教員紹介
- アイデンティティ
私は、ドイツの哲学者エトムント・フッサール(1859–1938)の考案した現象学という方法論を研究しています。そして、この現象学を用いて、「他者」というテーマに取り組んでいます。他者の存在を証明するのは、実はとても難しいことです。私は、自分の心を内側から感じ取るのと同じようにして他者の心の中に入り込むことはできないからです。しかし、私はたしかに他者と出会い、他者が私にとってどうでもいい存在ではないことを、痛いほどに思い知っています。こうした「出会い」や「思い知り」に秘められているものを厳密な言葉で解き明かしてみたくて、哲学の研究をつづけています。
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デジタル情報社会の中で、一時期は図書館不要論も唱えられましたが、今や公共図書館は地域活性化、まちづくりの中核として活況を呈しています。公共図書館は、静かな読書と勉強の場というイメージを脱却し、出会いと交流の場として、あらゆる人びとの生活と生涯学習を支えています。大学図書館でさえも会話や飲食のできるコモンズやカフェを擁し、学校図書館も生徒の心の居場所、交流の場ともなっています。「場としての図書館」研究は、複層的な機能と空間によって大きく変容する図書館の新たな意義と社会的、教育的価値を学術的に考察する図書館情報学の新しい分野です。なので、私は図書館の新たな可能性を開拓すべく、いつも研究に夢中になっています。
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日本史や日本文化について考える時、周縁(地域的・身分的)から相対化する視点は必要不可欠だと思います。自民族の歴史や文化に至上の価値を求める考え方が、他者の過小評価や否定を伴うことに繋がりやすいのはなぜかを、古代の夷狄等を例に検討し、近代歴史学の形成過程と関連づけて考えています。「歴史の中の自他認識」を問いなおす視角は、我々が暮らす京都を考える上でも有効です。京都が纏う「雅な古都」や「文化首都」のイメージはいつどのように生まれ、何を切り捨てて現在に至っているのか。古文書や梵音具、教育、伝統工芸から紙芝居・マンガに至るまで、埋もれた資料を発掘し、地域住民の歴史意識の変容を跡付けます。
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幕末政治が専門ですが、英雄による国家建設の成功譚には興味がありません。昔からある日本が危機を克服したのではなく、一九世紀に近世の〈自己完結の世界〉が近代日本に変貌したのであり、それは単に美しいだけの話でもなかったからです。その時、人々は他者をどう捉え(直し)たのか、それとの対比で自己をどう位置づけたのか、そして両者が織りなす〈世界〉はいかなる形をとり、国家や人々の意志決定を特徴づけたのか。今の社会にも繋がるこの大問題に、㋐人々の意識の構造(変革期には心のあり様が力をもつ)、㋑徳川政権=「負け組」の視座(政争の勝者だと自らの特徴を自覚できない)、㋒明治以降の神話化(近代の出発点ゆえ後の時代に脚色が重ねられる)に注目しつつ迫っています。
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By exploring how the experience of immigration has influenced American writers with roots in South Asia and how non-Asian writers express interest in South Asian traditions, I seek to understand how literature can both illuminate conflicts and foster constructive dialogue between cultures.
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戦後のドイツ人がナチズムの時代や第二次世界大戦、ホロコーストをいかに記憶して行ったのかを分析することが私の研究テーマですが、この問題はこれまで政治家や思想家の発言、ジャーナリズムや学問での論争などによってアプローチされてきました。私は流行歌や映画、テレビ・ドラマ、記念碑などにも注目することによって、記憶の形成・変化と国民そのものの変化を関連づけて論じることで、その構造を明らかにして、現在起こっているさまざまな記憶の現象(日本では従軍慰安婦の問題や小林よしのりの戦争論など)も、社会構造、すなわち時間と空間、そして国民の構造的な変化とかかわっていることを明らかにしようとしています。
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ヨーロッパは現在EU(欧州連合)のもとで、わたしたちの常識とは異なる世界を構築しているように見えます。通貨は統一され、国境は存在意義を大きく失い、また近年はカーボンニュートラルの実現に向けた野心的なプロジェクトをスタートさせました。なぜヨーロッパはこうした欧州統合と呼ばれる企てを成功させたのでしょうか。また欧州統合は本当に世界を変えたのでしょうか。歴史学という学問を用いて、一歩下がった視点から欧州統合を眺めることで、この壮大な「実験」の行く末について考察しています。
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私は、多文化主義を掲げるオーストラリアの都市社会で生活する先住民のアイデンティティについて、フィールドワークを通じて研究してきました。特に、先住民が日常生活のなかで主流社会と関わり合いながら、多層的なアイデンティティをどのように使い分けているのかに注目し、多文化主義の下で期待される先住民像にいかに対応してきたのかを明らかにしてきました。 近年は、自助努力や自己責任を重視する新自由主義的な社会状況のもとで、先住民と移民・難民、白人貧困層の間に、どのような新たな連帯や市民意識が形成されつつあるのかにも関心を広げています。分断や個人主義が強まる現代社会において、多文化共生がどのように可能なのかを探求しています。
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