2025年4月、立命館大学に「災害危機レジリエンス研究センター」が設立された。どんな研究をする組織で、なぜいま必要とされるのか。長年社会福祉学の研究に携わり、当研究センターの設立を牽引した丹波史紀に、その背景と思いを聞いた。
災害に直面しリスクを抱えた人々の再起を支える新しい拠点
2025年4月「災害危機レジリエンス研究センター」が設立された。「レジリエンス」とは、困難な状況を乗り越えて回復する力という意味で、当研究センターは、災害などを原因として「長期にわたりリスクにさらされる人」が、再起・回復する過程について研究することを目的とする。研究センターの設立を牽引し、センター長を務める丹波史紀は言う。
「これまでの災害研究を振り返ると、都市計画やハード面に着目した研究や、地震や気象そのものに関する研究は様々に行われてきた一方で、災害によってリスクにさらされた個人や家族に着目した研究は、多いとはいえません。しかし、被災した個人や家族が生活を再建するのは簡単ではありません。長期にわたって困難な状況下を生きざるを得ない場合が多くあり、そうした人たちの抱える問題の解決につながる研究が重要であることは論をまちません。そのような観点から、リスクにさらされた人たちが再起していく過程に着目し、そこにある社会課題の解決を目指す研究を行うべく、当研究センターを設立しました」
学校法人立命館はこれまで、災害や災害復興に関わる研究や実践を幅広く行ってきた。2011年3月の東日本大震災の際には、翌4月に災害復興支援室を設置し、学園全体で復興支援に取り組んできた。また、防災フロンティア研究センターや歴史都市防災研究所も有し、積極的に災害研究を積み重ねてきた。大学にそうした背景がある中で、丹波は学内外の多様な研究者に声をかけ、当研究センターの設立を実現させた。
「都市計画、心理学、教育学、社会学、情報学など、幅広い分野の先生方が参画してくださることになりました。これらの研究者がレジリエンスを軸に共同研究を展開していけば、様々な意義深い取り組みが進んでいくと考えています」
転機となった阪神・淡路大震災の被災者との出会い
丹波がレジリエンスに着目するのは、専門が社会福祉学であることと関係している。社会福祉学とは、どんな学問なのだろうか。
「人は誰でも、災害、事故、病気、障害、失業など、様々なリスクにさらされる可能性があります。そのような場合、生活において困難が生じ、それまでのように生きていくことが難しくなることがあります。しかし社会は、そうした状況の人も含め、誰もが尊厳を持って生きていける場所でなければなりません。そのような社会を作るためにはどうすればいいか。それを考えるのが社会福祉学という分野です」
すべての人が人間らしく安心して暮らせる社会を作ること。それを目指すのが社会福祉学ということだ。丹波は福祉を専門とする大学を卒業し、大学院でも社会福祉学を学んだ。その中で災害復興に携わる機会を得たことをきっかけに、社会福祉学の観点から、災害に関する研究や実践を重ね、センター設立へと至ったのである。
しかし丹波は、若い頃から福祉に対して強い思いを抱いていたというわけではない。学生時代には福祉に対して、どこか偽善的な印象があったという。当時を振り返って丹波は言う。
「人を助けようとするような姿勢に対して、それはどうなんだろうと思う気持ちがあり、斜めに構えて見ているような人間でした」
それゆえに大学3年生の時、阪神・淡路大震災が発生して多くの同級生が現地へボランティアに通う中でも、丹波は積極的に関わることができず、自ら行動を取ることはなかった。しかしそのあとに転機があった。社会学者・真田是(立命館大学元副学長)のゼミに入り、社会福祉の理論的な枠組みを教わると、社会福祉への見方が変わった。「施し」や「やさしさ」といったものを切り離した上で、なぜ社会福祉が重要なのかが理解でき、興味を持てるようになった。そして大学院に入った後、別の教員の誘いをきっかけに、西宮で仮設住宅に暮らす阪神・淡路大震災の被災者の調査に関わるようになって、さらに意識が変化した。
「仮設住宅で暮らす方たちの生活を知って、その中に社会のあらゆる課題が凝縮されているのを感じました。災害で家や家族を失うといったことが、いかに人の人生に大きな影響を与えるのか。そのことを実感し、すごく反省しました。自分は何も理解できていなかったと。そうしてようやく、彼らの問題に自分なりに向き合い、行動したいと思うようになりました」
それから丹波は、専門学校や短大で教鞭をとった。そして2004年、福島大学に助教授として着任して間もないころ、自らの思いを実践に移す機会に遭遇することになる。
被災地での実践と大規模調査が示した課題
2004年10月23日、新潟県中越地震が発生した。丹波は今度こそ行動しようと、授業を担当していた学生たちに声をかけた。募金をしたり、物資を送ったり、できることをみなでやろうと思ってのことだった。しかし、学生たちからは思わぬ答えが返ってきた。「現地に行ってみないと何が必要かもわかりません。とにかくまずは行きましょうよ」と言われたのだ。
学生たちの方が積極的に動こうとしていることに再度反省させられることになったが、ならば行こうと、発災から2日後に、5人ほどの学生を車に載せて現地へ向かった。そして現地でできることをやっていく中で、全村避難した山古志村(現長岡市)の人たちを、仮設住宅で支援することになる。
「入れ替わり立ち替わりで休みなく支援を続け、長かった学生は1ヶ月半ぐらい避難所に寝泊まりしました。そういう学生たちに引っ張ってもらったりもする中で、自分も、災害の現場そして被災者と、深く向き合うようになりました」
この時の活動がきっかけとなり、福島大学には学生のボランティアセンターが立ち上がった。2011年の東日本大震災の際には、センターの学生たちが主な担い手となって、福島大学は体育館を開放し、原発事故で避難してきた人たちの受け入れをすることにもなったという。
一方、東日本大震災の際にも福島大学にいた丹波は、被災者の実態調査のためにチームを立ち上げ、発災から半年後に、双葉郡8町村の全2万8000世帯、約8万人を対象とした調査を実施。当時、例のなかったこの大規模な調査では、多くの人が、半年の間に何度も避難所を変えなければならなかった実態や、避難を通じて家族が離散したり仕事を失ったりした人も大勢いるという現実が浮き彫りになり、大きな反響を呼ぶことになった。
丹波はその後、2017年に立命館大学に赴任するが、2017年と2021年にも同様の大規模調査を行った。すると見えてきたのは、多くの被災者が長期にわたって生活を再建できずにいる現実だった。2017年の調査では、生産年齢人口(15歳から64歳)の約3割が、震災から6年を経てもなお職に就けずにいることが明らかになり、その状況は2021年の調査でも改善されていなかったという。
「他にも、避難所生活において人間の尊厳が守られていない事例が多くあることがわかりました。特に高齢者、女性、子ども、障害者など、脆弱性を抱える人たちが困難を強いられていた。そのように多くの人が長期にわたってリスクにさらされている現実に、社会はもっと目を向けるべきだと痛感しました。その一方、新潟中越地震に関連して、こんなこともありました。当時中学3年生で被災した山古志村の子が、ボランティア活動に参加していた福島大学の学生に勉強を教わったのをきっかけに、自分もいつかそういうことがしたいと福島大学を目指すようになり、幾度かの挑戦の末、入学。そして東日本大震災の時には、今度は彼がボランティアとして福島市の避難所で子供たちに勉強を教えるようになったのです。災害によって人は困難を抱えることになると同時に、そこから回復し、再起していく過程において人生が大きく変わる可能性があるということを、彼の人生は教えてくれます。長期間リスクにさらされる人たちの課題解決のための研究が必要であると同時に、再起していく人たちの人生がどう変わりうるのか、それに対して社会は何ができるのか。そういう点も含めて私たちは考え、取り組みを進めていく必要があるのです」
レジリエンス研究をいずれは災害以外の分野へも広げたい
そうした経験の積み重ねによって丹波は、レジリエンスに軸足をおいた研究の重要性を深く認識するようになった。そしてその実感を実践へと移すべく立ち上げたのが、「災害危機レジリエンス研究センター」なのである。
当研究センターは、「災害支援部会」「健康・福祉部会」「国内避難民部会」「人材育成部会」という四つの研究部会によって構成される。「災害支援部会」では、災害を機に生じる長期的なリスクとレジリエンスについて体系的に研究し、「健康・福祉部会」では、福祉という観点から、支援を必要とする人たちをサポートする方法について研究する。「国内避難民部会」では、災害や紛争、暴力などによって、国内を移動せざるを得なくなった「国内避難民」が抱えるリスクやレジリエンスについて研究し、「人材育成部会」では、この領域における新しい教育プログラムの開発や、企業が被災しても事業を継続できるようにするために策定すべき「事業継続計画(BCP)」をどう作るべきかといったことが主要なテーマになろうという。
研究の成果が見えてくるのはこれからだが、丹波はすでにさらなる未来を見据えている。いずれ、レジリエンスという観点から、災害以外の事象についても役割を果たす研究センターにしていきたいと考えている。
「災害に限らず、例えば難病や虐待など、個人や家族が長期にわたってリスクにさらされる原因は様々です。そうした人たちのリスクやレジリエンスについても、災害の場合と同様に研究、実践していくことが必要です。現在、多様性を受け入れることや、インクルーシブな社会を築くことに対して、否定的な空気も世界中に生まれつつありますが、人が危機に直面した時、その人の置かれた立場や属性によって、尊厳の守られる程度が違ったりすることは決してあってはなりません。その点を常に心に留めて、私たちは、あらゆる立場の人の様々なリスクやレジリエンスに向き合う研究センターを、これから築いていきたいです」