鳥山正博教授

2022.05.31 TOPICS

マーケティングの概念を確立したコトラー教授の著作を監訳・解説-鳥山正博教授 ②

 私は、27年間コンサルティング業務に携わってきた実務家教員です。「マーケティング全体がどのように変化、進化していくのか」を中心的なテーマとして幅広い領域の研究を行いながら、マーケティングに対する理解を深めてもらおうと著作活動も精力的に行っています。
 そもそも「マーケティング」という概念は、1960年代、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院のフィリップ・コトラー教授によって確立されました。そのコトラー先生が日本人のために書き下ろした『コトラー マーケティングの未来と日本』(KADOKAWA、2017年)の監訳と解説を行いましたし、直近では、コロナ禍を踏まえて書かれた『コトラーのH2Hマーケティング』(KADOKAWA、2021年)の監訳と解説を行い、マーケティングの変化を紹介するとともに、現代にあってコトラー先生の理論をどう捉え直すべきかを論じました。
 また、マーケティングとは、企業の活動が先にあって、それを後から経済学、社会学、統計学、心理学、人類学など、さまざまな学問の理論を用いて分析し、まとめ上げられた体系です。しかし、マーケティングは絶え間なく変化し続けるものであり、理論的な裏付けとしてもっと多様な学問体系、手法を活用すべきなのではないかと考え、ネットワークサイエンスやエージェントシミュレーションの知見を生かした組織やイノベーションの研究にも取り組んでいます。他に、既存のマーケティングのフレームでは説明することが難しかった現象も脳科学を使うことで解析できるというヒントを得て、『ブラックマーケティング』(KADOKAWA、2019年、共著)を出版しました。この本ではギャンブル依存や悪徳商法、AKB商法など従来のマーケティングフレームワークでは説明できなかった、しかし現実には存在するマーケティング現象を、脳科学を使って説明できることを示し、マーケティングの地平を拡げることができたと思っています。
 ——ここまでは研究活動についての話でしたが、著作の内容が表すように、私は「しっかりとした基礎的理論に立脚すること」と「多様な『知』を取り込んでマーケットリサーチの機能を高めていくこと」の2点を重視しています。そして、この2つの点は、立命館大学ビジネススクール(以下、RBS)での授業・指導においても大事なものだと考えています。

〈鳥山教授の授業内容①〉企業が出す課題に院生が提言を行う「マーケティングリサーチ」

 私が目指しているのは、院生の皆さんを〝本気にさせる授業〟です。
 その〝本気にさせる授業〟の典型が、「マーケティングリサーチ」という科目です。この科目は、協力企業に「課題」を提供していただき、院生がチームをつくってその課題解決に向けた提言を行うという、極めて実務的・実戦的な内容になっています。
 例えば、大手出版社に協力していただいたケースでは、その出版社から2つの課題が出されました。一つは「ネットメディアから新しい著者を発掘し、どのようにメジャーデビューさせていくか」という課題で、院生たちは、ソーシャルリスニング、テキストマイニングといった手法でメディア分析を行うなどマーケットリサーチを重ね、「こういうテーマで、こういう人に書かせれば、こういう人たちに読んでもらえる」という形の提言をまとめます。
 もう一つの課題は、「国内で行っているさまざまな事業を中国で幅広く展開するにはどうすればよいか」というもので、留学生が多いクラスに出しました。ウェブアンケートなどの調査を行い、「中国で有望な事業をカテゴリー別に挙げた上で、どのように事業展開すればよいか」の提言をまとめました。
 また、別の年には、ある地方新聞社に課題を出していただき、新聞社の新たな収入源にもなり、その都市を訪れる観光客の増加にも貢献するような新規事業として、スマホを通じた情報提供のビジネスモデルを検討したこともあります。
 提言をまとめるには、マーケットリサーチの手法を使いこなすことはもちろん、さまざまな領域の知識、知見を活用しなければなりませんし、チームワークも必要になってきます。提言を支えるロジックを構築し、その裏付けも求められます。そうした取り組みの成果が企業に届けられ、高く評価された提言は企業に採用されます。難易度は高いですが、院生たちはまさに本気で取り組む授業になっていると思います。
 この「マーケティングリサーチ」以外の、私が担当する授業では、たとえば「マーケティング」のクラスでは教科書に載っている基礎的な概念を深く理解させることを目指しています。セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング、4つのP、ポーターの5フォースといった基礎的な概念を、あえて内容を絞り込み、その代わり学んだことはすべて自分の道具としてちゃんと使えるようなる授業にしています。

〈鳥山教授の授業内容②〉本当に身につけてほしいのは「学び続ける構え」と「学び続けるための手段」

 最後に、私のゼミについて紹介します。
 ゼミは、「課題研究レポート」作成の指導と専門書の読書会を中心に、時折ゲストスピーカーを招いた回を設けるなどして、研鑽を深めています。
 「課題研究レポート」は、院生がそれぞれの関心に則したテーマを設定し、そのテーマを1年以上の時間を掛けて考えを突き詰めていきます。学会発表を目指すわけではないので、レポートの内容は実戦的で、多様です。自分がこれから興す事業の設計図を書く院生もいれば、自身の経営の経験を振り返って自分の経営哲学をまとめる院生もいます。いずれにせよ、人生において1年以上も掛けて一つのレポートに取り組む機会はなかなかありません。そのせっかくの機会を実りあるものにするために、院生自身も真剣ですが、私も一つひとつのテーマに本気で向き合って〝コンサルティング〟しています。
 読書会は、ゼミの全員で、かなりボリュームのある専門書を読んでいきます。毎回、3〜4章を読み進め、ディスカッションクエスチョンを行っています。直近では、入山章栄さんの『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社、2019年)を取り上げましたが、「1人ではとても読み通すことができないゴツい本もじっくり読むと面白いものだ」「新しい概念を自分のものとすると地平が拡がる」ということを体感してもらうことを狙っています。

 世の中の変化はとても激しく速いので、新しいことを常に学んでいくことが必要です。その意味で、私が本当にRBSの院生に身に付けてほしいと思っているのは、「学び続ける構え」であり、「学び続けるための手段」です。
 経営やマーケティングを論じる理論やフレームワークには多種多様なものがありますが、その中には、人工甘味料を添加した「良薬、口に苦し」の逆をいくようなものも多く混じっています。基礎があってこそ最新の状況に対応でき、実地の経営に応用できるのであり、基礎がないフレームワークを身に付けても学び続けることにはつながらないでしょう。ぜひ、きちんと根を張った基礎を持つ理論を学んでほしいと思います。  

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