2023.06.29 NEWS

網膜のシナプス情報伝達に視覚情報処理に関する新しいメカニズムを発見 〜網膜細胞の機能多様性の理解に向けて〜

 ノースウェスタン大学と立命館大学は、網膜に存在する新しいシナプス機構を発見し、視力に影響を与える疾患や症状に対する標的治療薬の開発を促進する可能性があることを、『Nature Communications』に発表しました。

研究成果の概要

 目の網膜にある錐体視細胞※1は、光刺激を電気活動へと変換する細胞の一つであり、そのシナプスは脳が光の変化を処理するのに役立っています。このシナプスは、光の強さの連続的な変化を知らせるように進化してきたため、 中枢神経系によくみられるシナプスと比べてユニークな構造と情報伝達機能をもつことを、ノースウェスタン大学医学系大学院眼科学の Steve DeVries 教授と立命館大学総合科学研究機構・システム視覚科学研究センターの二木大樹博士(R-GIRO 研究員(当時)) と情報理工学部の北野勝則教授らの研究グループが明らかにしました。本研究は科学研究費補助金および立命館大学グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO)※3などの支援によって実施されました。

研究の背景

 錐体視細胞からの神経伝達物質の放出量は、暗いところでは多く、明るいところでは少なくなり、光の強さによってアナログに変化することが分かっています。そのため、脳にみられる一般的なシナプスでは、 「全か無」のデジタルな情報が伝えられるのに対し、錐体視細胞のシナプスでは、それらのシナプスとは異なる情報伝達が行われます。また、脳にみられる多くのシナプスとは異なり、錐体視細胞がシナプス接続する双極細胞※2は十数種類と多様であることが分かっています。しかし、そのようなユニークな接続性が有する機能的意義は明らかではありませんでした。

研究の内容

 ヒト以外の哺乳類の網膜を対象とした今回の研究で、二木、北野、DeVries らは、錐体視細胞-双極細胞間シナプスの構造と情報伝達機能の関係が双極細胞タイプによってどう異なるのか明らかにすることを目指しました。
 まず、超解像顕微鏡を用いて、錐体視細胞に発現している神経伝達物質の放出部位と再取り込みタンパク質の位置を明らかにしました。また、シナプス後接触部のパターンの双極細胞タイプによる違いを明らかにしました。 そして、「synaptic accounting」という手法を開発し、錐体視細胞から放出される伝達物質量を、双極細胞のタイプごとの反応に関連付けることに成功しました。 放出される直前の神経伝達物質はシナプス小胞に詰められており、小胞がシナプス前膜と融合する際にパケットとして放出されます。当該手法では、錐体視細胞を刺激して放出される伝達物質の量と、同時に双極細胞によって検出される伝達物質の量を小胞単位で推定します。 ほとんどのシナプスでは、シナプス前後の細胞は狭い間隙を挟み1対1で直接的に接触するため、放出量と検出量が等しいと仮定されます。しかし、今回注目した錐体視細胞-双極細胞間のシナプスでは、その放出と検出の関係が双極細胞のタイプによって非線形性を示すことが明らかになりました。
 今回注目した錐体視細胞-双極細胞間シナプスの構成要素(シナプス小胞、神経伝達物質の放出ゾーンや伝達物質の再取り込みタンパク質、受容体など)は中枢神経系にみられるシナプスとほぼ同様です。しかし、これらの要素が独特に組織化されることによって、双極細胞タイプに依存した情報伝達特性の違いが生み出されている可能性を今回の研究で示しました。

社会的な意義

 網膜の構造は層状であり、層ごとに種類の異なる細胞が整然と棲み分かれています。しかし、これまでの数多くの研究から、各層を構成する細胞は同じように見えてもそれぞれが異なる機能を担っていることが示され、それらの相互作用によって実現される情報処理のプロセスは想像以上に複雑であることが分かってきました。 今回の研究では、その複雑さが視覚情報処理の初期段階を担う視細胞のレベルから生じていることを示すとともに、視覚機能再生において網膜の構造と機能の関係性を理解することの重要性を示唆しました。
 研究の次のステップとしては、より高度な超解像顕微鏡を使って、錐体シナプスを構成するタンパク質をより精密に特定することが挙げられています。 この研究は、現在では DeVries 教授の研究室の助教として研究を継続している二木博士が主導する予定です。 また、シナプス後受容体が双極細胞応答のタイプ依存性にどのように寄与しているのかを詳細に検討する予定です。

論文情報

  • 論文名: Mechanisms of simultaneous linear and nonlinear computations at the mammalian cone photoreceptor synapse
  • 著者: Chad P. Grabner*, Daiki Futagi*, Jun Shi, Vytas Bindokas, Katsunori Kitano, Eric A. Schwartz,Steven H. DeVries *equal contribution
  • 発表雑誌: Nature Communication
  • 掲載日: 2023年6月16日(金)00:00(日本時間)
  • DOI: 10.1038/s41467-023-38943-2
  • 掲載URL: https://www.nature.com/articles/s41467-023-38943-2

用語説明

※1錐体視細胞:・網膜に存在する細胞の1つで、光刺激を電気信号に変換する細胞のうち、特定の波長を伴う光の変換を担う。ヒトの場合、赤、青、緑のそれぞれの波長の光に応答する錐体視細胞が存在する。

※2双極細胞:視細胞で変換された電気信号を受け取る細胞。双極細胞は、網膜の出力細胞である神経節細胞に情報を伝達する。

※3立命館大学グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO):立命館大学の中核研究組織として、2008年4月に設立された分野横断型の研究組織。

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