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  • ISSUE 27:
  • 記憶と記録

読書が私たちにもたらすものとは

記憶や経験を聞き取る「質的研究」で、読書について多面的な理解を目指す

桜井 政成政策科学部 教授

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読書が読解力を高めることはよく知られているが、「読書を愉しむこと」の重要性はまだ十分には知られていない。また、本に関する新しいコミュニティも生まれているなど、読書が私たちにもたらすものは多様である。その様々な可能性を、桜井政成は「質的研究」によって探る。

読書の社会学的研究とは

読書が読解力の向上に有効であることは多くの研究から明らかになっている。そのため日本でも近年、学校教育の中で読書推進のための取り組みが行われ、その成果なのか、現在の中高生は20年前に比べて本を多く読むようになった。全国学校図書館協議会などが実施する「学校読書調査」によれば、中高生の不読率(調査時の1ヵ月間に本を全く読まなかった者の率)は、それがピークにあった1997年は中学生55.3%、高校生69.8%であったのに対して、2025年ではそれぞれ24.2%、55.7%になっている。

それでも、高校生になると本を読まなくなる傾向は顕著であり、上記調査によれば現在も半数以上の高校生は1ヵ月に一冊も本を読んでいない。そしてその状況は大学生・社会人になっても維持されることが他の調査からわかっている。

このように、読書という営みは、現状それほど積極的になされているとは言えないものの、誰にとっても身近なものではあり、それが人にどのような影響を及ぼすかについては長年研究が行われてきた。ただ従来の読書研究は、読書の一面だけを見ている傾向があったとして、桜井政成はこう話す。

「読書は、国語教育や識字教育と関連が深いため、日本では教育学の観点から、読解力との関係を探る研究が主流です。それはもちろんすごく大事なテーマなのですが、その一方で、私たちが読書をするのは必ずしも読解力を高めるためだけではありません。読書は愉しみとして行われるものでもあるし、人と人をつなげる役割も持っています。そのような、読書が持っている文化的な側面などについて広く研究したいと思い、読書の研究をするようになりました」

近年、読書はただ一人で行うだけのものではなく、読書のコミュニティも様々な形で生まれている。SNSでの本の感想の共有なども盛んだ。そうした近年の読書の多様なあり方を探り、それが私たちにとってどのような意味を持つものなのかを考えるのが、桜井が取り組む「読書の社会学的研究」である。

1940年代の英国の図書館の様子、読書の社会学的研究はかつては階層研究が主だった(出典:Wikimedeia Commons)

愉しみとして本を読むことの大切さ

OECD加盟35カ国の15歳のデータを用いてイギリスの研究者たちが行った分析によれば、新聞やノンフィクションの本よりも、小説などのフィクションを読む方が読解力の向上につながるという。その理由は、小説などのフィクションの方が、他のタイプの文章よりも作品の世界観に没頭でき、結果的に文字数を多く読めることになるからではないかと研究者たちは推測する。また最近のカナダでの研究では、子どもの頃に読書に対して好ましい記憶がある大学生ほど、読書する習慣が身に付いていることが示されているという。これらの研究から示唆されるのは、愉しんで本を読む経験を重ねることが、読解力の向上にも読書習慣の獲得にもつながるということである。

そうした点を踏まえて桜井が2024年に行ったのは、日本の学校において読書を愉しむということがどう捉えられているかを明らかにしようという研究である。具体的には、中学・高校における読書推進活動のうち、「朝の読書」(全校一斉読書活動)と「青少年読書感想文コンクール」に焦点を当て、前者の取り組みでどのような本が読まれているのかと、後者のコンクールの入賞作品にどんな本の感想文が選ばれているのかを、比較分析するという研究である。その結果明らかになったのは、まず「朝の読書」では、子どもたち自身が自由に読む本を選んでいて、愉しみとしての読書が学校の中で一定程度推進されていることが伺えるということだ(中高生の関心が高いフィクションがよく読まれ、学校で疎外されがちなジャンルの本も比較的よく読まれていた)。しかしその一方で、感想文コンクールでは、意識的か無意識的かは不明ながらも、子どもたちが自ら選んだというよりも学校が「良書」として推薦するような本の感想文が入賞作品の大きな部分を占めていた(中高生の関心が高いフィクションの割合は低く、学校で疎外されがちなジャンルの本はほぼ皆無)。この結果について桜井は、次のように指摘する。

「自由に選んで読む本と、コンクールで入賞する本に有意な差が見られることは、愉しむための本と学校や社会で評価される本は異なるというメッセージにもなりえます。そのことが子どもたちのその後の読書人生にどんな影響を与えるのかは明確ではありませんが、高校時代に不読率が高まって50%を超え、成人になってもその水準が維持されるという日本の現状を考えると、愉しみとしての読書が学校教育の中でもっと積極的に推進されてもよいのではないだろうかと感じます」

表1〜2:「朝の読書」では9割以上フィクションが選ばれているのに、「青少年読書感想文コンクール」の入賞作品では6割前後にとどまっていることがわかる(中高生にフィクションを好む傾向があることは他の調査よりわかっている)
表3〜4:学校で疎外されがちなジャンル(ロマンス、ディストピア、ファンタジー、ホラー)も「朝の読書」ではよく読まれているのに、「青少年読書感想文コンクール」ではほとんど入選していない
若者に人気のティックトックで紹介された本を売る書店の棚(出典:Cory Doctorow、https://www.flickr.com/photos/doctorow/51892168868/、CC BY-SA 2.0)

人の記憶や経験を聞き取る「質的研究」という方法

桜井はこれまで、上記のような、データに基づく「量的研究」を行うことが多かったが、現在は、人の経験や記憶といったデータ化しづらい事柄を聞き取って分析する、いわゆる「質的研究」に積極的に取り組んでいるという。その一つとして現在進めているのが、かつて本を読んでいたけれど読まなくなった人たちのストーリーの聞き取りである。

「高校時代から不読率が高まるというデータが示す通り、中学時代まではそれなりに本を読んでいたものの、高校以来読書から離れてしまったという学生が私の周りにも複数います。ただ、なぜ読まなくなったのかを尋ねると、その理由はそれぞれに異なり、単純ではありません。そこで最近、彼らのように読まなくなった人の記憶や生活史を記録し、その理由や背景を浮き彫りしてみたいと考えるようになりました。読まなくなった人たちの経験や記憶を知ることで、逆に、誰もが読書を愉しめるような社会にするには何が必要か、といったことが見えてくるのではないかと考えています」

桜井は現在、研究の軸足をこのような質的研究に移そうとしているというが、それには実は背景がある。彼はこれまで、NPOやボランティア活動を主要なテーマとしてきた研究者である。読書の研究を始めたのはまだここ5年ほどのことだ。その過去の長い研究生活の中で様々な量的研究を行ってきた中で桜井は、データからはわからないことが多くあることに気づかされ、質的研究という方法に興味を持つようになったという。そして最近、ボランティア活動をする人に対しても聞き取りの研究を始めたが、やってみると様々に新しいことが見えてきたと桜井は言う。

「人生の中でボランティア活動に期待することや、その人にとってボランティア活動が意味することは、人それぞれ全く違うことを改めて気づかされています。それは読書に関する経験がそれぞれに異なるのと同様です。そして一人ひとりの話をきいていくうちに、このような研究の方法自体の面白さも実感するようになり、今は、質的研究の方法そのものについても研究するようになっています」

絶望感の中、残ったのが読書だった

ところで桜井はなぜ、NPOやボランティア活動の研究から、一見全く関連のなさそうな読書の研究へと分野を広げていったのだろうか。尋ねると桜井は、決して平坦ではなかったことが想像されるその経緯についてこう話した。

「私は大学時代に阪神・淡路大震災を経験したのですが、その際にボランティア活動に参加したのをきっかけに、ボランティアという存在に興味を持つようになりました。また当時はちょうど特定非営利活動促進法(NPO法)が制定されようとしていた時期で、NPOというものへの関心が高まっていたこともあり、私はその後、ボランティア活動やNPOをテーマとして研究を行うようになりました。以来私は、ずっとそこに軸足を置き、地域福祉やコミュニティといったことも絡めながら研究を進めてきたのですが、2020年からのコロナ禍によって、期せずして大きく道筋が変わりました。そのころ、フィールドワークに行ったり人と会ったりすることが難しくなっていき、私は徐々に、自分はこれからどうすればいいのかといった絶望感のようなものを持つようになりました。そしてついにはうつ状態になり、何も手につかなくなってしまったのです。そうした中、それでも自分が愉しめること、やりたいと思えることは何だろうかと考えた時、浮かんだのが読書でした。読書の研究であれば、おそらくフィールドワークはそれほど必要ではないし、また、将来的にも長く続けられそうだ、などと考えて、始めることにしたのでした」

桜井自身が、読書に関して記録されるべき過去を持っていたのだ。そして彼の経験からも、読書が人にとっていかに重要なものでありうるかが伝わってくるのである。

大阪いばらきキャンパスにも被害が出た大阪北部地震の際のボランティアセンターの様子

記録しなければ記憶はいつか消えてしまう

桜井は今年5月に、『読書スタディーズ:本好きはどうつくられるのか』(明石書店)を出版した。同書は読書の社会学的研究の成果について、一般向けにわかりやすくまとめた入門書である。桜井はそのように、読書の多様なあり方に関する研究を今ますます深めつつあるが、中でも最近特に興味を持っているテーマの一つが、読書のコミュニティだという。

「今、読書に関連したコミュニティが様々に生まれています。例えば読書会一つとっても、従来の一つの本について皆で語るような会から、一人ひとり好きな本を持ってきて時間と場所だけを共有してばらばらに読むといったタイプのものもあります。また最近は、本棚を貸し出すシェア型書店というのもあり、本棚を借りている人たちのコミュニティもできてきています。このように次々と登場する新しい現象から、読書の愉しみ方をより多面的に掘り下げていけたらと思っています。そして、そうした流れと不読の傾向がどうつながるのか、といったことについても、よりよく理解していけたらと考えています」

桜井は、社会学的研究において常に重要になることの一つが人の記憶や経験を記録することであると言う。記録に残さない記憶というのはどうしても消えてしまうから。ただ、自身の20年以上にわたる研究生活を振り返ると、例えば東日本大震災の現場など、記録すべきだったのに出来事の大きさに圧倒されてできなかったといった後悔が、いくつかある。だからこそ、今後の研究においてはその経験を活かしたい。

「自分自身がコロナ禍で読書に救われたように、読書というのは人生のイベントと結びついていることが多くあります。そうした一人ひとりの読書についての経験を記録することで、何かを未来に伝えていけたらと考えています」

桜井 政成SAKURAI Masanari

政策科学部 教授
研究テーマ

1. 読書の社会的側面の研究
2. ボランティア活動の生活史的研究
3. 高等教育におけるサービスラーニングとコミュニティベースドリサーチのあり方についての実践的研究
4. 質的調査法(とくに再帰性について)
5. コミュニティ研究。地域福祉やサードプレイス論との接続の他、読書コミュニティのあり方など。

専門分野

社会学、社会福祉学