城綾実は人々の何気ない発話や身体的なやり取りをビデオで記録し、その中に潜む精巧な秩序を解き明かす研究者だ。うなずき、視線、ジェスチャー、日常の一瞬一瞬は実は緻密に調整されているという。介護、医療、科学コミュニケーションと研究の舞台を横断しながら、城が明らかにしようとしているのは、「人が人とわかり合える」という営みの豊かさと、その可能性だ。
「当たり前」の中に宿る、精巧な秩序
誰かと会話するとき、私たちは特に意識することなく相手の言葉を受け取り、適切なタイミングで返答し、うなずいたり視線を向けたりしている。その一連のやり取りはごく自然に見えるが、「そこには見事な秩序が宿っています」と城綾実は述べる。
「人と人の日常のやり取りは、一見すると無秩序でバラバラなように見えます。しかし実際には非常に精密に組み立てられており、その秩序があるからやり取りが成立しています。このように、人と人とのやり取りが一定の方向や手続きに従って成り立っているあり方は、『相互行為の組織化』と呼ばれます。日常会話でやり取りされているのは、言葉の意味だけではありません。微妙なジェスチャーや声の発し方、タイミングなど、参加する人たちが互いの動作を見て、聞いて、先を読んで絶妙に調整することで会話が成立しているのです」
城の専門は「会話分析」と呼ばれる研究手法だ。人々の発話だけでなく、視線、姿勢、うなずき、ジェスチャー、物の受け渡しといった身体的な動作まで含めた「相互行為」をビデオで記録し、どのような秩序や規則性のもとでそれが行われているかを丹念に記述し分析していく。このように、会話分析は相互行為の組織化を明らかにするための研究手法である。研究対象は、いわゆる「会話」に限らない。人と人とが共在するあらゆる場面が研究のフィールドとなる。
「アーヴィング・ゴッフマンという社会学者が、人と人との集まりには2種類あると述べています。一つは街中でのすれ違いや電車内でそれぞれが別々の行為をしている状態のような『焦点の定まらない相互行為』。もう一つは、複数人が同じ話題に向かって議論するような『焦点の定まった相互行為』です。言葉を使ったやり取りはもちろん、言葉がなくても人は互いにすごく多くのことを伝え合っています。相互行為を研究する面白さは、そういった目に見えにくいやり取りの中に隠された意味を解き明かすことにあります」
ジェスチャーが「同期」する瞬間の謎
城が特に長年注目してきた現象の一つが、「ジェスチャーの同期」だ。会話の中で、複数の人が同じタイミングで同じような身体動作をするシーンは、ビデオを丁寧に観察すると意外なほど頻繁に起きている。
「はじめてこの現象を研究したいと思ったのは、部活動でOB・OG向けの冊子を作るために収録した後輩たちのおしゃべりの一部を確認していたときでした。揚げ物調理経験のある者同士が、経験のない人たちに向けて説明する際に、発話はたどたどしいのに二人のジェスチャーが一致していて、『打ち合わせもなくなぜこんなことができるのだろう、面白いな』と思ったのです。ジェスチャーは自分の言葉だけでなく、相手のジェスチャーにも精緻に反応していると気づきました」
城はそうした同期が、参加者同士の状況に関する予測と、動作の微調整によって実現する「社会的な達成物」であるという事実を指摘する。ジェスチャーの同期は偶然の一致ではなく、会話の参加者が互いを観察しながら動作を合わせていった結果の精巧な協調作業の産物なのだ。このような組織化を経ることで、ジェスチャーの同期はコミュニケーション上の滞りを解消する役割を果たしていると城は指摘する。
「人やモノの固有名詞を忘れたり、適切な表現がすぐ見つからなかったりして、会話がスムーズに進まなくなる瞬間は誰でも経験があると思います。そういう時、話し手と聞き手のジェスチャーが同期することで、会話の流れが取り戻される、そんな現象が実際に起きていることが分析の結果わかりました。人が何気なくやっている小さな動作が、会話全体をうまく機能させるために貢献しているということに、人のコミュニケーション能力の奥深さを感じます」
城の研究の根底にあるのは、「人ってすごい」という純粋な驚きだ。何気ない日常の動作の中に潜む精巧さを見つけるたびに、城はその感覚を新たにすると言う。
見えていなかった「できること」を可視化する
会話分析の知見は、社会の現場にも橋渡しされてきた。近年、城が力を入れて取り組んだのが、介護現場と科学コミュニケーションの領域だ。
認知症高齢者が暮らすグループホームでの研究では、入居者と介護職員のやり取りをビデオで記録・分析した。分析を通じて、認知症の高齢者たちは介護職員との間で、言葉以外の手がかりも活用しながらやり取りが成り立っていることがわかった。
「認知症の方と関わる介護の現場のやり取りを映像で細かく見ていくと、認知症の方が状況をとても巧みに読み取って、介護者の働きかけに応じているシーンが次々と出てきます。そういった映像を職員の方に見ていただくと、『こんなに理解されていたんだ』と驚かれ、とても肯定的な声をいただけました」
認知症の程度を判断する評価指標が示す「できないこと」の陰に、豊かなコミュニケーション能力が存在している。そのことをビデオという客観的な記録から可視化できたことは、大きな社会的意義を持つ。
日本科学未来館で行った研究では、科学コミュニケーターと来館者のやり取りを分析した。そこで浮かび上がったのは、経験を積んだ科学コミュニケーターほど、来館者の反応を細かく観察しながら説明を柔軟に調整しているという実態だった。
「経験を積んだ科学コミュニケーターは、聴衆たちの表情や視線、姿勢の変化を見ながら次の言葉を選んでいることがわかりました。それは意識的にやっているというより、何度も説明を繰り返す中で実践知として体に染みついたスキルだと思います。それを可視化することで、経験の浅い科学コミュニケーターにも役立ててもらえればと思います」
診察室のジェスチャーが語るもの
そしてこれから城が精力的に取り組もうとしているのが、病院の総合診療科の診察場面における医師と患者のジェスチャーの相互作用に関する研究だ。関西の医療現場で収集した映像データをもとに、医師と患者の間で、やり取りがどのように成立しているかを分析する予定である。
「診察は、患者さんが自分の症状を医師に言葉で伝える場ですが、痛みや違和感を正確に言葉にして伝えるのはとても難しいものです。そこで医師がどんな働きかけをすれば、患者さんが伝えたいことや診断に必要な情報を引き出すことができるのか、分析したいと思っています」
これまでの観察から見えてきたのは、診察の細かな段階ごとに医師の身体動作が変化するという事実だ。初診の冒頭で、患者に症状を聞き出す段階では、医師はジェスチャーをほとんど使わず、電子カルテへのタイピングを続けながら話すことが多い。しかしその後、「その痛みはズキズキするか、ジンジンするか」と症状の質を掘り下げる局面になると、「ジンジン」「ピリピリ」といった言葉と共に手振りを用いる場面が現れる。
「医師がジェスチャーを示したとき、患者さんはそれに従って同じような動きをするのか、それとも自分なりの表現を展開するのか。その相互行為の組織化に、診察の進行に関わる重要なヒントが隠れているのではないかと思っています」
チームには医師も参加しており、2026年3月には社会言語科学会のワークショップで共同研究の成果を発表した。現在は本格的な分析の初期段階にあるが、やり取りのパターンを積み上げることで、医師と患者の相互理解を深めるための実践的な知見につながることを城は見据えている。
「研究室」を超えて広がる、相互行為の地平
城の研究領域は、人間同士のやり取りにとどまらず、より広い地平へと視野を広げている。人とAIやロボットの間で自然な相互行為を成立させるための研究にも、会話分析の知見は応用できるという見方があり、城の周辺でもロボット工学者と協働する研究者が現れはじめている。
城が「言葉を超えたコミュニケーション」に関心を抱くようになったのは、幼い頃の友だちとのやりとりが理由だったという。
「小学生ぐらいのときに『綾実ちゃんの言ってることがよくわからん』と言われることがあったんです(笑)。自分ではよくわかっていることも、他の人にとってはそうではないのだな、と。人と人がどうやって理解しあえるのか、と考えるようになったのはそのときからです」
人の心に関心を抱いた城は、大学で心理学を学び始めた。しかし学んでいくなかで、「自分は経験を事後的に言語化したものを分析するような研究より、人の行為そのものに興味がある」ということに気づいたという。
「一部の心理学や社会学の研究では『そのときどう感じましたか?』といった質問に対して研究協力者に応じてもらいますが、『アンケートで本当に人の心がわかるのだろうか?』と思いました。後からそのときの感情や思いを言語化してもらっても、感情や思いが生まれた瞬間とはどうしてもなんらかのズレが生じるのではないでしょうか。でも映像で捉えた『動き』には、その瞬間の人の感情や思いの一部であっても、そこには明確に反映されています。何気ない動きの中に込められた人の思いに気づくのが、この研究の醍醐味です」
研究では、1分の映像の分析に、1時間以上かかることも珍しくない。地道な研究を積み重ね、人々の何気ないやり取りの中に、城は精巧な秩序を見いだす努力を続ける。その研究の動機は、城が研究室のホームページに掲げるシンプルかつ力強い言葉に集約される。「相互行為の組織化って美しい!人ってすごい!」。その驚きを証明し続けることが、城の研究の核心だ。