クジラの海洋適応に伴うタンパク質進化のしくみを解明
概要
生命科学部の今村比呂志助教は、富山県立大学工学部医薬品工学科の磯貝泰弘准教授、長浜バイオ大学の白井剛教授らのグループ、岡山大学の墨智成准教授、法政大学の常重アントニオ教授らのグループと共同で、複数の絶滅した祖先クジラのタンパク質・ミオグロビン(Mb)(※1)の復元に成功しました。復元した祖先クジラMbの構造と物理化学的・生化学的性質の解析を行い、現存のマッコウクジラMbと比較することで、クジラMbの進化の道筋を明らかにしました。
古生物学における化石研究によると、クジラを含む海棲哺乳類(海獣)は、かつて陸上に生息した四つ足動物祖先から数千万年の歳月を経て進化し、海洋での高い潜水能力を獲得しました(図1)。一方、現存哺乳類に関する生化学的な解析によると、潜水能力の高い海獣の筋肉組織中には、筋肉中で酸素を貯蔵する働きを持つミオグロビン(Mb)というタンパク質の量が多く、陸棲動物に比べて数倍から数十倍の高濃度溶け込んでいることが知られています。高濃度のMbは潜水には有利ですが、Mb同士がくっついて機能不全になる危険性もあります。クジラの海洋適応に伴ってMbがどのように進化し、高濃度での溶解状態と機能を達成したのか、これまで謎となっていました。
本研究では、現存生物由来グロビンのアミノ酸配列の統計解析と遺伝子工学・生化学・物理化学・構造生物学実験によって、陸棲動物から進化したクジラMbの進化の跡を辿ることにより(図2)、潜水能力の高いクジラMbの優れた分子物性の獲得メカニズムを解明しました。具体的には、陸棲祖先(パキケタス)から浅い海に適応した海棲祖先(バシロサウルス)への進化の過程で、細胞内の他の生体分子の影響を受けにくく変化し、さらに深い海に適応した現存クジラに至る過程で、構造安定性が向上し、壊れ難くなりました(図3)。また、進化の過程でMb同士がくっつきにくくなっていることが、溶液小角X線散乱法という手法で明らかになりました。
抗体医薬をはじめとするバイオ医薬品は、ガンやリュウマチ等の特効薬として期待されていますが、薬効成分であるタンパク質が不安定で溶解度が低く、生産に多大なコストがかかることが社会問題になっています。本研究の成果を応用することで、低価格で供給出来るバイオ医薬品の開発が可能となります。
本研究成果は、2018年11月15日に英国科学誌の「Scientific Reports」オンライン版で公開されます。
用語の説明
(※1)ミオグロビン ミオグロビン(Mb)とその類縁蛋白質(グロビン)は、微生物から昆虫、軟体動物、脊椎動物、植物を含む様々な生物種が発現し、それらの細胞内環境に応じて、分子状酸素(O2)と可逆的な結合解離反応を行う酸素貯蔵タンパク質である。肉の赤身はMbによるものであり、クジラ肉が他の動物の肉よりも色が濃いのは、筋肉中のMb濃度が高いことによる。
論文題目
論文タイトル:Tracing whale myoglobin evolution by resurrecting ancient proteins
(祖先型タンパク質の復元によるクジラミオグロビン進化の追跡)
著者:磯貝泰弘(富山県立大),今村比呂志(立命館大),中江摂(長浜バイオ大),墨智成(岡山大),高橋健一(長浜バイオ大),中川太郎(長浜バイオ大),常重アントニオ(法政大),白井剛(長浜バイオ大)
雑誌: Scientific Reports
DOI: 10.1038/s41598-018-34984-6