事務局から

タイ映画と非英語圏における研究成果発信の共通点

 この夏、初めてタイ映画というジャンルに触れる機会がありました。観たのは「プアン/友だちと呼ばせて」という作品で、香港映画界の重鎮ウォン・カーウァイがプロデュースしたと知り俄然興味が湧いた次第です。内容は病気で余命幾許もない青年ウードが友人のボスと一緒に昔の恋人たちに会うために旅に出るというロードムービーで、本人は先が長くないことがわかっているため「最後に一目会ってお別れを」ということだと思うのですが、現実を生きている元恋人たちはというと、ウードに会うのを躊躇ったり、会ったとしてもすごい剣幕でウードをなじったり、会うこと自体を断ったり。別れてから時間が経っている女性ほど彼に心を開いたのは、手痛い失恋で傷ついた心は時間が癒してくれる、ということの表れなのかもしれません。
  ...という風に感傷的な気持ちにさせられる前半から一転して、後半は軽薄なお金持ちのボンボン然としたボスの方にスポットライトが当たり、彼の来し方、彼が抱える孤独や喪失感が描かれます。私は洗練された娯楽作品だと感じました。詳しくはこちら

映画ポスター
<日本では車検を通らなさそうな車で旅に出ます>

 主要キャストが華僑系の俳優で占められているのは中国市場を意識してのことでしょうか。また、タイのお国柄や地域性がさほど強調されず、舞台が日本だとしても成り立つストーリーだな...とスクリーンを眺めながらぼんやり考えていたのですが、それも海外で違和感なく受け入れられる(あるいは各国でのリメイクが容易にできる)ようにするための戦略かもしれないと思いました。場面転換の仕掛けやカメラワークなどは細部まで考え尽くされているように感じましたので、制作陣がそこまで計算しているとしても不思議ではありません。

アジア・日本研究所の取り組み

 さて、タイトルにありますように、私はこの作品を、日本の研究者が学術発信をする際に立たされる状況に重ねて観ていました。私はたまたま「ウォン・カーウァイプロデュース」に惹かれ興味を持ったものの、それがなければおそらくこの作品には出会っていなかったことでしょう。決して完成度が高いとは言えない映画でもメジャーな映画スタジオの作品だと上映館数が多く、上映期間終了後もすぐにDVD化されたり、動画配信サービスに登録していれば無料で観ることができるなど、人の目に触れる機会が圧倒的に多いのに対し、いくら内容が素晴らしくてもミニシアター系の作品は配給の面で不利になる構造にあるように思います。
 一方の学術の世界。この世界の公用語が英語である以上、どれほど優れた論を展開しても日本語で書かれた論文が海外の研究者に読まれることは極めて少なく、共著者として加わっていただくこともできません。だからこそ、アジア・日本研究所は英文学術誌の発行を通じて英語による成果発信を推進していますし、前回のコラムでご案内したように若手研究者の国際成果発信を支援するプログラムを提供しています。

研究の国際的発信とは

 文科省の科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)が先月発表した「科学技術指標2022」によると、日本の研究者が1年間に発表する論文数は中国、アメリカ、イギリス、ドイツに次いで世界第5位ですが、被引用数を示す「Top 10%補正論文数」という指標で見るとそれが12位まで後退し、日本の研究活動の国際的地位向上が課題とされています。ただ、論文の発表数や被引用数だけが一国の研究力を測る指標ではないはず。
  アジア・日本研究所では英語による成果発信を支援すると同時に、日本語や他のアジア諸語で書かれたアジア研究、日本研究、あるいはアジア・日本研究に係る書籍を英語で書評し、紹介するという取り組みを行っています。英語以外の言語で書かれていても優れた著作はたくさんありますので、それらを海外研究者の目に留まるようにするためです。そして、まさに私が今、ウォン・カーウァイが見出したバズ・プーンピリヤ監督の他の作品を観てみたい、タイの他の監督はどんな映画を作っているのだろう、と興味を持ち始めているように、まずは他国の研究者にアジアや日本の研究者の業績に触れて関心を持っていただき、アジア・日本研究そのもののさらなる発展に繋げたいという狙いがあります。

<アジアの言語で書かれた本の英語書評が掲載されているアジア・日本研究所の学術誌>

 「プアン」がグローバルマーケットを見据え、この作品を世界中の映画ファンに観てもらえるよう様々な工夫を凝らしているのと同様に、大学の研究支援部門が研究者の国際発信を促進するためにできることがまだまだあるのではないかと思うのです。

リンク

科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)「科学技術指標2022」
https://www.nistep.go.jp/research/science-and-technology-indicators-and-scientometrics/indicators

所長室から/書評のススメ
http://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/news_letter/director_office/?essay_id=

Journal of the Asia-Japan Research Institute of Ritsumeikan University最新号 http://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/publication/journal/ ※[Book Reviews]参照

Asia-Japan Research Academic Bulletin最新号 http://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/publication/academic_bulletin/ ※[Book Reviews]参照

事務局:NaKa