村本 邦子 先生(人間科学研究科)
2023.04.12
災厄を生き抜く物語と土地の力-トラウマ論のむこうに-
臨床心理士として、30数年にわたり、虐待、DV、性暴力、戦争、災害など、トラウマの臨床と研究に励んできた。2011年の東日本大震災を受け、研究科に「東日本・家族応援プロジェクト」を立ち上げ、大学院生のプロジェクト型学習としても取り組んでいる。トラウマを理解するには、それを個人の心の問題にするのではなく、コミュニティや歴史のつながりのなかにおいて人間存在を捉える視点が必要である。学部時代から視野を広げ、人間理解を深める学習をして欲しい。
『周辺からの記憶:三・一一の証人となった十年』
村本邦子著(国書刊行会、2021年)
地震、津波、原発事故という巨大複合災害としての東日本大震災は、時代を共有する人々に大きな影響を与える歴史的出来事だった。著者は、被災地から離れた立命館大学の大学院に「被災と復興の証人になる」ことを志すプロジェクトを立ち上げ、以来、毎年、東北を訪問してきた。本書はその十年の記録であり、被災がもたらした影響とそれを生き抜く人々の姿をクロノロジカルに綴ったものである。大きな歴史的出来事も時間経過とともに忘れられていく。今一度、被災地に心を寄せ、同じ時代を生きた者として記憶に刻みたい。大きな喪失や哀しみとともに、東北の土地の豊かさや人々の力強さを知ることは、今後困難に出会った時に生き抜く糧になることだろう。
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『災厄を生きる:物語と土地の力 東日本大震災からコロナ禍まで』
村本邦子編(国書刊行会、2022年)
被災の周辺から中心へと旅を続けてきた私たちは、人々の話に耳を傾け、土地に根差して生きる人たちの知恵に多くのことを学ばせてもらってきた。他者との出会い、他者との対話から物語は生まれる。本書は、そんなふうにして紡がれたそれぞれの物語から11年の変化を振り返ったものである。三陸沿岸の土着の知、災厄の民話、子どもの甲状腺がん、原発関連ミュージアム、災害救援者、家族とジェンダーなどを取り上げ、被災地の光と影を描き出そうと試みた。最終章では、プロジェクトに参加した大学院生たちの学びがまとめられ、現地に赴き人々と出会うことがどれほど人を成長させるかに感動させられる。復興の大きな物語に呑み込まれることなく、小さく多様な声を重ね合わせ、災厄を生き抜く知恵を継承していきたい。
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『臨地の対人援助学:東日本大震災と復興の物語』
村本邦子、中村正、荒木穂積編(晃洋書房、2015年)
本書は、東日本大震災を受けて立ち上げたプロジェクトの開始から4年経ったところで活動を振り返った記録と省察である。それぞれの身体をその土地に置き、学びのコミュニティを形成しつつ、トラウマがあってポスト・トラウマがあるという因果論的なPTSDモデルでは捉えきれないものを、時間経過とともに捉え記述した。被災地と遠隔地の対人援助者たちが出会い、連帯しながら、人々、家族、コミュニティに寄り添い、当事者と対人援助者たちが共に復興の物語をつくっていこうとした記録であると同時に、物語の力、臨地実践、復興の諸相、学びと省察という4つの視点から臨地の対人援助学を構造化して論じたものでもある。
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『小さな町を呑みこんだ巨大津波:語りつぐ』
やまもと民話の会編(小学館、2013年)
東北に通う中で大きなインパクトを受けたもののひとつは、東北各地で活動を続ける地元の小さな民話の会だった。本書は、その中でも、甚大な被害を受けた宮城県亘理郡山元町のやまもと民話の会によって、「語りつごう」を合言葉に、避難所にいた町民の被災体験を聴き取ってまとめたものである。被災から1年足らずで3冊の体験集が発刊され、大きな反響を得て、小学館がこの1冊にまとめた。すべての体験は固有名詞でもって綴られ、壮絶な被災体験とともに、そこから立ち上がり町を建て直していこうとする人々の姿が生々しく描かれている。先祖からの遺産としての民話や伝承がどれほど人々を支えるのかを理解することで、不可思議な生と死を確かなものとして実感できるようになるかもしれない。
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『白い土地:ルポ福島「帰還困難区域」とその周辺』
三浦英之著(集英社、2020年)
原発事故から十年以上が過ぎ、関連の報道を眼にすることも減ってきた。「風化」を言うと、「風評」で返される。原発事故後、福島に通い、避難指示が解除されるたびに行動範囲を拡げてきたが、その闇はどんどん深くブラックホールのようになりつつある。著者は、2017年秋、新聞記者として福島に赴任し、取材を続けてきた。本書は、2019年春から2020年春の記録であり、そこで生き抜く人々のルポルタージュである。まるでミステリーを読むように読者を惹きつけながら、ジャーナリストとしての正確さを保ち、深く切り込んだ問題提起をするその手法にはいつも感心させられる。福島のことを知りたいと思った時、どの本を選ぶかによってまったく違った光景が見えるため、選書は難しいが、これはお勧めの一冊である。
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『チェルノブイリの祈り:未来の物語』完全版
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著(岩波書店、2021年)
ノーベル賞受賞者でもある著者は、ベラルーシ人の父とウクライナ人の母のもと、旧ソビエト社会主義共和国ウクライナに生まれた。複雑で大きな社会問題をテーマに、ジャーナリストとして取材した多様な人々の声から構成した作品を次々と発表している。チェルノブイリ原発事故を扱った本著もそのひとつであり、原発従業員、科学者、元党官僚、兵士、移住者、サマショール(帰還不可とされた村に自分の意志で住み続けている人々)など多様な人々の声、十分には言葉にならないような声が集められている。登場人物の1人は「チェルノブイリの事故が起きたのは哲学者を生むため」という言葉を紹介しているが、著者は、苦悩の中に、人間の命の意味、私たちが地上に存在することの意味について知りたかったと言う。福島原発事故から十年を過ぎた今、私たちは果たしてきちんと哲学をしているのかを問われている。
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『リジリエンス:喪失と悲嘆についての新たな視点』
ジョージ・A・ボナーノ著(金剛出版、2013年)
著者は、悲嘆や死別の理論として有名なキューブラ・ロスの五段階理論に疑問を持ち、二十年にわたって、悲嘆についての面接調査と実験など膨大な研究を行い、現実はもっと複層的であることを明らかにした。なかには死別直後から驚くほどの強さを発揮して、人生と向い、日常を続けていく人々もいる。また、死別の捉え方には文化差が大きく、たとえば中国人では、アメリカ人より多くの喪の作業を行い、死者との強い絆の感覚を維持しているが、苦悩は少なく健康的だった。人生には死別が含みこまれており、人には、それらを受け入れて豊かに生きていく力が備わっている。悲嘆が時に深刻な影響を与える場合があることも認めつつ、必ずしもそうではないと知っておくだけでもリジリエンスは高められるだろう。
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『クレイジー・ライク・アメリカ:心の病はいかに輸出されたか』
イーサン・ウォッターズ著(紀伊國屋書店、2013年)
ジャーナリストである著者は、香港の拒食症、スリランカのPTSD、ザンジバルの統合失調症、日本のうつ病の4つを取り上げ、アメリカ精神医学会の診断マニュアル(DSM)の診断基準に則った精神疾患が世界中に拡がっていることを指摘し、これをメンタルヘルスの帝国主義であると批判する。1980年代後半から臨床心理学領域で仕事をしてきた者として、私自身、日本のうつ病の章に書かれた内容は、そのまま記憶を辿ることができる内容であった。西洋のセラピストたちの善意が土地固有の力を破壊してしまったのではないかというスリランカのPTSDの例も、阪神淡路大震災や東日本大震災の時に経験してきたことと重なる。文化・社会的文脈抜きに西洋個人主義に基づくメンタルヘルス理論をあてはめてしまうことには警戒しなければならないと肝に銘じさせられるものである。
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『心的外傷と回復』増補版
ジュディス・L・ハーマン著(みすず書房、1999年)
本書は、フェミニストである精神科医によるトラウマと回復の書であり、戦争帰還兵、性暴力、DV、虐待、政治犯、強制収容所などのサバイバーの事例を紹介しながら、これらの経験が人間存在にどのような影響を与え、人はそこからどのように回復していけるのかという道筋を描いている。PTSD概念の政治性を告発するとともに、「心的外傷の治療に中立はあり得ない」と宣言し、トラウマとは単なる「心」の問題や精神症状に留まるものではなく、人間の尊厳や他者との関係、世界との向き合い方にも関わるものであることがよく論じられている。トラウマに関心のある人には必読の書である。
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『無意識の発見:力動精神医学発達史』上・下
アンリ・エレンベルガー著(弘文堂、1980年)
「無意識」はいつ、どこで、どのように発見されたのか。エレンベルガーはカナダの精神科医であるが、多様な文化的背景を持っており、英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語の膨大な史料と現地調査に基づいて、力動精神医学の歴史を壮大なドラマとして描いた。古代のシャーマニズム、エクソシズムを力動精神療法の遠祖と位置づけ、メスメルの動物磁気やシャルコーの催眠術に力動精神医学の成立を見る。ルネッサンスや啓蒙主義、ロマン主義などの潮流が第一次力動精神医学を生み出し、ジャネ、フロイト、アドラー、ユングという巨匠が現れたのである。今日の力動精神医学を近代思想史に位置付け、フロイトやユングの思想が「創造の病」を経て生み出されたことも論じられている。精神医学や心理学のルーツを辿ることで、現在を相対化し未来を考えることができる。
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人間存在や「こころ」は、「科学者-実践者モデル」や「生物-心理-社会モデル」によって解き明かすことのできる範囲を越えている。エコロジカルな視点、ホリスティックな視点を持ち、文学や哲学、芸術にも開かれておきたい。