息を吹きかけるだけで隠された情報が出現する材料表面の簡易製造法を開発 ~情報セキュリティ技術への応用に期待~

 立命館大学 大学院理工学研究科の山﨑克真氏、辻淳喜氏(ともに博士前期課程2回生)と理工学部 村田順二 教授らの研究グループは、同学部 滝沢優教授らの研究グループと共同で、息を吹きかけるだけで隠された文字が出現する材料表面を、高速かつ簡易的に製造する技術の開発に成功しました。本研究成果は、2024年3月1日に、Wiley 社の「Small methods」に掲載されました。



【本件のポイント】

  • シリコン表面にマイクロ・ナノスケールの酸化膜パターンを数秒で形成可能
  • 息を吹きかけると規則的な配列をもつ微小な液滴が形成され、虹色の構造色を発現
  • 暗号化や偽造防止技術などへの応用に期待

研究成果の概要

 材料表面のマイクロおよびナノパターンは、特有の光学特性を有するため、暗号化や偽造防止などの情報セキュリティ技術への応用が進められています。しかし従来の微細パターン形成技術は、工程が複雑かつ高価な装置を必要とするため、コストが高いことなどが課題とされています。本研究では、高分子電解質膜(PEM)※1を用いた超高速かつ簡易な新たなパターン加工技術を着想しました。微細な凹凸を有するPEM スタンプを加工材料であるシリコン(Si)表面へ押し当て、両者の接触部で電気化学反応を起こすことで、マイクロおよびナノスケールのSi酸化膜パターンの形成を可能としました。本技術により生じた酸化膜は高い親水性を有しており、湿った空気(吐息など)をふきかけると、瞬間的に微小な液滴を形成することがわかりました。規則正しく配列された液滴は、光の干渉によって虹色の構造色※2を発現することがわかりました。これを利用して、息を吹きかけると隠された文字が出現する材料表面を開発し、暗号化への応用が期待できます。

研究の背景

 マイクロおよびナノパターンを形成した材料表面は、抗菌性、撥水性、生体親和性などの機能を有するため、幅広い分野で応用されています。微細パターンの加工には、フォトリソグラフィ※3 などの技術が用いられていますが、フォトレジスト※4や特殊な装置を必要となるため、工程が複雑であることや高い加工コストが課題とされています。そのため、よりシンプルなマイクロおよびナノスケールのパターニング技術が求められています。

研究の内容

 本研究では、PEM を用いた新規加工法によりSi表面に微細な酸化膜パターンを形成することを着想しました。表面に凹凸を施したPEM スタンプを作製し、それをSiに押し当てた状態で、Siと対向電極間に電圧を印加します。これによりPEM とSiの接触点において電気化学反応が生じ、スタンプを押すようにSi表面に微小な酸化膜のパターンを形成することができます(図1上図)。生成された酸化膜は高い親水性を有するため、吐息などの湿った空気にさらすと、酸化膜上にのみ微小な液滴(水滴)が瞬間的に形成され、虹色の構造色を呈する現象を発見しました(図1下図)。

図1 図1 (上)高分子電解質膜(PEM)スタンプを用いた微細酸化膜パターンの形成。(下)加工後のSi表面に湿った 空気(吐息など)を吹きかけると酸化膜パターン上に微小な液滴が形成する。

 微小液滴は、吐息を吹きかけると瞬時に形成されます。そのサイズは数マイクロメートル(1/1000ミリメートル)であり、酸化膜パターンの存在する場所に規則的に配列されます(図2)。液滴は非常に小さいため、数秒から十数秒の間で蒸発して消失します。このような瞬間的に表れる微小液滴とそれに伴う構造色の発現は、情報の暗号化への応用が見込まれます。図3のように、PEMスタンプの一部に文字上の刻印を施し、これを用いてSi表面を加工すると、吐息を吹きかけたときにのみ、構造色に囲まれた文字を出現させることができます。特殊な装置を用いることなく、文字の出現と消失を繰り返すことができるため、情報の暗号化や偽造防止技術への応用が期待できます。

図2 図2 加工したSi表面の顕微鏡画像。吐息を吹きかけると直径数マイクロメートルの液滴が出現する。

図3 図3 吐息を吹きかけることよって虹色の構造色に囲まれた“RU”(Ritsumeikan University の頭文字)の文字 が浮かび上がる様子。

社会的な意義

 マイクロおよびナノパターンを形成したSi表面は幅広い分野で応用されています。しかし、従来の微細パターン形成技術では加工コストの高さや工程の複雑さが課題となっています。本研究では、PEMを用いた新規加工法により、レジストおよび特殊な装置が一切不要で、わずか数秒間の加工時間でマイクロおよびナノパターンの形成を可能にしました。これにより、簡便で高速な微細パターンの形成が期待されます。簡易的な方法で情報の隠匿や解読が可能であるため、情報セキュリティ分野への応用が期待できます。

論文情報

  • 論文名: Ultrafast and Facile Surface Patterning through Solid-State Electrochemical Imprinting for Preparation of Diffraction Gratings and Invisible Structural Coloration
  • 著者:Katsuma Yamazaki, Atsuki Tsuji, Masaru Takizawa, Junji Murata(責任著者)
  • 発表雑誌: Small methods
  • 掲載日: 2024年3月1日
  • DOI:10.1002/smtd.202301787
  • 掲載URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/smtd.202301787

謝辞

 本研究は、JST創発的研究支援事業 JPMJFR222P、JSPS 科研費 23K17725、23H01320の支援を受けて行われました。

用語説明

  • ※1 高分子電解質膜(Polymer Electrolyte Membrane:PEM)
    固体でありながら液体のようにイオンが電気伝導を担う機能性材料。燃料電池に利用されている。
  • ※2 構造色
    色素ではなく、物理的な構造による発色。CD やDVD の記録面が虹色に見えることや、モルフォ蝶の美しい翅(はね)が構造色の例。
  • ※3 フォトリソグラフィ
    写真の現像技術を応用した現在の主なパターン形成技術。
  • ※4 フォトレジスト
    リソグラフィなどの微細加工技術において、加工したくない部分を保護する高分子膜。

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