(1) 第66号 表紙写真「中禅寺湖畔に於ける修学旅行団」昭和11年7月発行 神宮参拝旅行号
【写真1】 (表紙写真)中禅寺湖畔に於ける修学旅行団
立命館では毎年春の時期に中学校商業学校の五年生が伊勢・熱田・明治の三神宮と靖国神社等への参拝を中心とする旅行を6月6日から6泊7日の期間で実施していました。
第1日目は午前5時半に京都駅に集合し、駅前で朝拝を行った後、午前6時発の奈良電で八木駅乗換で山田駅着。皇大神宮(内宮)、豊受大神宮(外宮)を参拝。再び汽車で名古屋駅へ出発。熱田神宮を正式参拝した後に旅館泊。
【写真2】隊列を組んで内宮参拝行進
第2日目は箱根へ。観光ホテル到着後に二重式火山見学しホテルへ帰着。
第3日目は鎌倉へ。鶴ヶ岡八幡宮、長谷観音を拝観して東京駅へ。宮城御拝し、中川総長邸を訪問してから宿舎の駿河台ホテル着。(生徒の感想では「ホテルとは名ばかりで、まるで馬小屋の様であった」と書かれていました)
第4日目は明治神宮・靖国神社正式参拝。乃木神社参拝、泉岳寺・震災記念館を参詣し、再び駿河台ホテルに帰着。
第5日目は上野駅から日光へ。見学や臨地講演を聞いて中禅寺湖畔の旅館着。
【写真3】日光明智平展望台より華厳の滝中禅寺湖を望む
第6日目は日光から新宿駅へ。淺川駅の車中から多摩御陵遥拝。午後9時前に上諏訪駅着で旅館へ。
第7日目は午前9時30分上諏訪駅発で、諏訪盆地、木曽川渓谷、日本アルプスを見学し、午後8時45分に京都駅へ帰着して解散。
参加者は126名。不参加者は全生徒の3分の1以上の75名(理由は家庭の事情29名、病気15名、勉強13名、その他18名)でした。
6泊7日の列車中心の旅程は、移動するだけも大変なものでした。それでも生徒たちのエネルギーは逞しく、行程や女性バスガイドとの交流を楽しみ、宿舎では疲れを知らないかのように時間を楽しんでいたようで、この旅行を記した大特集は36ページにも亘っていました。その中の一人は「The Sixth Day」と英文で投稿していました。
この6月の学校行事では、6月16日に防空演習を実施。6月20日には桃陵師団(京都伏見にあった陸軍第16師団の通称)凱旋を歓迎するため、全校生徒が隊列を組んで河原町四条を下がった場所まで行進したと記載されています。
(2)第67号 表紙写真「愛宕山幕営地全景」愛宕幕営号 昭和11年9月発行
【写真4】表紙・愛宕山幕営地全景
7月1日からは夏季特別短縮授業が実施され、午前中を「全校静粛」厳守で学科勉学に集中し、午後からは教練体操武道作業などの訓練を行うこととして9月21日まで続きました。
その頃の中川校長は、自身が竹刀を持って剣道の稽古をしたことがないと言いながらも学生剣道連盟の会長を引き受けていましたが、立命館の生徒たちには、剣道は運動ではなく、武士道として精神を錬磨するものであると強く指導していました。第67号には中川総長訓話で「禊は、我国に於いては、最も古くからおこなわれてゐる、最も大切な行事であり、教育上の要件である。傳統的な、日本の教育の要件だ。之と剣道とは同じことである。」と書かれていました。
この号の特集は、愛宕山での幕営(野営)訓練で生徒たちの様子を伝える12枚の写真が、「愛宕幕営グラフ」と題して掲載されています。中学校商業学校三年が7月23日から2泊3日で実施した後、他学年が順次実施していきました。
【写真5】北野天満宮参拝後、北野駅から京福電車で愛宕山の幕営地へ向かう生徒たち
【写真6】日の出に向かって遥拝
【写真7】銃器の手入れが綿密かを配属将校が点検
【写真8】最も楽しかったのかもしれない飯盒炊事
それまで「立命館禁衛隊」誌に見られていた生徒たちの伸び伸びとした詩や随筆などの作品数が減少してきました。禁衛隊精神が毎日の学校生活で前面に出されるようになった立命館の教育は、今号の特集のように次第に戦時体制の様相を色濃く呈するようになっていきました。
2026年9月7日 立命館 史資料センター 調査研究員 西田俊博
