α水晶における右巻きと左巻きのカイラルフォノンの選択的観測

2024.04.04 NEWS

α水晶における右巻きと左巻きのカイラルフォノンの選択的観測 ~フォノンのもつ新たな自由度の理解に向けて~

 立命館大学総合科学技術研究機構の大石栄一専門研究員、同理工学部藤井康裕講師、是枝聡肇教授らの研究グループは、α水晶の鏡像異性体※1である右水晶と左水晶において右巻きと左巻きのカイラルフォノン※2円偏光※3ラマン分光※4によって選択的に観測することに成功しました。本研究成果は、2024年3月12日に、American Physical Society の「Physical Review B」にEditors’ Suggestion として掲載されました。



【本件のポイント】

  • α水晶において右巻きと左巻きのカイラルフォノンを選択的に観測
  • ラマン散乱過程におけるカイラルフォノンのラマン選択則※5の決定
  • ラマン散乱過程を通じたカイラルフォノンの角運動量や進行方向の制御に期待

研究成果の概要

 本研究では、α水晶の鏡像異性体である右水晶と左水晶において、右巻きと左巻きのカイラルフォノンを円偏光ラマン分光によって選択的に観測することに成功しました。さらに、ラマン散乱におけるカイラルフォノンのラマン選択則も明らかにしました。

研究の背景

 結晶中の格子振動の量子はフォノンとよばれ、エネルギーと運動量をもち、熱膨張、熱伝導、熱拡散といった結晶の熱物性の担い手であることが知られています。最近になって、カイラル結晶と呼ばれるらせん構造をもつ結晶のなかに、原子変位がらせんを描くように回転しながら、結晶中を伝播する格子振動が存在することが知られ始めています。このような格子振動の量子は「カイラルフォノン」とよばれ、これまでフォノンがもつとはあまり考えられてこなかった角運動量をもちます。この角運動量によってフォノンは磁気モーメントをもつため、この磁気モーメントを通じた新たな物性の発現が期待され、近年多くの研究報告がなされています。しかし、これらの報告のほとんどは理論によるもので、最近まで実験的にカイラルフォノンを観測した例は少ないという状況でした。

研究の内容

 研究グループは、2018年頃からカイラル結晶に対する円偏光ラマン分光を行っており、その研究の中でα水晶に着目しました。α水晶は代表的なカイラル結晶であり、古くから基礎研究が行われているだけでなく、時計やスマートフォンに入っている水晶振動子に用いられる工業的にも重要な物質です。研究グループは、カイラルフォノンを観測するために、スピン角運動量をもつ円偏光の光を用いて右水晶と左水晶に対してラマン分光を行いました。その結果、それぞれの結晶において、右巻きと左巻きのカイラルフォノンの選択的な観測に成功しました(図1)。ラマン散乱の選択則を決める量であるラマンテンソルをそれぞれの巻きのカイラルフォノンに対して決定しただけでなく、右水晶で右(左)巻きのカイラルフォノンは、左水晶において左(右)巻きをしていることを明らかにしました。これは、鏡像異性体においては、そのカイラルフォノンの状態も鏡写しの関係になっていることを示しています。さらに、ラマン散乱過程において光とカイラルフォノンの間で角運動量の授受があり、結晶の回転対称性に基づくカイラルフォノンの擬角運動量を考えることで、光とカイラルフォノンの間で角運動量保存則が成立することも確認しました。この擬角運動量は、理論で予測されていたものと一致します。本研究で明らかになったカイラルフォノンに関する知見は、光によるカイラルフォノンの角運動量と進行方向の制御などへの応用につながることが期待されます。

図1 図1 右水晶と左水晶の円偏光ラマンスペクトル。赤と青のラマンピークが、互いに逆巻きのカイラルフォノンに対応する。右水晶と左水晶の図はVESTA ( K. Momma and F. Izumi, J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276(2011).)によって作製

社会的な意義

 フォノンは結晶の熱物性の担い手であり、これまでに基礎・応用の両面から多くの研究がなされてきました。しかしながら、フォノンの角運動量は最近になって認識されはじめたため、これまでの多くの研究において考慮されていません。そのため今後、カイラルフォノンによって生じる新しい物理現象の発見や、その現象を利用した工業的な応用などが期待されます。例えば、カイラルフォノンを円偏光によって誘起することで非磁性体に磁性をもたせることや、その磁気モーメントを通じた磁場による熱伝導の制御などができるようになるかもしれません。

論文情報

謝辞

 本研究は、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム JPMJSP2101 とJSPS科研費 JP19K05252、JP19H05618、JP21H01018 の支援を受けて行われました。

用語説明

  • ※1 鏡像異性体
    右手と左手のように、構造が互いに鏡写しの関係にある物質のことです。α水晶の場合、右らせん構造(左水晶)と左らせん構造(右水晶)の結晶が存在します。
  • ※2 カイラルフォノン
    角運動量と運動量をもつフォノンのことです。古典論的には、原子変位がらせんを描くように回転しながら、結晶中を進む格子振動に対応します。
  • ※3 円偏光
    光の電場ベクトルの偏りのことを偏光と呼び、電場ベクトルの軌跡が円になった状態のことを円偏光と呼びます。この光の状態は、量子力学的にはスピン角運動量をもつフォトン(光子)に対応します。
  • ※4 ラマン分光
    フォノンなどによって、光が非弾性散乱(光のエネルギーが散乱前後で変化する散乱)される現象をラマン散乱と呼びます。結晶にレーザー光をあてて生じたラマン散乱光を調べることで、結晶中のフォノンのエネルギーを知ることができます。
  • ※5 ラマン選択則
    ラマン散乱が起こるときに、どのような偏光特性をもった光が散乱されるかを説明する法則のことで、入射光と散乱光の偏光状態の間の関係を示す行列(ラマンテンソル)で記述されます。また、物質のラマンテンソルを調べることで、ラマン散乱を生じさせた振動モードの対称性を知ることができます。

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