社会・地域連携の取組み 滋賀
2020 年度「BKC地域連携事例集」巻頭特集
コロナ禍でも止めない地域連携
立命館大学びわこ・くさつキャンパス(BKC)では、地域と連携した教育、研究、社会貢献、学生活動等の事例を集成し、多くの皆様にBKCを身近に感じていただき、地域と共に発展するキャンパスでありたいとの思いから、地域連携事例集(年刊)を発行しています。
2020年度は、新型コロナウイルス禍のなかでも地域連携を止めず、工夫しながら活動した多くの事例がありました。2020 年度「BKC地域連携事例集」では、それらの中の3事例について、教員や学生へのインタビューを含む巻頭特集として取り上げました。
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SHIGA SDGs Studios
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渚と森の青空ブックカフェ
プロジェクト
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スマート農業実証
プロジェクト
SHIGA SDGs Studios:大学生が見つけた滋賀のSDGs
「SHIGA SDGs Studios」は、一般社団法人 環びわ湖大学・地域コンソーシアムが2020年度に行った学生支援事業の1つで、加盟する大学の学生を対象としたスタディープログラム。滋賀県内の自治体や企業、NPOや個人など、SDGsの実践者にインタビューを行い、SDGsの観点から学生自ら記事を執筆。最終成果をブックレットやメディア、Web、動画で発信した。プログラムには、県内の大学から計23名の学生が参加。大学や学部・学年の異なるチームメンバーとともに、オンラインでレクチャーを受け、取材や記事執筆、発信のプログラムを実施。受講した大学生が高校生に発信する場として、県内のSDGsの取り組みを発信する「SDGsキャラバン」も開催した。
2020年度 環びわ湖大学・地域コンソーシアム 学生支援事業
SHIGA SDGs Studios
主 催:一般社団法人 環びわ湖大学・地域コンソーシアム
企画運営:一般社団法人SDGs Impact Laboratory
期 間:2020年8月〜2020年12月
滋賀県の琵琶湖をとりまく14の大学が加盟する環びわ湖大学・地域コンソーシアム(以下、環びわ)。環びわが2020年度に実施した学生支援事業「SHIGA SDGs Studios」では、異なる大学から本学学生を含め計23名の学生が参加し、SDGsに代表される社会課題を知り、発信するプログラムを実施した。コロナ禍の中、オンラインで他大学の学生同士が交流し、学生自らが取材を行って記事を執筆。学生たちの記事はブックレットとして発刊され、滋賀県内のSDGs取り組みを発信している。本プログラムで幹事校として事務局を務めた立命館大学BKC学生オフィスの西川美裕さん、滋賀県総合企画部企画調整課の橋本明郎さん、発信プログラムのサポートを行った立命館大学Sustainable Week実行委員会・実行委員長の豊田真彩さん(食マネジメント学部2回生)に話を聞いた。
コロナ禍での学生支援事業となりましたが、どのようなことを目指して取り組みを行ったのですか。
西川 今年は新型コロナウイルスの感染拡大で、当初計画していたプログラムとはかなり違うものになりました。コロナ禍の中であっても、オンラインでなにか活動できないかということで、委託業者の協力により、実施したようなオンラインでのレクチャー・取材・記事作成を行うプログラムとなりました。今回のプログラムの柱として「SDGsについて学ぶ」「滋賀県の魅力を知る」という2つがありましたが、コロナ禍で学生生活に制約がある中で、参加していただいた学生の皆さんはオンラインで積極的に活動していたと思います。
滋賀県としてはどのように関わられたのでしょうか。
橋本 交流する機会を作っていきたいと考えています。立命館大学で行われているSustainable Weekや、滋賀県立大学のキャンパスSDGs、他にも滋賀大学や滋賀医科大学でもSDGsに関するイベントが行われたり、各大学でのSDGs推進の取り組みが行われたりして、SDGsの認知度は高まってきています。県としては、大学生が横の繋がりを作ってアクションをすることを支援・推進していきたいと考えています。2つ目は、取り組みの情報発信です。今回、ブックレットという形で学生の皆さんの記事や環びわの取り組みを発信されていますが、その中の1つで「環びわ湖・大学SDGsマップ」を作成いただきました。県内の大学でどのような取り組みをしているか見える化し、一体的に取り組んでいることをアピールでき、大きな効果がありました。
受講した学生の皆さんの記事は、実に多種多様な取り組みを取材されていましたね。
橋本 その点はとても私たちも驚きました。取材先を決めるにあたっては、レクチャーを通した情報提供も行いましたが、取材先は学生たちが自ら選び、取材をしています。学生の皆さんの興味関心ベースで取材されていて、大人では書けない視点の記事が多くあったと思います。
西川 参加者個人にとっては、レクチャーを受けて、取材をして、記事を書いて、発信するというステップで、色々なスキルの向上につながり、これからの学生生活にも活かせるような取り組みになったと思います。
発信のプログラムでは、立命館大学のSustainable Weekに受講した学生が登壇されていましたね。
豊田 今年度実施したSustainable Week 2020は、すべてのプログラムをオンラインで配信し、SDGsを通じた交流や情報発信を行いました。環びわの成果報告会も合わせて実施させていただきましたが、三日月大造滋賀県知事にもご出演いただき、たくさんの方にご視聴いただきました。プログラムを受講された皆さんとの対談企画も実施しましたが、異なる大学の学生の皆さんとの横のつながりができるきっかけにもなり、とてもいい機会になりました。
受講した学生が高校生に教え合う「SDGsキャラバン」も行っていましたが、印象に残ったことはありますか。
西川 高校生に向けて滋賀県のSDGsの取り組みを発信する「SDGsキャラバン」では、受講した学生が、高校生に向けて教えあうプログラムとして、県内・県外あわせ4つの高校で実施しました。学生による記事報告や高校生とのディスカッションを行いましたが、高校生に教え、高校生から気づきを得ているのがとても印象的で、縦の繋がりもつくることに繋がったと思います。
豊田 私も参加させていただきましたが、高校生の皆さんもとても関心を持って参加してくれていて、とても印象的です。高校生にとっては、大学生がこういう活動をしていると伝わったところが意義深かったと思います。
オンライン時代に記事やブックレットという形での発信でしたが、反応はいかがでしたか。
西川 記事という形での成果物作成は、取材で得たたくさんの情報を、記事の決められたスペースに凝縮して表現することが、良いスキルアップの場になったと思います。そして、ブックレットとして「紙」の冊子を発刊しましたが、手元に自分たちが作ったものが残るのは、数年後に振り返るいい財産・ツールになると思います。受講した学生や取材先の方だけでなく、多方面からブックレットがほしいとのお声を頂いています。
橋本 モデルとなるようなSDGsの取り組み事例が発掘されて、様々な人が読むことを考えて執筆された「記事」の形で発信されているのが非常に良かったです。
受講した学生のサポートをされる中で刺激を受けられたことはありますか。
西川 コロナ禍もあり、学生の皆さんも周りの環境の変化に戸惑いがあったと思います。その変化に柔軟に対応しオンラインでの取り組みに意欲的に参加していたのがとても印象的で、大人も見習うべき点だと感じました。
橋本 今回受講された学生がとても積極的で、県の取組も取材いただきましたし、なかなか大人の視点で発見できないところにも取材されていました。取材する際もしっかりとインプットをされていて素晴らしかったです。積極的な活動姿勢は自分自身も学びになりました。
大学生と地域が連携して活動していくことの意義や、大学生に取り組んでほしいことについて教えて下さい。
西川 大学生の皆さんには、こういった活動に参加することによって、ぜひ自身の次のアクションに繋げてほしいと思っています。アンケートでも大学生活や今後の活動に活かしたいという声がありました。地域での取り組みにも積極的に参加いただき、自分自身の学びにも繋げてほしいと思います。
橋本 地域の社会課題というのは、どこにいっても共通するテーマです。滋賀県では各大学でSDGsへの取り組みが進んでいますが、もっとオープンに、学生も地域も参加できる取り組みが広がっていけば面白いと思っています。地域社会が一丸となって、その地域の課題に取り組みことが一番理想です。10年後の社会を支えるのは今の大学生の皆さんになります。まずは地域の課題に目を向けるところからはじめて、ぜひ社会課題へのチャレンジや発信に繋げてほしいと思っています。
渚と森の青空ブックカフェプロジェクト:繋がりが生まれる社会貢献
立命館大学経済学部・寺脇ゼミが2020年度に取り組んだプロジェクト。2020年11月7日(土)・8日(日)、滋賀県大津市・琵琶湖畔にある大津湖岸なぎさ公園にて、自然豊かな環境で読書をしながらカフェを楽しむ青空ブックカフェを開催した。滋賀県下の古書店に協力を仰いで出店してもらい、コロナ禍の閉塞感漂う中、憩いと安らぎの場を提供すると共に、そのイベントがもたらす社会便益とブックカフェに対する需要を計測。ウィズコロナ時代におけるカフェの楽しみ方として、「読書と共にカフェを楽しむ」スタイルの意義を伝え、その普及を目指す。
イベント概要
主催:立命館大学経済学部寺脇拓ゼミ
渚と森の青空ブックカフェプロジェクト
後援:大津市
日時:2020年11月7日(土)・8日(日)、11時~16時
場所:滋賀県大津市打出浜15 「なぎさのテラス」前の芝生広場と打出の森
今年度、立命館大学経済学部・寺脇ゼミが実施した「渚と森の青空ブックカフェプロジェクト」。琵琶湖岸で「ブックカフェ」のイベントを実施し、憩いと安らぎの場を提供すると共に、そのイベントがもたらす社会便益とブックカフェに対する需要を計測するプロジェクトだ。プロジェクトの実施にあたっては、ゼミに所属する学生が自ら古書店に協力を仰ぎ、実施場所も大津市と交渉。研究活動として需要計測も行った。同プロジェクト実施への想いや、実施までの道のりを、寺脇拓教授と、プロジェクトの中心メンバーとして活動した経済学部3回生の西野瞳さん・吉上綾祐さん・田中沙織さんに話を聞いた。
寺脇ゼミの課題解決型のプロジェクトはどのようにして実施されているのですか。
寺脇 私が担当するゼミでは、毎年3回生の秋学期に課題解決(PBL:Project Based Learning)型のプロジェクトに取り組んでいます。学生は2回生秋学期からゼミに配属され、当ゼミではまず、テキストを読んで知識を備えることから始めます。そして3回生の春学期にグループに分かれて研究活動を行い、秋学期にゼミ全体で行う課題解決型プロジェクトを開始します。課題解決型プロジェクト自体は2012年から行っていて、当時はゼミ内の自主的な活動でした。現在は経済学部のカリキュラム変更に伴い、正課の研究活動として実施しています。昨年度実施した「ヨシストローによる#SDGs推進プロジェクト」は、琵琶湖のヨシ(葦)を使ってストローを作り、それを人々に実際に使ってもらった上で、そのヨシストローに対して人々が支払ってもよいと思う金額(支払意思額)を計測しました。メディアにも取り上げられ、大きな反響がありました。
今年度のブックカフェプロジェクトのアイデアのきっかけを教えて下さい。
寺脇 今年度は、当初から新型コロナウイルスの感染が拡大し、大学も休講に追い込まれたため、プロジェクトの実施に向けては、コロナ禍の中でどこまで動けるかという制約を考えることから始める必要がありました。プロジェクトの案を募る中では他のテーマも出ましたが、活動範囲や内容の制約を考えて、学生にとって身近な存在で、かつコロナ禍の影響を強く受けている飲食店をターゲットに計画を進めることにしました。マスクを外さざるを得ない飲食店で、もし利用者がしゃべらずに静かに過ごすことができれば、そこでの感染リスクは格段に低下するものと期待されます。そこで出たアイデアが「ブックカフェ」です。一般にカフェは、会話を楽しむ場として利用されていますが、このコロナ禍においては、「静かに本を読んで過ごす空間」としてカフェを利用する楽しみ方もあると考え、実際にそのブックカフェに対する需要を分析しようということに決まりました。
コロナ禍でプロジェクト実施に至るまでは様々な苦労があったと思います。
寺脇 1つは、プロジェクトのテーマを決める段階で、慣れないオンラインでの議論を余儀なくされたことです。意見はたくさん出たのですが、それが合意に向かっているのか、拡散しているのかを掴みきれず、全員がテーマに満足しているのかどうかよくわからないまま、プロジェクトをスタートさせてしまったという反省があります。対面での議論の有効性を強く感じましたね。また、最初は実際に営業されているカフェに協力を依頼したのですが、コロナ禍の影響と回転率の低下がネックとなり、協力を得られませんでした。そうした中で、以前の活動で繋がりがあった、なぎさWARMSの店主の方にご協力いただき、なぎさ公園での実施が実現しました。青空の下でのイベントは研究に新たな視点を加えることにもなりました。コロナ禍でもかつての繋がりが生きていて、今回大きく助けられましたね。プロジェクトがプロジェクトを生む、良い循環が生まれています。
西野 活動の中で大変だったのはやはりオンラインでの意思疎通ですね。プロジェクトを進めるにあたって考えなければならないこと、やるべきことはたくさんあるのに、直接会えないことで意思疎通がうまく行かず、思うように進められないこともありました。
田中 現地調査や交渉、取材に行くにも大人数で行くわけにはいかず、現地で話を聞いた人とそうでない人の間で思いがズレてしまったりすることもありましたが、イベントを開催するときには、1つの目標に向かって全員が一丸となることができたと思います。
吉上 オンラインで良かったこともあって、それは直接会えない分、否が応でも作業を分担せざるを得なかったことです。1人に役割が集中せずに、それぞれができることを少しずつやるという体制が、イベントの開催日が近づくにつれてだんだん確立されてきて、効率的に動くことができるようになりました。
今回のプロジェクトを通して分析できたブックカフェの需要とはどのようなものでしょうか。
寺脇 今回11月に開催したイベントの際には、来場者を対象にアンケート調査を行って、ブックカフェに対する需要の大きさをコーヒー1杯あたりの価格で計測しました。最も重要な知見は、ブックカフェではない普通のカフェを基準として、ブックカフェで提供されるコーヒーに対して、人々は追加的に約140円まで支払ってもよいと考えていることです。加えて、年齢が高くなるほど、普通のカフェよりもブックカフェが選好されるという傾向も導かれました。
このような課題解決型プロジェクトを通して地域や社会と繋がる意義とは何でしょうか。
寺脇 1つは、学生たちが自らの研究が現実の社会問題の解決に繋がることを実感できるところですね。彼らの研究や活動は、ややもすると自己満足に陥りがちです。そこには必ず相手となる人間がいて、その人たちのためにならなければ社会貢献とはいえません。実際に地域の人々と話し、自分たちの活動に対する社会的な評価を確認しながら進めることで「社会に貢献した」と胸を張って言える研究ができるものと考えています。
西野 寺脇ゼミでのプロジェクトを通して、就職するにあたっても社会貢献できる職につきたいと感じるようになりました。コロナ禍の中で、やはり人と人の繋がりの大切さを強く認識しました。
田中 今回のプロジェクトでも、前年同様にクラウドファンディングで資金を集めました。これによって、支援金という形で社会からの評価がわかり、応援されているという実感が得られて、大きな励みになりました。
寺脇 今回コロナ禍でもプロジェクトをやり遂げられたのは、地域との繋がりを作るプロセスを大事にしてきたからだと思っています。地域の協力や外部からの支援をいただくためには、何よりもまず、研究の意義を説得的に伝える努力が必要です。その上で、真摯な姿勢を行動で示しながら、社会に貢献する成果を上げることで、利害が伴う方々の信頼が得られ、地域との繋がりが生まれます。この繋がりがまた新たな繋がりを呼び込んできました。今後もこうして作られたネットワークを大切にしながら、新たな展開を探りたいと思います。
寺脇 拓 立命館大学経済学部 教授
神戸大学農学部卒業、神戸大学自然科学研究科博士課程修了(学術博士)。日本学術振興会の特別研究員(PD)として研究に従事し、2000年より立命館大学経済学部助教授。2011年より現職。非市場財の経済評価とその管理を専門として研究を行う。指導するゼミでは、環境・食品安全・歴史遺産といった、通常それ自身市場では直接取引されない非市場財の価値に注目し、実際に金銭的に評価すると共に、その価値が社会に適切に反映されるような仕組みづくりを研究。ゼミ全体で取り組む地域社会連携・課題解決(PBL)型のプロジェクトを立ち上げ、地域の中でその活動を実践している。
スマート農業実証プロジェクト:ロボティクスで日本の農業を救う
立命館大学総合科学技術研究機構・深尾研究室が、農研機構生研支援センターや民間企業と共同で取り組んでいる農業ロボットの研究開発プロジェクト。露地野菜の集荷や果実栽培など、とくに「収穫」と「運搬」にフォーカスした農業のロボット化に関する研究に力を入れている。昨年度から実施している「スマート農業実証プロジェクト」では、滋賀県彦根市にある(有)フクハラファームで、AI(人工知能)機能搭載のキャベツの全自動収穫に取り組んでいる。キャベツ栽培において、AI機能により、収穫物の位置や傾きを瞬時に判断し、収穫機の自動運転を行うとともに、収穫部分を調整することで、収穫ロスが殆ど出さないこととともに、作業未熟者でも容易に収穫作業を可能とする。農業ロボットの研究が進み、実用化されれば高齢化や人手不足などの現代日本の農業が抱える問題を解決することから、今日の日本で最も注目を集める研究の一つ。
日本の農業はいま、高齢化と就農人口の減少という大きな問題を抱えている。深尾研究室では、自動運転や野菜や果実の自動収穫に向けて研究を進めている。専業農家の約4分の3が60歳以上と、生産人口が減少していく中、作物の生産量を減らさないため農業の自動化にはニーズがあるという。昨年度から実施している「スマート農業実証プロジェクト」では、滋賀県彦根市にある(有)フクハラファームで、AI(人工知能)機能搭載のキャベツの全自動収穫に取り組んでいる。産官学連携で、農業の問題を技術からの解決に挑む深尾隆則客員教授と、同プロジェクトに携わる中西喬希さん(理工学研究科M2、いずれも2021年3月現在)、菅谷柊斗さん(理工学研究科M1)、大西主馬さん(理工学部4回生)に話を聞いた。
深尾先生はもともと、自動運転について研究をされていたと伺いましたが、現在の取り組みのように農業に参入されたきっかけを教えて下さい。
深尾 もともと、北海道で飛行船の研究をJAXA(宇宙航空研究開発機構)と共同でやっていたとき、農業の人手不足の課題を知ったのが、農業プロジェクトを始めたきっかけです。収穫の際のトラクター操縦の自動化に着手し、その後キャベツ栽培において、AIを使って収穫物の位置や傾きを瞬時に判断し、収穫機の自動運転を行っています。収穫部分を調整することで、収穫ロスをほとんど出さずに、作業未熟者でも容易に収穫作業を行うことが可能です。現在は、キャベツ以外にも玉ねぎやじゃがいも、りんご、なしの収穫の自動化にも取り組んでいます。さらに、北海道と沖縄で軽トラックの農道での自動運転にも挑戦しています。
学生さんも現場に行く機会はあるのでしょうか。
深尾 地域とかなり密着して事業を進めいるので、学生も同行してもらっています。他の研究室より現地の農家さんと触れ合う機会は多いと思います。大学の設備で研究・開発を進めながら、北海道などの現地に1回2週間程度、年に数回滞在し、実験を行っています。
農家さんとコミュニケーションを取る中で大変だったったこと、気付きや学びを教えて下さい。
中西 たとえば、農家さんに対して機械を実際に使いながら説明することがあります。学生としては研究成果を話したいところではありますが、農家さん目線では作物のことを一番に気にされるので、その点には気をつけて説明するようにしています。現場の農家さんとお話することで、導入するのにかかる費用や、収穫した作物の綺麗さなど、大学で研究するだけでは思いつかなかった、新しい視点を取り入れて、研究を進めることができました。
菅谷 フクハラファームで実際にキャベツを手作業で収穫されている様子を見る機会がありました。2kgもあるキャベツを、高齢の農家さんが一つ一つ腰を曲げながら収穫している姿を見て、自分自身も「どうにかしたい」と思いました。実際に農家さんの困っていることなどを聞きながら、自分が行っている研究が役に立っていることが実感でき、やりがいにつながっています。
コロナ禍で、現在農業はどのような課題に直面しているのでしょうか。
深尾 就農人口の減少や高齢化はこれまでも問題となっていましたが、特に今年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で海外からの技能実習生が入国できず、人材不足は深刻化の一途をたどっています。この課題は、コロナ禍が収束したら解決するかと言えばそうではありません。今まで中国・ベトナム・フィリピンから来ていた技能実習生も、母国の発展に伴って若者が農業に就くことも少なくなってきました。だからこそ、私たちがやっているような収穫の自動化など生産性の革新的向上が必要です。農業が産業ではなく、家業の延長線としている農家さんも多いのが現状です。フクハラファームなどの大規模な農園では、企業や研究機関が入り、作業をさらに効率的にし生産性を向上しようとしています。このような仕組みが全国に広がれば、日本の農業は持続可能なものになるのではないかと考えています。
コロナ禍で研究・開発を進めていく上で、学生や地域の方とコミュニケーションをとるために工夫した点などはありますか。
深尾 コロナ禍以前から、学生が自主的に研究や実験を進めていくように意識しており、コミュニケーションの面では特に困ったことはありませんでした。ただ、現場の農家の方も多いため、コロナウイルスを持ち込まないように感染対策には気をつけていました。
実際に学生の皆さんは、自主的に研究を進めていくことにどう感じていますか。
菅谷 深尾先生がお話されていた通り、研究にやる気のある学生にはとてもサポートしていただけます。そして、主体性のある学生が研究成果をあげているのはとても感じます。現場での2週間程度の期間で研究・開発を行うため、メリハリを大切にしています。
大西 私はまだ学部4回生なのもあり、技術不足を感じることもありますが、自動収穫には画像認識を始めとした様々な技術が必要です。そんな時に先生に相談、先輩などメンバーを増やしてもらいながらプロジェクトを超えて学生同士で支え合いながら研究を進めています。
深尾研究室で学ばれている学生さん自身の今後の展望を教えて下さい。
中西 私はこれから就職で、進む分野は深尾研究室で取り組んできたこととは直接関係ありませんが、最新の分野を追っていったり、多少なりとも身につけた知識などを無駄にしないように活かしていきたいなと思います。
大西 2週間、現場で実験と研究を繰り返す日々は大変でしたが、とても成長を実感できました。深尾先生からも「企業で研究・開発するのはこれくらい大変だ」とよく言われています。大変なことはありますが、学生の間からこの経験ができるのはとても貴重なことだと思っています。いずれは、深尾研究室での経験を活かして、自分でソフト面からハード面までを作ることができる企業に就職したいです。
菅谷 常に挑戦を続ける技術者でありたいと思っています。研究室では、農業の人手不足という課題に対してメンバーみんなが様々なアプローチで常にチャレンジしています。研究室で身につけた専門知識を生かして、日本の社会問題解決に直接携わるような仕事につきたいです。
今後の研究・開発について、深尾先生の展望をお聞かせください。
深尾 私たちが目指しているのは「フィールドロボティクスによる社会課題解決」です。フィールドロボティクスは、市街地を走る自動車や、災害などのレスキューの現場、土木・建設の作業場、宇宙の探査など屋外の様々な場面で活躍するロボット技術です。私は農業において「日本の美味しい農作物が日本で食べられる生活をなくしたくない」という想いを強く持っています。これを目指して、品質を落とさずに自動化し、日本の農業の生産性を上げることを、これからも目指していきます。ロボティクス技術で、日本の社会問題を地域や企業と連携しながら解決していき、世界へも展開していきたいと考えています。
深尾 隆則 立命館大学総合科学技術研究機構 客員教授
京都大学工学部航空工学科卒業、京都大学大学院工学研究科修士課程修了。博士(情報学)。1996年、同大学院博士後期課程中退、同年助手となり、同大学大学院情報学研究科助手を経て、2004年神戸大学工学部機械工学科助教授。2015年より立命館大学理工学部電気電子工学科教授。2020年より東京大学大学院情報理工学系研究科教授に。立命館大学総合科学技術研究機構の客員教授も兼任し、現在に至る。ロボティクスと自動車制御などに関する研究に従事し、知能機械学・機械システム・ロボティクスを専門として、自動運転やスマート農業など多様な分野で活躍している。