ルテニウム錯体を触媒とする有機ヒドリドを介した二酸化炭素光還元〜新たな人工光合成系の創製に向けて〜

立命館大学大学院生命科学研究科の民秋 均教授と出呂町 渚さん(大学院生)と木下雄介博士(元助教)の研究チームと、京都大学アイセムス(高等研究院 物質-細胞統合システム拠点)の田中晃二特任教授(元本学客員教授)と北川進特別教授らの研究チーム、静岡理工科大学は共同して、天然の酸化還元補酵素をモデルとした配位子を有するルテニウム錯体から初めて有機ヒドリドが光照射によって二酸化炭素を触媒的に還元することを確認しました。本研究成果は、2023年1月13日にドイツ科学雑誌「ChemSusChem」のホームページ上に掲載されました。

【本件のポイント】

  1. 天然の酸化還元補酵素である NAD/NADH 配位子を持つルテニウム錯体が、有機ヒドリドを利用して初めて触媒的に二酸化炭素を光還元した。
  2. ルテニウム錯体の一電子光還元体を介して、有機ヒドリド※1 が二酸化炭素をギ酸に還元した。
  3. 天然光合成系の NAD/NADH を模倣した新たな人工光合成※2 系の創製へと期待される。

研究成果の概要

再生可能な有機ヒドリドを持つルテニウム錯体が、可視光照射によって二酸化炭素(CO2)を触媒的にギ酸(HCOOH)へと還元できることを初めて明らかにしました(図1)。

図1.有機ヒドリド金属錯体による二酸化炭素の光還元
図1.有機ヒドリド金属錯体による二酸化炭素の光還元

研究の背景

大気中の二酸化炭素(CO2)濃度の増加は、地球温暖化の原因として、早急に解決しなければならない環境問題です。また、有限な化石燃料ではなく、太陽光を用いた再生可能エネルギーの創製は、エネルギー問題の解決にとって必要不可欠で、「人工光合成」として大いに期待されています。これらの問題を一挙に解決する方法として、光照射によって CO2 を化学的に還元させて、燃料(ギ酸やメタノールや天然ガスの主成分のメタン)に変換させる方法があります。しかし、CO2 は極めて安定な物質で、化学的に還元することは大きな困難を伴い、従来の方法では多大なエネルギー投入が不可欠でした。そこで、生体内で太陽光だけを利用していとも簡単に CO2 還元している光合成を模倣することにしました。

生体内での還元反応では、補酵素のニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)上のニコチンアミド部位が、外部からのエネルギーによって一つのプロトンと二電子を受け取り、還元型NADH となります(図2)。

図2.生体内の酸化還元反応の補酵素 NAD<sup>+</sup>/NADH
図2.生体内の酸化還元反応の補酵素 NAD+/NADH

この NADH が基質に H−を与えて還元を行い、自身は酸化型 NAD+となって再生されます。このように NAD+/NADH 酸化還元対は生体内で数多くの有機物の酸化還元反応に関与し、副生成物を伴うことなく高効率で物質変換を行っています。本研究では、天然の酸化還元反応の補酵素 NAD+/NADH をモデルとしたルテニウム錯体を用いて、触媒的二酸化炭素還元反応を可視光のエネルギーで行うことにしました。

研究の内容

これまでに、NAD+/NADH をモデルとした配位子を持つ酸化型ルテニウム錯体が、電子源とプロトン存在下で分子間不均一化反応を経て還元型ルテニウム錯体となり、強い塩基(安息香酸アニオン)存在下で CO2 をギ酸へと還元することを報告してきました。しかし、この反応系では酸化型ルテニウム錯体から還元型ルテニウム錯体への還元が難しく、この錯体が一度しか使えないという問題点がありました。本研究では、1,3-ジメチル-2-フェニル-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾ[d]イミダゾール(BIH)を電子源として用いることで、酸化型ルテニウム錯体が還元型ルテニウム錯体へと還元されました。さらに還元型ルテニウム錯体の配位子の有機ヒドリドが CO2 をうまく還元させることで、触媒的に CO2 の還元反応が進行しました(図 3)。 BIH から生じたBI・が還元型ルテニウム錯体をさらに一電子還元させ、このルテニウム錯体が反応の活性種であることも明らかになりました。二酸化炭素を還元させた活性種は、中性のラジカル種となり、このラジカル種がすぐに再び分子間不均一化反応を経て、還元体と酸化体へとなり、触媒的に反応が進行したと考えられます。

図3. ルテニウム錯体(還元型金属錯体)による活性種の生成と二酸化炭素還元反応
図3. ルテニウム錯体(還元型金属錯体)による活性種の生成と二酸化炭素還元反応

社会的な意義

世界で初めて再生可能な有機ヒドリドによる CO2 光還元反応を示すことができました。これまで再生することができなかった金属ヒドリドに置き換わる新たな有機ヒドリドによる還元反応へと広がっていくことが期待されます。さらに、この系を発展させることで、CO2 の化学変換(大気中からの削減)や、それに伴う新たな化学燃料の合成が可能となり、人工光合成の創製も期待されます。

論文情報

  • 論文名 : Photoinduced Catalytic Organic-Hydride Transfer to CO2 Mediated with Ruthenium Complexes as NAD+/NADH Redox Couple Models (NAD+/NADH 酸化還元対をモデルとしたルテニウム錯体類を介した二酸化炭素への光誘起による触媒的な有機ヒドリド移動)
  • 著者 : Yusuke Kinoshita1, Nagisa Deromachi1, Takashi Kajiwara2, Take-aki Koizumi3, Susumu Kitagawa2 Hitoshi Tamiaki1, Koji Tanaka1・2
  • 所 属 : 1 立命館大学生命科学研究科, 2 京都大学アイセムス(高等研究院 物質-細胞統合システム拠点), 3 静岡理工科大学 先端機器分析センター
  • 発表雑誌 : ChemSusChem (Chemistry-Sustainability-Energy-Materials)
  • 掲載日 : 2023 年1 月13 日(公式ホームページ上に掲載予定論文として公表)
  • D O I : 10.1002/cssc.202300032
  • U R L : https://doi.org/10.1002/cssc.202300032

用語説明

※1 有機ヒドリド:金属ヒドリドと異なり、炭素水素結合から生成されるヒドリドイオン。生体内の酸化還元反応は、NAD/NADH の有機ヒドリドによって、副生物を伴うことなく高効率で物質変換を行っている。

※2 人工光合成:天然の光合成を模倣し、人工的に太陽光用いて、二酸化炭素などの物質を利用価値の高い有機物などへと化学的変換する技術。次世代のエネルギー変換技術として期待されている。

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