分極を利用した静電反発の克服による荷電π 電子系の積層を実現~有機半導体の新たな設計指針の確立に期待~

立命館大学生命科学部の前田大光教授と同大学総合科学技術研究機構の山角和久専門研究員らの研究チームは、京都大学、慶應義塾大学、近畿大学、愛媛大学、JSR 株式会社と共同で、双極子 1 を有するπ電子系 2 カチオンが同種電荷種間で積層し、集合化形態に起因した物性の変調や半導体特性の発現が可能であることを解明しました。本研究成果は、2022年12月27日(現地時間)に、「Angewandte Chemie International Edition」に掲載されました。

【本件のポイント】

  • 近赤外色素である荷電 π 電子系の分極構造を活かした集合化を実現
  • 集合状態(結晶・溶媒分散状態)における π 電子系カチオン(近赤外色素)の積層形態に起因した分光特性の発現、および対アニオンによる変調
  • 構成ユニットであるカチオンとアニオンそれぞれが独立して積層した電荷種分離配置型集合体を形成
  • 同種電荷種の積層構造に起因した半導体特性の発現

研究成果の概要

π電子系の集合化形態の制御は半導体や強誘電体などの機能性材料開発において重要です。研究チームは、同種電荷を有する荷電π電子系が積層した集合体の形成を指向して、双極子を有するπ電子系カチオンと種々の対アニオン(嵩高いアニオンや平面状のπ電子系アニオン)からなるイオンペア集合体の創製に成功しました。いずれのイオンペアでもカチオン種が積層した集合体が得られました。とくに、π電子系アニオンとのイオンペアは結晶状態で完全な電荷種分離配置型集合体 3 を形成し、半導体としての性質を示しました。この合成戦略は多様な化合物群へと適用可能であり、本研究を端緒として電荷種分離配置構造に起因した物性の詳細な解明が期待されます。本研究は科学研究費補助金および立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO)4 などの支援によって実施されました。

研究の背景

近年、多様なπ電子系化合物が合成され、構造的特徴に応じた電子状態や集合化挙動を活かして有機エレクトロニクス等の分野で利用されています。研究チームは、荷電π電子系を研究対象とし、規則配列構造の構築や、電子・光物性の発現をこれまで報告してきました。荷電π電子系間には著しい静電力がはたらき、集合化挙動に大きく影響します。実際に、相反する電荷には静電引力が、同じ電荷には静電反発がはたらくことから、多くの場合は異種電荷種が交互に並んだ電荷積層型集合体(図 1 左)を形成します。対照的に、相反する電荷を有するπ電子系がそれぞれ独立に積層した電荷種分離配置型集合体(図 1 右)を形成するためには、同種電荷種間にはたらく静電反発の克服が必要となることから、電荷種分離配置型集合体の報告例は少なく、設計指針も確立されていませんでした。

図1荷電π電子系の集合化形態
図1)荷電π電子系の集合化形態

研究の内容

同種電荷種の積層を実現するために静電反発の軽減を基本指針とし、電荷が偏った分極構造の導入を基本戦略としました。このとき、近赤外色素を適切に配列させることで特徴的な分光特性や、優れた電気伝導性が期待されます。そこで、本研究では双極子を有するカチオン性の近赤外色素を構成ユニットとした種々のイオンペアを創製し、集合化形態に起因した物性検証を行いました。

貧溶媒中でイオンペアを凝集させることで、π電子系カチオンの積層によって生じる励起子相互作用 5 に起因した紫外可視分光測定 6 におけるスペクトル変化が確認されました(図 2)。共存する対アニオンに依存して異なるスペクトル形状が観測され、積層構造が変調されることが明らかになりました。とくに、ずれて積層した状態(J 会合体)は近赤外領域での発光に加え、キラルな貧溶媒中では光学活性な集合体を形成し、円偏光発光材料への応用の可能性も示唆されました。

図2溶媒分散状態での集合化挙動
図2)溶媒分散状態での集合化挙動

今回得られたイオンペアはいずれも結晶中でカチオンが反平行となって積層し、カチオンのみからなるカラム状の構造を形成しました。とくにπ電子系アニオンとのイオンペアでは、π平面に対して垂直方向に積層することで、π電子系カチオンとπ電子系アニオンがそれぞれ独立にカラム状構造に配置された電荷種分離配置型集合体を形成することを明らかにしました(図 3)。さらに、電荷種分離配置型集合体の場合、時間分解マイクロ波分光測定 7 ではπ電子系カチオン間の重なりが小さな集合体よりも高い電気伝導性を示し、直流電気伝導度測定から半導体特性を示すことを見出しました。結晶構造におけるエネルギー分割解析 8 では、反平行に配向した同種電荷種間の静電反発の抑制が確認され、同種電荷種の双極子の間にはたらく相互作用がπ電子系カチオン間の積層を駆動したものと考えられます。

図 3 双極子間の相互作用による完全電荷種分離配置型集合体の形成
図3)双極子間の相互作用による完全電荷種分離配置型集合体の形成

社会的な意義

本研究では、多様な分子に導入できる双極子が同種電荷種の積層を促進するという重要な分子設計指針を提示しました。この指針を活かしてさまざまな構造的特徴を持った電荷種分離配置型集合体を形成し、同種電荷種の積層構造に起因した物性を検証することで、電気伝導性の発現にとどまらない新たな展開につながると期待されます。

論文情報

  • 論文名 : Charge-Segregated Stacking Structure with Anisotropic Electric Conductivity in NIRAbsorbing and Emitting Positively Charged π-Electronic Systems
  • 著者 : Kazuhisa Yamasumi, Kentaro Ueda, Yohei Haketa, Yusuke Hattori, Masayuki Suda, Shu Seki, Hayato Sakai, Taku Hasobe, Ryoya Ikemura, Yoshitane Imai, Yukihide Ishibashi,Tsuyoshi Asahi, Kazuto Nakamura, Hiromitsu Maeda
  • 発表雑誌 : Angewandte Chemie International Edition
  • 掲載日 : 2022年12月27日(現地時間)
  • D O I : 10.1002/anie.202216013
  • U R L : https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.202216013

用語説明

  1. 双極子:相反する電荷をわずかに離して置いたもの。分子内で電荷が偏ることで双極子を持った分子の間には互いに反平行に配向されたときに引きつけあう力がはたらく。
  2. π電子系:二重結合などを有する分子。光の吸収や電子の授受など構造に応じて多様な性質を示す。
  3. 電荷種分離配置型集合体:π電子系カチオンとπ電子系アニオンがそれぞれ独立にカラム状の構造を形成した集合体。
  4. 立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO):立命館大学の中核研究組織として、2008年4 月に設立された分野横断型の研究組織。
  5. 励起子相互作用:複数の色素が近接することで孤立した色素とは異なった波長の光を吸収するようになる現象。
  6. 紫外可視分光測定:化学種が吸収する光の波長と強度を評価する測定手法。
  7. 時間分解マイクロ波分光測定:サンプルを設置した共振器へのマイクロ波の照射により非破壊・非接触で速やかに材料の電気伝導度を評価する測定手法。
  8. エネルギー分割解析:分子間にはたらく相互作用を基礎的な分子間力に分割する解析手法。

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