【発表のポイント】

  • 小惑星探査機はやぶさ2(注1)が小惑星リュウグウ(注2)から回収した岩石粒子の表面を走査型電子顕微鏡(注3)で観察し、小惑星表面に彗星の塵が衝突してできた溶融物を発見。
  • 3次元CT 観察(注4)や透過型電子顕微鏡を用いた(注5)化学組成分析を行った結果、溶融物は、彗星の塵とリュウグウの構成物が高温で融けて混ざり合うことで生成したことが分かった。
  • 衝突した彗星の塵の中には有機物が含まれていたと考えられ、生命の起源物質を含む小さな塵が、宇宙から地球軌道付近に飛来していたことが分かった。

概要

 小惑星の表面は大気に覆われていないため、太陽風(注6)や宇宙の塵が降り注ぎ、小惑星最表面の物質の化学組成などの特徴を変化させます。東北大学大学院理学研究科地学専攻の松本恵助教と中村智樹教授ら、立命館大学、京都大学、東京大学などとの共同研究チームは、探査機はやぶさ2 が小惑星リュウグウから持ち帰った岩石粒子の表面を走査型電子顕微鏡で観察し、小惑星表面に宇宙の小さな塵が衝突してできた大きさ5~20マイクロメートル程度の溶融物を複数発見しました。溶融物の3次元CT 観察や透過型電子顕微鏡を用いた化学組成分析を行った結果、溶融物は、衝突した彗星由来の塵とリュウグウの表面物質が高温で融けて混ざり合うことで生成したことが分かりました。
 彗星は太陽系の遠方で形成され、生命の材料となり得る有機物を多く含むことが知られています。彗星塵の衝突による溶融物の形成は、現在から約500万年前の間に、現在の小惑星リュウグウの軌道上で起こった可能性が高く、リュウグウには、ごく最近まで、太陽系の遠方から有機物を含む彗星の塵が供給されていたと考えられます。
 本研究の成果は、2024年1月19日に米国科学振興協会(AAAS)が発行する学術誌Science Advancesに掲載されました。

詳細な説明

研究の背景

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)の探査機はやぶさ2は、地球近傍に位置する小惑星リュウグウを探査し、リュウグウ表層の物質を地球へ持ち帰りました。小惑星の表面は大気に覆われていないため、太陽風や宇宙の塵が降り注ぎ、小惑星最表面の物質の化学組成などの特徴を変化させます。この現象は宇宙風化と呼ばれています。宇宙風化を受けたリュウグウ試料を調べることで、地球近傍に飛来した宇宙の塵の素性について手掛かりを得ることができます。

今回の取り組み

 本研究チームは、探査機が回収したリュウグウ岩石試料を走査型電子顕微鏡で観察し、小惑星リュウグウ表面に小さな宇宙の塵が衝突してできた大きさ5~20マイクロメートル程度溶融物を複数発見しました(図1)。溶融物の3次元CT観察や透過型電子顕微鏡を用いた化学組成分析を行った結果、溶融物は主にケイ酸塩ガラスでできており、ガラスの中には小さな球状の硫化鉄粒子や気泡が含まれていました(図1)。
 溶融物は、リュウグウの主成分である含水ケイ酸塩鉱物と彗星の塵が混ざりあった化学組成をもっていました。このことは、溶融物は彗星の塵が小惑星リュウグウの表面に衝突することで生成したことを示しています。
 彗星の塵が小惑星リュウグウに衝突すると、リュウグウの表面物質と衝突した塵が高温に加熱され融けて混ざり合います。リュウグウの主な構成物である含水ケイ酸塩鉱物は水を含んでおり、高温に加熱されると水が蒸発して水蒸気が発生します。融けたリュウグウ表面物質と彗星塵の混合物は、急激に冷やされてガラスとなって固まり、このときガラスの中には水蒸気の気泡が閉じ込められます。今回見つかった溶融物は、このようなプロセスで形成したと考えられます。
 彗星は太陽系遠方の低温領域で形成され、生命の材料となり得る有機物を多く含むことが知られています。今回見つかった溶融物の中には、このような有機物の融け残りと考えられる炭素質物質が含まれていました。この炭素質物質は、スポンジのように小さな穴が開いていて、彗星の塵に含まれている有機物とよく似た見た目をしていますが(図2)、窒素や酸素をほとんど含んでおらず、有機物とは化学的な特徴が異なっています。
 我々は、リュウグウに彗星の塵が衝突したとき、塵の中に含まれていた有機物が高温に加熱されることで、窒素や酸素が揮発して失われ、今回見つかった炭素質物質を形成したと考えています。これまでのリュウグウ試料の研究で、リュウグウ粒子のごく表面を覆う薄い窒化四鉄(Fe4N)の層が見つかっており、この窒化鉄中の窒素成分は、宇宙から小惑星リュウグウの表面にもたらされたと考えられています。これらの窒素成分は、彗星の塵がリュウグウに衝突した際に、塵の中の有機物から放出され、リュウグウに供給された可能性があります。
 これまでのリュウグウ試料分析の結果を踏まえると、今回明らかになったリュウグウ表面への彗星塵の衝突現象は、現在から約500万年前の間に、小惑星リュウグウが現在の地球近傍軌道に位置しているときに起こったと推測されます。これら太陽系の遠方から地球近傍に飛来する彗星の塵は、小惑星に衝突し表面の特徴を変化させるだけではなく、地球に生命の材料となる有機物をもたらした可能性があります。

リュウグウ粒子表面に見つかった溶融物 図1.(左)リュウグウ粒子表面に見つかった溶融物。丸みを帯びており、水滴のような見かけをしている。(右)溶融物断面のCT 像。多くの気泡を含んでいることがわかる。

溶融物中の炭素質物 図2.溶融物中の炭素質物質。スポンジのように小さな穴が開いており、小さな硫化鉄の粒子を含んでいる。このような特徴は、彗星の塵に含まれる太陽系 の始原的な有機物によく似ている。

今後の展開

 本研究により、太陽系の遠方から地球近傍領域に飛来する宇宙の塵が、小惑星表面に衝突し、どのような変化を与えるのか明らかになりました。これらの塵は有機物を含んでいたと考えられ、地球に生命の材料を運んできた可能性があります。
 今回調べられた溶融物の数はわずかですが、今後より多くの溶融物が見つかり分析が進むことで、宇宙から地球近傍領域に、どのような物質が、どれくらいの量もたらされたのか明らかになっていくことが期待されます。

用語説明

  • 注1 小惑星探査機「はやぶさ2」
    宇宙航空研究開発機構(JAXA)が運用する小惑星探査機。太陽系の起源と進化、地球の生命の起源の解明を目的として、小惑星リュウグウの近傍観測とサンプルリータンを行った。
  • 注2 小惑星リュウグウ
    そろばん玉のような形状をした地球近傍の小惑星。リターンサンプルの分析により、水や有機物を含み、太陽系遠方の低温領域で形成した天体に起源をもつことが明らかになった。
  • 注3 走査型電子顕微鏡
    細く絞った電子ビームを試料に照射して、試料表面の観察を行う顕微鏡。ナノスケールの微細組織観察を行うことができる。
  • 注4 CT観察
    試料にX線を照射して、透過したX 線を検出することで試料の内部を非破壊で観察する手法。
  • 注5 透過型電子顕微鏡
    細く絞った電子ビームを試料に透過させ、試料の拡大投影像を得るための顕微鏡。走査型電子顕微鏡よりもさらに高分解能の像が得られる。エネルギー分散型X 線分光装置を取り付けることで、微小領域の化学組成分析ができる。
  • 注6 太陽風
    太陽から吹き出るプラズマ(電気を帯びた希薄なガス)の風。

謝辞

本研究は日本学術振興会科研費補助金(課題番号JP19K14776, JP20H00205, JP20H05846)の支援を受けて行われました。

論文情報

  • 論文名: Microstructural and chemical features of impact melts on Ryugu particle surfaces: Records of interplanetary dust hit on asteroid Ryugu.
  • 著者:Megumi Matsumoto*, Junya Matsuno, Akira Tsuchiyama, Tomoki Nakamura, Yuma Enokido, Mizuha Kikuiri, Aiko Nakato, Masahiro Yasutake,Kentaro Uesugi, Akihisa Takeuchi, Satomi Enju, Shota Okumura, Itaru Mitsukawa, Mingqi Sun, Akira Miyake, Mitsutaka Haruta, Yohei Igami, Hisayoshi Yurimoto, Takaaki Noguchi, Ryuji Okazaki, Hikaru Yabuta, Hiroshi Naraoka, Kanako Sakamoto, Shogo Tachibana, Michael Zolensky, Toru Yada, Masahiro Nishimura, Akiko Miyazaki, Kasumi Yogata, Masanao Abe, Tatsuaki Okada, Tomohiro Usui, Makoto Yoshikawa, Takanao Saiki, Satoshi Tanaka, Fuyuto Terui, Satoru Nakazawa, Sei-ichiro Watanabe, and Yuichi Tsuda
    * 責任著者:東北大学大学院理学研究科 助教 松本恵
  • 発表雑誌: Science Advances
  • 掲載日: 2024年1月19日(金)
  • DOI: 10.1126/sciadv.adi7203
  • 掲載URL: https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adi7203

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