研究プロジェクトレポートvol.3

2023.04.14 TOPICS

研究プロジェクトレポートvol.3
世界最先端の研究と人材育成の両輪で挑む。
トップアスリートの極限の瞬間をスポーツ科学で支える研究拠点

宇宙や深海の未踏領域をめざすのと同じように、スポーツの世界で未踏領域に挑む人々がいる。一流アスリートたちがしのぎを削る最先端のスポーツは、競技の勝敗を競うだけではなく、人類の限界に挑戦する営みといえるだろう。

最先端の研究知見を動員してアスリートたちを支援するスポーツ科学もまた、人類の可能性を広げる知のフロンティアである。立命館大学副学長の伊坂忠夫先生は、スポーツ医学、情報科学、工学など分野を横断してアスリートの支援と研究人材育成に取り組むプロジェクトに乗り出した。

トップアスリートと同じ熱量で取り組む最先端のスポーツ科学

オリンピック・パラリンピックでの日本選手の活躍にも表れているように、日本のスポーツ科学は世界の中でもかなり高い水準に位置すると伊坂先生は言う。個々の指導者や研究者はもちろん、ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)、国立スポーツ科学センター(JISS)といった専門機関が研究やアスリート支援に尽力していることがその要因だ。先端的スポーツ医科学研究推進事業に採択された本プロジェクトでは、HPSCと連携して世界最先端の研究に取り組み、「ハイパフォーマンス・アスリート極限支援研究拠点」の設置をめざすという。

「近年のオリンピック・パラリンピックや世界選手権大会を見ていると、各国のトップレベルはかなり僅差の戦いの中でしのぎを削っていて、アスリートや指導者の努力だけで勝ち残っていくということは厳しい状況になってきています。大会本番で最高のパフォーマンスを発揮するためには、日頃からの食事や休養、トレーニングを含め、アスリートを取り巻くあらゆる要素を最適化していくことが必要になります。

人生を賭けて競技に臨むトップアスリートを支えるために、私たち研究者も人生を賭ける思いで取り組まなければなりません。科学的検証やテクノロジーの活用、コミュニケーション方法の検討にいたるまで、最先端の研究知見にもとづいてアスリートの環境を支えるのがスポーツ科学という学問です」

もちろん、スポーツ科学がめざすのはアスリートの成績を伸ばすことだけにとどまらない。最先端の研究成果を積み重ねることで、広く一般の人々のライフパフォーマンスの向上に寄与することも大切な役割だ。また、今回のプロジェクトでは研究人材の育成に焦点を当てることも大きな意味を持っている。なぜ人材の育成が必要なのだろうか。

「採択期間中にアカデミアで突き抜けた研究に取り組み、その成果を実際にアスリート支援に活用していただくことはとても重要なのです。ただ、それだけでは息の長い取り組みにつながりません。スポーツ科学という分野自体を発展させることを考えれば、研究成果の蓄積とともに研究者の人材育成もセットで進めていく必要があります。面白い研究ができる場、活躍できる場には優秀な人が集まります。その中心となる拠点を立命館につくるのが今回のプロジェクトの目標です」

HPSCとの連携による「ハイパフォーマンス・アスリート極限支援研究拠点」の構想提案図
HPSCとの連携による「ハイパフォーマンス・アスリート極限支援研究拠点」の構想提案図

日常生活から試合まで、科学技術でアスリートを全面サポート

最先端の研究と研究者の育成という両輪をセットで回すことでスポーツ科学が恒常的に発展していくような仕組みをつくり、アスリート支援、一般市民のライフパフォーマンス支援、研究人材の輩出という3つのアウトプットをめざす。これがプロジェクトの全体像だ。

HPSCと連携して取り組む3つの画期的な研究テーマについて教えていただいた。

「1つ目の研究テーマは、アスリートのコンディショニングサポートです。アスリートのコンディションを左右する要素はさまざまありますが、その中でもとくに睡眠を中心とした概日リズムと女性の性周期に着目して、選手自身が自分の生体リズムを把握できるようにしたいと考えています。

具体的には、ウェアラブルデバイスを用いて生体データを収集し、それを解析して選手にフィードバックするという流れを想定しています。どんなトレーニングを行い、どんな睡眠状態のときにいいパフォーマンスを発揮できるのかといった、いわば“個人のビッグデータ”を蓄積していくことで、試合に向けてコンディションをどのように仕上げていくかを決める指針を提供することができます。また、通常のコンディションだけでなく、時差が生じる海外遠征時や高地でのコンディションなどもモニタリングすることで、対応の指針を立てることができるようになるでしょう」

ただし、取得したデータを実際にアスリート支援に活用するには細心の注意が必要だ。「研究者が自身の成果を選手に押し付けるようなことは絶対に避けなければなりません」と伊坂先生は語る。とくに慎重を期さなければならないのはフィードバックの方法で、選手一人ひとりの性格やトレーニングの進み具合を踏まえて、結果を伝えることで選手にどんな影響があるのかを考慮する必要がある。選手をよく知るコーチと必ずすり合わせを行い、最善の方法でフィードバックを行うという。

「2つ目の研究テーマは、トレーニング効果を可視化・予測することです。たとえば、筋力トレーニングの効果が現れるまでには2~3週間のタイムラグがあります。大会に向けて調整中のアスリートは効果の薄いトレーニングで時間を浪費するわけにはいきませんから、今行っているトレーニングは本当に効果があるのかを知りたいと思います。また、トレーニングの成果は筋力テストのような方法で効果を測定することはできますが、テストそのものが選手の身体に負荷をかけることになってしまいます。

そこで私たちは、選手の血液や唾液などからバイオマーカーを検出して、トレーニング効果を可視化したり、予測を立てたりすることができる仕組みを開発したいと考えています。はじめは最も情報量の多いとされる血液検査が必要になりますが、できれば唾液や尿、最終的には超音波エコーのような選手の身体に負担を与えない方法で検出できるマーカー、方法を開発していきます」

身体の適応、変化の速度は、筋肉、骨、腱など組織ごとにも異なる。トップアスリートの場合、数年先の大会を見据えて、いつどんなトレーニングが必要なのかを逆算し、複雑な連立方程式を立てながら計画を立てる必要があるそうだ。客観的な指標で効果の予測が可能になれば、効率的にトレーニングできるだけでなく、選手の精神的負担も軽減できるだろう。

「最後のテーマは、試合をリアルタイムに分析する技術の開発です。非常に広い視野を高精度で撮影できる全天球カメラというデバイスを複数台用いることで、たとえばサッカーの試合で、ある選手の動きのみをつぶさにモニタリングすることができます。これにマーカーレスでの動作解析や、さらには選手の表情の解析といった情報処理技術を組み合わせることで、試合中の選手のパフォーマンスだけでなくコンディション、心理状態までリアルタイムで解析することをめざします。活用できるテクノロジーは揃っているので、あとはそれをどのように連携させていくかが今後の課題になります」

学内ではスポーツ健康科学部を中心に理工学部、情報理工学部、生命科学部などから多様な研究者が参加し、まさに立命館の総合力で臨むプロジェクトとなっている。サイエンスとテクノロジーがアスリートに貢献できる場面はますます広がっていきそうだ。

プロジェクトについて快活に語ってくださった伊坂忠夫先生
プロジェクトについて快活に語ってくださった伊坂忠夫先生

スポーツ科学の先端的研究者を育成し、成果を社会に還元する

もう一方、若手研究者の育成ではどのような取り組みを行うのだろうか。

「ハイパフォーマンス・アスリートを支えるコアな科学者を『ハイパフォーマンス・コア・サイエンティスト』と位置づけ、HPSCと連携してスポーツ科学に興味を持ってもらうところから実践的研究者として活躍できるまで一貫した育成プログラムを構築します。

学部生にはトップアスリート支援を行っているHPSCの研究者の講義を聞く機会を設け興味を深めてもらい、アスリート支援に関連する卒論のテーマで研究する学生には大学としてサポートすることを考えています。また、昨年にはアクティブライフ共創コンソーシアムが立ち上がり、一般の方向けの公開講座、講習会なども次年度スタートする予定です。これら取り組みをきっかけに、学部から、あるいは他大学、社会人から修士課程に進み、より実践的にスポーツ科学を学んでいただきます。博士課程ではHPSC/JISSに滞在して共同研究に取り組み、最終的には本学やHPSC/JISSの研究者として本格的にアスリート支援に携わっていただくという流れです。

もちろん進路は研究職に限りません。一般企業、地域のスポーツ医科学拠点など幅広い分野でスポーツ科学の知見を展開していただくことで、研究成果の社会還元・実装につながると考えています」

研究と人材育成の両輪体制の先に伊坂先生が見据えているのは、プロジェクトを通してスポーツ科学という学問を社会に根付かせていくことだという。

「スポーツ科学はオリンピック・パラリンピックのようなトップパフォーマンスのみに活用されるものではなく、一般市民の皆さんの生活の質の向上、最終的には世の中のウェルビーイングにもつながるものなのだと実感を持っていただくことが必要です。それには時間がかかりますから、やはり研究と人材育成が循環して発展していかなければなりません。加えて、この分野における日本の先端的な研究がもっと世界で注目されるようになることも大切ですね。スポーツ同様、研究はグローバルなものですから」

大切なのは、それぞれのワクワクを突き詰め、研究として深めてゆくこと

最後に、立命館大学が掲げる「次世代研究大学」というビジョンについて、伊坂先生の考えを伺った。

「大学の役割は大きく2つ、人材育成と研究です。次世代研究大学というビジョンによって、本学は研究を柱として人材育成にも取り組んでいくという決断をしました。最も大切なことは、自身が関心を持ち続けられるテーマで研究に取り組むことです。学生それぞれがワクワクすることを突き詰め、さらに研究を深めてゆくなかで、イノベーションを創発する人材として育ってゆく。そのために教職員、大学の研究環境、学外のネットワークなど利用できるものは何でも利用してほしい。教職員は、ワクワクと探究する学生に応えてゆく必要があります。それは先生方に対しても同じです。研究分野、研究テーマに限らず、ご自身が本当に知りたいと思うことを突き詰め、50年後、100年後に役に立つかもしれない研究を続けていくことが大切です。

私自身は、トップアスリートがなぜあんな素晴らしいパフォーマンスを発揮できるのかを探究したいという思いで研究を続けています。また、アスリートに限らず人の可能性を引き出すスポーツというものに魅力を感じています。何歳になっても適切なトレーニングをすれば筋肉はつくというのが今の常識です。できなかったことができるようになる、これは誰にとってもすごく楽しいことですよね。

これから研究に取り組む学生には、研究というものを狭い意味で捉えずに、スポーツ、文化、芸術、生活、なんでもいいので自分が興味を惹かれることと大学の学びと結びつけて、どんどん深めていく営みだと捉えてほしいです。それこそが次世代研究大学ではないでしょうか」

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