立命館大学生命科学部の立花雅史教授は、浙大城市学院の謝智奇講師、大阪大学の奥崎大介特任准教授、岡田直貴教授らと共同で、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)※1阻害剤が骨髄由来免疫抑制細胞(MDSC)※2のがん部位への浸潤を阻害し、免疫チェックポイント阻害剤の効果を向上させることを明らかにしました。本研究成果は、2025年2月2日(日)01:00(日本時間)に、英科学雑誌「Cancer Immunology,Immunotherapy」に掲載されました。

【本件のポイント】

  • HDAC1, 2, 3 阻害剤であるCXD101 が免疫チェックポイント阻害剤の効果を向上させることを発見
  • HDAC1, 2, 3 阻害によりMDSCに発現しているCCR2※3が分解されることを発見
  • CCR2 分解はNEDD4※4によるものであることを解明

研究成果の概要

 MDSCは抗がん免疫系を抑制することで、がんの進展を促します。今回立花教授らの研究グループは、MDSCにHDAC阻害剤が作用することによって、E3ユビキチンリガーゼであるNEDD4の発現が上昇し、ケモカイン受容体の一つであるCCR2がユビキチン化による分解※5を受けることを明らかにしました。CCR2はMDSCのがん部位への浸潤に必要であるため、CCR2分解によりがん部位でのMDSCが減少し、抗がん免疫細胞が活性化されて、がんが退縮することを発見しました。

研究の背景

 日本における死因の第一位は「がん」であり、がんに対する有効な治療法の開発が待望されています。2018年のノーベル医学・生理学賞を受賞した京都大学の本庶佑特別教授の研究で大きな注目を浴びた免疫チェックポイント阻害療法は、抗がん免疫系に対するブレーキを解除することにより抗がん免疫系を活性化するもので、劇的ながん退縮効果が多く報告されています。一方で、20-30%程度の患者にしか効果が認められず、併用療法の開発などが精力的に実施されています。
肝臓は沈黙の臓器と呼ばれ、肝癌は早期発見が困難ながんの一つです。治療薬は限られており、有効な治療薬が望まれています。一方で、HDAC阻害剤は血液がんに対して臨床で使用されていますが、肝癌に対してはいくつかの研究が進められているのみでした。

研究の内容

 今回、13種類のHDAC阻害剤を試したところ、HDAC1,2,3阻害剤がCCR2を分解させる作用を持っていることを発見しました。またデータベース解析から、肝癌ではHDAC1,2,3の発現量が高い程、予後が悪いことが判明しました。そこで、肝癌モデルマウスにHDAC1,2,3阻害剤を投与したところ、MDSCでのCCR2発現が低下し、がん部位でのMDSCが減少していました。これにより、抗がん免疫細胞が活性化されて、がんが退縮することを発見しました。さらに、HDAC1,2,3阻害剤であるCXD101との併用によって免疫チェックポイント阻害剤の効果が向上することが明らかになりました。
 HDAC1,2,3阻害剤によるCCR2の発現低下は、CCR2がユビキチン化されプロテアソーム※6によって分解されることも明らかにしました。詳細なメカニズムを明らかにするために、HDAC1,2,3阻害剤によって緩んだクロマチン部位を網羅的に解析し、CCR2をユビキチン化する可能性のあるE3ユビキチンリガーゼを予測ツールによって探索した結果、NEDD4を絞り込みました。さらに、実際にNEDD4がCCR2をユビキチン化することを明らかにしました。

図.研究成果の概要
図.研究成果の概要

社会的な意義

 免疫チェックポイント阻害療法はT細胞を活性化させることでがんを退縮させる治療法です。しかしながら、がん部位に存在するMDSCなどの抑制性免疫細胞がT細胞の活性化を阻害することが、免疫チェックポイント阻害療法の効果が弱まる原因の一つと言われています。今回、MDSCを標的とする治療によって免疫チェックポイント阻害療法の効果を向上させることができたことから、新たな肝癌治療薬の開発に繋がることが期待され、がん免疫研究の進歩に貢献できると考えられます。また、MDSCのがん部位への浸潤における、NEDD4によるタンパク分解を介した制御機構の解明に繋がる成果です。

論文情報

  • 論文名: HDAC1-3 inhibition triggers NEDD4-mediated CCR2 downregulation and attenuates immunosuppression in myeloid-derived suppressor cells
  • 著者: Zhiqi Xie, Jinjin Shao, Zeren Shen, Zhichao Ye, Yoshiaki Okada, Daisuke Okuzaki,Naoki Okada, Masashi Tachibana
  • 発表雑誌: Cancer Immunology, Immunotherapy
  • 掲載日:2025年2月2日(日) 01:00(日本時間)
  • DOI: 10.1007/s00262-024-03931-y
  • URL: https://rdcu.be/d8jEg

用語説明

  • ※1 ヒストン脱アセチル化酵素
    :Histone deacetylase。DNAが巻き付いているヒストンに結合したアセチル 基を脱離させる酵素。これによりDNAがヒストンからほどけ、遺伝子が発現するようになる。
  • ※2 骨髄由来免疫抑制細胞
    :Myeloid-derived suppressor cell。がんや炎症で出現する細胞。免疫応答を抑制する。
  • ※3 CCR2
    :細胞の遊走を制御するケモカイン受容体の一つ。
  • ※4 NEDD4
    :Neural precursor cell expressed developmentally down-regulated protein 4。ユビキチンを付加する酵素。
  • ※5 ユビキチン化による分解
    :分解されるべきタンパクに、ユビキチンと呼ばれる小さなタンパクが複数付加される。これが分解の目印となる。
  • ※6 プロテアソーム
    :ユビキチン化タンパクを分解するためのタンパク複合体。

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