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スウェーデンの保育の現場に見るコ・プロダクションの意義。

小田巻 友子ODAMAKI Tomoko

経済学部 准教授
研究テーマ

福祉サービス供給におけるコ・プロダクション

専門分野

社会政策、協同組合論

研究テーマをお教えください。

小田巻:「コ・プロダクション(Co-production)」をテーマに研究しています。コ・プロダクションは、1970年代にアメリカの行政学者ヴィンセント・オストロム(Vincent Ostrom)らが提唱した概念です。論者によって定義はさまざまですが、総合すると「公共的なサービスの提供において、専門家と利用者が自発的に協働することが、サービスの質や量を高めること」と理解されます。今日では経営学や社会学、政策科学など幅広い分野で用いられていますが、中でも私は福祉サービスの領域に絞ってコ・プロダクションの概念整理や事例研究を行っています。

これまでの研究についてお聞かせください。

小田巻:焦点を当てている事例の一つが、スウェーデンの親協同組合就学前学校です。スウェーデンには、1歳から6歳までの幼児に教育・保育サービスを提供する就学前学校があります。コミューン(基礎自治体)や民間営利企業、財団、協同組合など多様な運営主体があり、その一つが親たちをオーナーとする親協同組合就学前学校です。

親協同組合就学前学校では、親が組織運営やサービス生産に関与することが義務付けられており、それが学校で提供されるサービスの質や量を高めている実態があります。サービス生産への親の参加やその度合いはさまざまです。例えば施設の掃除や修繕を行ったり、ランチやおやつを準備したりといった間接的なサービスに親が従事する場合もあれば、職員の欠勤時に食事の介助や本の読み聞かせを行うなど直接的なサービスに関わることもあります。とりわけ私が重視しているのが、組織運営に関わる意思決定の場に親が参画しているかどうかという点です。これまでの研究で、スウェーデンの親協同組合就学前学校では、年数回の理事会に議決権を持った親が参加し、予算配分や人事、新規入学者の受け入れなど、多くの物事の決定に関与していることがわかっています。

スウェーデンでの事例研究について具体的にお聞かせください。

小田巻:スウェーデンの就学前学校では、近年プロフェッショナリズムが強化される傾向があります。こうした潮流にあって、教育の「素人」である親の参加を推奨する親協同組合就学前学校にも変化が見られるのか。それを明らかにするため、2015~2016年、スウェーデンに赴いて計12の親協同組合就学前学校を対象に調査を実施しました。その結果、直接的な保育サービスへの親の参加は減少していたものの、間接的なサービスへの参加は依然として多様なかたちで行われていること、特に意思決定の場への親の参加は根強く残っていることが確認されました。

コ・プロダクションにおいて何をもってサービスの質と量を高めたというかは判断の難しいところですが、本研究では親協同組合に親が参加する意義は三つあると分析しました。一つには、親が間接的なサービスに参加することによって教職員が本来の仕事に注力できる、すなわち専門性を有効活用できることです。二つ目は、親と教職員のコミュニケーションが促進する点です。就学前教育に限らず福祉サービスの領域では、サービスの提供側と利用者の間の情報共有が不十分で、ニーズが顕在化されないことがしばしば指摘されます。親協同組合における親と教職員のコミュニケーションが、こうした相互の情報の不完全性を解消する有効な手だてになり得ると考えられます。三つ目には、親の参画によって予算を削減できる点です。節約されたお金を子どもにとってより重要なことや物に使うことが可能になります。このように親の参画によって情報の不完全性を解消し、確かなニーズに基づいて最適な予算配分が実現できる。その結果、サービスの質・量を高められると考えられます。

現在取り組んでいることをお聞かせください。

小田巻:これまでスウェーデンの親協同組合就学前学校や日本の医療福祉生活協同組合を事例にコ・プロダクションの実態を分析してきました。現在は、新たに日本の保育における親の参加に注目しています。

OECD(経済協力開発機構)が「家族や地域の参画」を保育の質を高める重要な政策課題に掲げるなど、いまや世界の多くの国で親を保育の質や量を高める資源と見なし、保育所の運営や活動への参加を奨励する動きが見られます。しかし日本では、こうした親の参加について議論が進んでいるとはいえません。その実態を把握するため、親が参加する運営委員会を持つ保育所で、運営委員会に出席経験のある18歳以上の親を対象にインタビュー調査を実施。特に親が意思決定の場に参加しているかという点に注目して聞き取りを行いました。運営委員会の在り方は保育所によってさまざまですが、現時点の調査結果としては、運営委員会が組織運営に関わる意思決定の場として必ずしも機能しているとはいえませんでした。一方で見えてきたのが、例えば子どもの送迎時に親と職員が会話するなど、インフォーマルなコミュニケーションが親の意見を反映させる手段として多用されている実態です。今後は大規模アンケート調査も実施し、量的研究へと発展させていくつもりです。

コ・プロダクションは自発的に選択されてこそ有効性が発揮されます。日本で親の参加を促すためには、それが可能な環境条件や制度の整備が欠かせません。そのために保育サービス生産への親の参加の意義とともに、それが可能になる条件を見出したいと考えています。