体は食べたものでつくられる。ではスポーツなどで特定の目的を達成するための身体づくりには、いつ・何を・どのように食べればよいのか。自らも元スポーツ選手だった保井智香子は、立命館大学体育会サッカー部女子の監督や社会人女子ラクロスチームのサポート役も務めながら研究に取り組んでいる。そのテーマは、スポーツと栄養あるいは健康増進と食事の関わりなど実践的なものだ。
スタートは女子サッカー、大学トップレベルをめざして
女子サッカーといえば、2011年のワールドカップで『なでしこジャパン』が優勝して人気に火がついた。「とはいえ私が始めたのはそのずっと前、Jリーグが誕生してまだ間もない頃でした」と保井智香子は振り返る。
「大学から何かスポーツに打ち込もうと思ったけれど、バレーボールやバスケットボールなどは、中学高校時代からやっている人が多い。そこに初心者が飛び込んでもレギュラーになるのは難しい。そこで目をつけたのが女子サッカーです。当時は大学から始める人も多かったので、これならレギュラーなれるかもしれないと考えました」
大学日本一をめざすチームでゴールキーパーを務め、卒業後にはスポーツクラブに就職し、その後、パーソナルトレーナーとして活動していたところ、大学時代のゼミの先生や大学の非常勤講師でお世話になっていた先生から大学院への進学を勧められた。ちょうど仕事をする中で気になっていた課題もあり、その解決のために総合リハビリテーション学研究科に進んで運動習慣の継続に関する研究を始める。
「スポーツクラブにとって何よりの課題は、いかに会員様にクラブを継続していただけるかでした。運動が身体に良いのはわかっているけれども、どうしても続かない方がいます。そのため、運動の継続率を高めるための研究からスタートしました」
博士前期課程では実際に運動プログラムを作成し、地域の健康教室に参加する住民に実施してもらい体組成や運動能力の変化を測定した。その成果から研究に対する手応えを感じ、また指導教員からも研究継続を勧められたので博士後期課程へと進む。次に取り組んだテーマは、体重変化と健康の保持増進である。具体的には体重減少による血液検査データの改善について検討した。
「仮に体重を3%落としただけでも血液検査データに改善がみられれば、運動に対するモチベーションが高まります。目標が難しくないもので良ければ、行動変容も起こしやすくなると考えました」
一般の人を対象とする運動と健康に関する研究成果をまとめたあと、アスリートを対象とする運動能力向上をテーマとする研究に取り組んだ。
アスリートの能力を高める食事とは
大学院入学の頃より社会人女子ラクロスチームのサポートに関わるようになった。目的は競技力の向上であり、食事を変えるだけで達成できる課題ではない。競技力を高めるためには、食事を改善して身体を良いコンディションに保った上で、適切なトレーニングを重ねる必要がある。
「どのような身体組成の人が、高い運動能力があるのか。あるいは栄養素等摂取と運動能力とにはどのような関連があるのか。これらをテーマに研究した結果をまとめた論文が『社会人女子ラクロス選手の身体組成・栄養素等摂取量と運動能力との関連』です」
運動能力は、例えば持久力や身体の切り返しなどのアジリティ能力に分類できる。摂取する栄養素等は、持久力とアジリティ能力の違いなどにどのような関連があるのか。
1日のエネルギー摂取量において、炭水化物の摂取割合が多いと持久力が高い。また、体組成に注目すれば、切り返しの速い人は体脂肪率が低い。同じ体重や体格であっても、体脂肪量や筋肉量によっても切り返しなどに違いが出る。
「体脂肪量が少なく、筋肉量の多い人の方が切り返しは速くなります。あるいは体脂肪率の高い選手が体脂肪量を落とし、体脂肪率が低くなると、速く走れるようになると考えます。このように目的に応じてどのような食事が望ましいかをアドバイスできるようになりました。計測したデータは選手たちにフィードバックし、より身体づくりのための食事に意識が向かうようにサポートしました」
保井がサポートしている女子ラクロスチームのメンバーは社会人である。そこから浮かび上がってきた次の研究テーマは、食事のとり方に関するもの。この研究成果は『社会人女子ラクロス選手の練習日と勤務日の栄養素等摂取量の状況』にまとめられた。
アマチュアの社会人女子ラクロス選手は、基本的に平日は仕事のため、個人の身体作りのトレーニングを行い、チーム全体のトレーニングは土日祝日に行っている。活動内容やそれに伴う運動量が異なるために、平日と休日では食事の内容も変えた方が良い。
「休日の練習日では、平日にトレーニングをあまりしない時のような食事をしては良くないですし、逆もまた同様です。研究結果から示唆されたのは、練習日のエネルギー摂取量を増やす必要性でした。具体的には炭水化物やたんぱく質を運動量に合わせて摂った方が良いということです。仕事をする平日は、エネルギー消費量と摂取量がほぼ同じです。ところが練習日のエネルギー摂取量は、消費量より約300kcal不足していました。この状況を続けていると体重が減っていくと予想されます」
アマチュアの社会人女子ラクロス選手では、練習日にエネルギー摂取量が不足しがちになることが予想される。練習で消費するグリコーゲンの回復や筋肉の合成を考えれば、練習日にはエネルギー摂取量を増やした方が良い。その際には主食と主菜の量を増やすべきだと、そのような研究成果が得られている。
朝食と心の健康の意外な関係
食事は運動に影響するだけでなく、心の健康にも影響を与える。特に注意すべきは朝食であり、基本的に朝食は食べた方が良いと保井は考える。朝食をとらないと、具体的にどのような影響が出てくるのか。食事と心の健康との関係に着目し、男子大学生を対象に検査が行われた。
「朝食摂取日と欠食日にそれぞれ内田クレペリン検査を行いました。内田クレペリン検査とは、1分毎の一桁の足し算を繰り返す作業量の変化(作業曲線)から性格・行動面の特徴や精神的健康を把握する検査です。検査の結果、朝食を日常的に摂っている人が食事を抜くと、集中力が低下したり、物事の取り組みに対する意欲が不足することが示されました」
この結果から推察されるのは、朝食を抜くとエネルギー供給が不足して、集中力の低下や粘り不足につながるリスクだ。研究からは、朝食摂取が精神的健康にも良いという結果が出ている。また朝食を食べなければ、昼食と夕食に加えておやつなどで1日に必要なエネルギーを満たそうとする。その際には別のリスクが生じる。
「摂取するエネルギー量と1日の活動量のバランスが取れていれば、体重をきちんと維持できます。けれども食事回数が減れば、どうしても1回の食事量が増えやすくなり、結果的に食べ過ぎとなり、体重が増えてしまう可能性があります。実際に食事回数が少ないと肥満のリスクが高まるとの研究報告もあります」
保井の研究成果を踏まえるなら、高校から大学へ進学し生活環境の一変する大学1年生は注意すべきだ。特に進学とともに一人暮らしを始めた場合にリスクが大きくなる。自宅から高校へ通っていたときには、きちんと朝食を食べていたけれども、一人暮らしでは朝食を抜くケースが増える。あるいは大学を卒業して就職した場合も、同じようなリスクが考えられる。
「いずれも生活パターンが変わって朝食を食べることができなくなる可能性があります。その結果として精神的な不調をきたすリスクが高くなります。環境が変わるために引き起こされる五月病には、朝食摂取の有無が関わっている可能性も考えられます」
食事の彩りに秘められた意味
朝食を摂る際に意識したいのが、彩りだと保井は説明する。簡単に済ませるために、例えばトーストとコーヒーだけでは白色と黒色でカラフルさに欠ける。
「主食類、つまりご飯やパンなどは白っぽい食べ物です。ここに卵や野菜で彩りを加えると、栄養バランスが良くなります。黄色の卵からはたんぱく質、緑色の野菜ならビタミンAやC、赤いトマトには抗酸化作用のあるリコピンが含まれています。また、黄色の柑橘系の果物ならビタミンCが摂れます。食事に様々な色を加えると、多種多様な栄養素を摂取できます」
食事の際にバランスよく栄養素を摂るのは、健康を維持するための前提条件である。とはいえ食べるものに含まれている栄養素を、一つ一つ理解した上でバランスを考えるのは簡単な作業ではない。
「だから栄養素ベースではなく、彩りで判断するのも一案です。偏った彩りではなく、多彩な色でカラフルに彩られているおかずであれば、栄養バランスを整えやすくなります。しかも見た目がきれいなら、食べる前から『美味しそう』と感じ、食べ始めると『美味しいね』となり、食べ終わった時には『美味しかったね』となります。食べる前から食べ終わるまで『美味しい』が、微妙に変化しながらずっと続きます。このように目でも楽しみながらとる食事は、心の健康にもつながるのではないかと思います」
野菜のほかに重要な栄養源となるのが肉類だ。肉類は好みに左右されがちだが、できる限り偏らず、目的に応じて選ぶのが賢い選択だ。同じ肉じゃがを食べる場合でも、鉄分を多く摂りたい場合は牛肉を使い、疲労回復のためにビタミンB群をメインに考えるなら豚肉を使った方が良い。目的に応じた食材の使い分けも考えるべきテーマとなる。
もう一点、ライフスタイルの変化から一人で食事をする機会も多くなってきているが、可能であれば誰かと一緒に食事を楽しむ機会を持つと良いというのが、保井のアドバイスだ。共食すれば、そこで自然と会話が生まれる。他愛もない話でも、何かを誰かに話せば、気持ちが明るくなる機会にもなる。
「食事は生きていくために、誰もが絶対に欠かせない重要な行為です。これまでにも食事に関しては栄養学などによる研究が行われてきましたが、それに加えてフードカルチャーやフードマネジメントの側面も考えると、より学問として広がりが出るだけでなく、深く追究もしていけます。私の研究領域は本学で大きく広がり、いまも広がりつつあります」