立命館大学理工学部長谷川知子准教授らの共同研究チームは、気候変動によって極端な気象現象が増加し、世界全体の将来飢餓リスクがどの程度増えるのか、またそれに備えるには食料備蓄がどの程度追加で必要になるかを算定しました。

 本研究成果は、2021年8月9日付で国際学術誌Nature Foodのオンライン版に掲載されました。

 

本件のポイント

  1. シミュレーションモデルを用い、将来の気候の不確実性を考慮に入れて、極端な気象現象が将来の食料安全保障に与える影響を推定
  2. 100 年に1 回程度しか起こらない稀な不作について解析すると、世界全体の飢餓リスクは、2050 年において平均的な気候状態と比べて温暖化対策なしケース、温暖化対策を最大限行い、全球平均気温を2℃以下に抑えたケースそれぞれで20-36%、11-33%程度増加する可能性がある。
  3. 南アジアなどの所得が低く、気候変化に脆弱な地域では、上記2のような影響に備えるために必要な食料備蓄量は、現在の食料備蓄の3 倍にも上る。

 

研究の背景

現在気候変動の影響は洪水、熱波、森林火災など各方面で顕著に表れており、人為起源の温室効果ガスの排出がこれらの事象に大きく寄与しているとされています。また、日本をはじめ、各国が政策目標としてカーボンニュートラルを掲げており、温暖化対策は喫緊の社会的課題となっています。
 農業の温暖化影響について見ると、これまでの研究では緩やかな気候の変化の平均的な姿についての解析が主としてされてきました。すなわち、例えば2050 年では温暖化により○○%の作物生産量減少が見込まれるといった形でした。しかし、年々変化する気象条件とそれによる作物生産への影響は大きな振れ幅を持っており、本来の農業の影響は極端な気象現象の発生頻度がどのように変わっていくのかということを考慮しなくては、将来の気候変化にどのように対応していくかがわからず、当該分野の重要な研究課題として長く残されていました。
 そこで本研究では、将来の極端な気象現象がどのように変わっていくのか、またそれにより食料安全保障、具体的には飢餓に直面する飢餓リスク人口がどのように変わるのかということを複数のモデルを組み合わせて予測し、それに対応するための気候変動適応策についても検討しました。

結果とその解釈

社会経済的な変化のみを考慮し、気候が現状のままだと仮定したベースラインシナリオでは飢餓リスク人口は2050 年に3 億6000 万人と推計されました。そこから「温暖化対策を行わなかったケース」、温室効果ガス削減を実施し「温暖化対策を最大限行ったケース」(いわゆるパリ協定の2℃目標相当)について飢餓リスク人口を推計しました。この時、作物モデルや気候の不確実性を考慮に入れると以下のことがわかりました。

  1. 温暖化対策なしケースと最大限対策を行ったケースでの飢餓リスク人口の中位値は、それぞれ4億4000 万人、4 億人と推計されました。
  2. 2050 年時点で100年に1度程度の頻度の稀ではあるが非常に強い不作が発生すると、飢餓リスク人口は温暖化対策なしケースと温暖化対策を最大限行ったケースでそれぞれ6億人、5億3000万人となりました。
  3. 気候や気候への作物の応答に由来する飢餓リスク人口の不確実性は、温暖化対策なしケースでは温暖化対策を最大限実施したケースに比較して、大きくなりました。

 

手法

本研究では、京都大学・立命館大学・国立環境研究所・農研機構の4 つの研究機関が開発するシミュレーションモデルを用いて将来予測を行いました。具体的にはAIM (Asia-Pacific Integrated Model:アジア太平洋統合評価モデル)と呼ばれる統合評価モデルとPRYSBI2 と呼ばれる作物モデルを用いました。AIM は将来の人口とGDP を入力して、気候、エネルギー、経済システム、食料需給、土地利用、温室効果ガス排出量、温室効果ガス排出削減量などを出力(将来推計)するモデルです。PRYSBI2 は気候条件や経済条件などを入力し潜在的作物収量を計算するモデルです。飢餓リスク人口は、作物収量の変化を通じて起こる価格変化、さらにその価格変化に対する消費者の応答から計算される食料消費量から計算しました。

図1 左は世界の飢餓リスク人口の推計。黒はベースラインシナリオ(現状気候を想定しており、不確実性幅はない)、赤、青はそれぞれ温暖化対策なしケースと温暖化対策を最大限実施したケースでCO2 施肥効果を考慮しない場合。黄、水色はそれぞれのケースに対してCO2 施肥効果を考慮した場合を表す(面グラフが重複するため2050 年値のみグラフの右側に記載している)。また、濃い部分の幅は65%タイルを表している。右図は2050 年の頻度分布を表していて、黒はベースライン、破線は中位値を表す。色は左図と同様のシナリオを表す。

 

論文情報

  • 掲載誌:Nature Food
  • 論文タイトル:Extreme climate events increase risk of global food insecurity and adaptation needs
  • 著者(所属記号):Tomoko Hasegawa(a), Gen Sakurai(b), Shinichiro Fujimori(c), Kiyoshi Takahashi(d), Yasuaki Hijioka(e), Toshihiko Masui(f)
    【所属記号】a:立命館大学理工学部 環境都市工学科、b:農業・食品産業技術総合研究機構農業環境研究部門、c:京都大学大学院工学研究科 都市環境工学専攻、d:国立環境研究所社会システム領域、e:気候変動適応センター、f: 国立環境研究所社会システム領域
  • 掲載URL:https://www.nature.com/articles/s43016-021-00335-4
  • DOI:https://doi.org/10.1038/s43016-021-00335-4

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