立命館大学スポーツ健康科学部の上田憲嗣准教授、杉山敬特任助教、伊坂忠夫教授、大友智教授、総合科学技術研究機構の水口暢章助教の研究グループは、全身を用いたバランストレーニング(スラックライントレーニング)を実施し、バランス能力獲得と関連する脳領域を3テスラの磁気共鳴画像装置(MRI)を用いて明らかにしました。本研究成果は、2021年11月10日、「Medicine and Science in Sports and Exercise」(オンライン版)に原著論文として公開されました。



本件のポイント
〇 バランス能力を含むコオーディネーション能力はあらゆる運動・スポーツに重要な要素である。
〇 バランストレーニングを行うと、背外側前頭前野と第一次運動野間の情報伝達が増加した。
〇 バランストレーニングおよび対照条件として行った有酸素運動後には、記憶に関わる海馬、認知機能に関連す る背外側前頭前野、気分に関連する前帯状皮質の活動が変化した。
〇 これまでは、機能的磁気共鳴画像法は頭部を固定する必要があることから、全身運動中の脳活動計測は困難であったが、運動前後に安静時脳活動を計測・比較する手法を用いた。
〇 様々なスポーツや有酸素運動の実施が脳活動に及ぼす影響を評価できるようになった。

研究の背景

 コオーディネーション能力は多様な要素を含む能力であり、あらゆる運動・スポーツに重要であると考えられていますが、今回は数あるコオーディネーション能力の中でもダイナミックなバランス能力に着目しました。これまでの神経科学的手法では、ダイナミックな全身運動に関連する脳活動を計測・評価することが困難でしたが、3テスラ磁気共鳴画像装置を用いて、バランストレーニング前後の安静時の脳活動を計測・解析する手法を用いることで、全身運動であるバランストレーニングによって生じた脳活動変化(脳活動履歴)を検出しました。
 なお、本研究は、立命館大学における文理融合研究を促進させる社系研究機構重点研究プログラム、革新的イノベーション創出プログラム「運動の生活カルチャー化により活力ある未来をつくるアクティブ・フォー・オール」科学研究費助成事業の支援を受けて行われました。

研究内容

 実験対象者は、別日に、2回(スラックライントレーニング、もしくは、対照条件としてエルゴメータ運動)の実験を行いました。運動課題は 30分間であり、その運動課題の前後に機能的磁気共鳴画像法にて安静時の脳活動を計測しました。安静時の脳活動データから、機能的結合強度と呼ばれる脳領域間の情報伝達の強さを反映する指標を求め、スラックライントレーニングおよびエルゴメータ運動前後の変化を解析しました。さらに、バランスディスク上でどれだけ長い時間片足立ちをできるかも運動課題の前後で評価し、スラックライントレーニングによって確かにバランス能力が向上していることも確認しました。
 全身を用いたコオーディネーショントレーニングによるパフォーマンス向上の神経メカニズムを解明-スポーツパフォーマンスを規定する神経要因の解明につながることが期待-スラックライントレーニングによる特異的な変化として、背外側前頭前野と第一次運動野との機能的結合強度が観察されました。また、両運動課題(バランストレーニングおよびエルゴメータ運動)に共通した脳活動変化を示した脳領域として、海馬、背外側前頭前野、前帯状皮質が同定されました。

今後の展開と社会へのインパクト

 研究がさらに進めば、スポーツやリハビリテーションにおけるバランストレーニングの際に、個人の脳の使い方に応じた最適なトレーニング法を提案できる可能性があります。また、本研究で用いた手法は、非拘束で運動によって生じた脳活動変化を検出することができるため、これまで困難であった実際のスポーツ動作中の脳活動を推定することにもつながります。また、スラックライントレーニングとエルゴメータ運動によって、記憶に関連する海馬、認知機能に関連する背外側前頭前野、気分に関連する前帯状皮質の活動が変化しました。近年、様々な研究によって、適度な運動を実施することは、実行機能等の認知機能、さらにはメンタルヘルスにも様々な良い効果があることが明らかになってきていますが、そのような運動が脳に及ぼす効果を直接評価することが可能になり、適切な運動プログラムの提案にもつながる可能性があります。

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