいところであり、面白い部分でもあります」と原田は語る。「被服学という学問分野では、服の中の状態(被服内気候)を測る実験が行われますが、その多くは実験室内で行われ、被験者が自由に移動できないような大掛かりな装置を使って測定されています。しかし、私が調べたいのは日常生活を営んでいる時の衣服と心の関係性です。そのため、従来の方法とは異なるやり方を考える必要がありました」

活動時における服の快適さを測定するために原田が用いたのは、小型の温湿度センサだ。もともとは工場や農場のビニールハウス、サーバールームなどで、温度や湿度を計測するために使われるもので、コイン電池で動く、一辺3cmほどの非常に軽量な装置である。これをネックレスのように首から下げ、体と服の間に入れて生活をしてもらう。計測したデータは無線送信され、自動的に記録される。

このような形状のセンサであれば、装着したまま日常生活を送ってもらうことができる。また服の下に隠れるため、外見への影響もほとんどない。衣服と心理の影響を考える上では、審美性も重要だ。おしゃれをすることは衣服を着る大きな目的の一つであり、不格好な装置をぶら下げて生活をしたのでは、衣服が本来もつ力を正しく評価することはできない。

他にも、「高揚感」や「恥ずかしさ」といった感情面の影響を推定するために、動作を記録する加速度センサを用いることもあるという。

「特定の服を特定の状況下で着ることで、気分が上がったり、逆に恥ずかしくて萎縮したりすることがありますよね。そうした影響を推定するために、脳波やストレス値を測定するだけでなく、加速度センサで動作を記録することもあります。恥ずかしいときは動作が小さくなり、逆に自信があり気分が高揚しているときは、動作も大きくなるといった仮説を立ててデータを集めています」

より多くのデータを集めるという観点でも、実験に協力してくれる被験者の負担を減らすことは不可欠だ。自動でデータを送信する温湿度センサであれば被験者の手間は少ないが、衣服との関係を調べるには、着用している服の情報を被験者に入力してもらう必要がある。その負担感を減らすための技術については今後の課題だと原田は説明する。

「着装が心に与える影響がどの程度強いもので、どの程度行動に影響するのかは、未知の部分が多いです。集める情報が多いほど影響の推定はしやすくなりますが、その分、被験者の負担は増えてしまいます。被験者の負担を減らし、推定の精度を落とさないためにはどうすればよいかということを考えながら、情報推薦のアルゴリズムの工夫も行っています」

考える楽しさが実感できる研究プロセス

原田の研究から、現在どのようなことが明らかになってきたのだろうか。

「首から下げた温湿度センサを用いて着用状況ごとの快適さを予測する研究では、特定のデータを入力すると、約90%の精度で快適か不快かを5段階で当てられるようになりました。ただし、これは被験者ごとに個別に計算方法を最適化した結果であり、同じAIモデルを使って他の人の状態を予測する段階までは至っていません。また、講義を受けているときのようにじっとしている場面では正解率が高いのですが、屋外で活動しているときの精度はあまり良くないため、そこは今後の課題です」

原田の「活動情報工学研究室」では、ファッションに限らず、様々なテーマの研究が行われている。人の心の動きをセンサなどで測定し、予測に活かすというコンセプトのもと、学生それぞれの興味を活かした研究が進められている。例えば、どんな香りが集中力を高めるかを調べるために楽器の奏者に脳波センサを装着して練習してもらう研究や、自尊心を向上させる服装の特徴を見つける研究など、多様なテーマがあり、企業との共同研究も数多く行われている。

原田は研究の魅力を次のように語る。

「本来、目に見えない人の心の動きを数値化し、AIで計算することで可視化できることは、とても『楽しい』ことだと、これから研究を始めようとしている学生さんに伝えたいですね。結果がうまく出たときは達成感がありますし、それを実現するためにどうすればよいかを考える過程もやりがいがあります。毎日の生活を改めて見直し、どういうデータを取れば心の動きを推測できるのかを考えることや、生活の妨げにならない計測方法を工夫するなど、常に頭を使います。考えるということ自体が楽しいですし、それらを一つ一つ実現していく過程はもっと楽しいです」

どんな嗜好や体質の人でも衣生活を楽しめる社会へ

原田の研究が目指すのは、誰もが自分の嗜好や体質にあったファッションを楽しめる未来だ。予測技術が進めばその可能性は大きく広がる。例えば衣服の快適さについては、過ごした場所の環境データと、自分の嗜好や体質のデータを組み合わせることで、どんな服を着れば快適に過ごせるかを予測できるようになるだろう。その結果を情報推薦に活かすことができれば、私たちはより自分に合った服を簡単に選び、毎日の衣生活を快適かつ豊かにすることができる。また、「自尊心を高めたい」、「ポジティブな気持ちになりたい」といった心理的ニーズをもとに服を選ぶことも可能になる。さらに車いすユーザーや高齢者などの、ファッションへの特別なニーズを捉え、商品開発に反映することもできるだろう。

カラフルな色も、一度に混ぜれば濁って真っ黒になるように、自分にとって適切な色を選び取ることができなければ、多様な世界を楽しむことはできない。原田の研究は、そのカラフルさを存分に味わうための鍵となる。

原田 史子HARADA Fumiko

情報理工学部 教授
研究テーマ

1. 着装がもたらす心理的・生理的影響の利活用
2. 生活コンテキストの自動推定

専門分野

データベース、ヒューマンインタフェース、インタラクション