セロリやパセリに多く含まれるフラボノイド配糖体アピインの生合成アピオース転移酵素遺伝子を世界で初めて同定 ~抗不安作用があるとされるアピインの生産に道を拓く~
立命館大学生命科学部の石水毅教授と同大学大学院生命科学研究科の山下真穂さんらの研究グループは、京都大学大学院農学研究科の小林優准教授、 サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社の小埜栄一郎主任研究員らと共同で、セロリやパセリに多く含まれるフラボノイド配糖体アピインの生合成に関わるアピオース転移酵素遺伝子を初めて見出しました。 本研究成果は、2023年7月12日(日本時間)に、米科学雑誌「Plant Physiology」に掲載されました。
【本研究のポイント】
- セロリやパセリに多く含まれるフラボノイド配糖体アピインを生合成するアピオース転移酵素遺伝子を世界で初めて明らかにした。
- 植物に広く分布するアピオースという糖に作用する酵素の遺伝子を世界で初めて明らかにした。
- 抗不安作用があるとされるアピインの生産に道を拓いた。
研究成果の概要
本研究では、セロリやパセリが多く生産するフラボノイド配糖体アピインを生合成するアピオース転移酵素の遺伝子を世界で初めて明らかにしました。 植物にはアピオースという糖を含む化合物が千種類以上存在することが知られていますが、アピオースを付加する酵素の遺伝子が見つかったのはこれが最初です。 この酵素遺伝子が見出されたことで、謎が多いアピオースという糖の役割を解明する研究が展開できるだけでなく、人に対して抗不安作用があるとされるアピインの生産や機能解明の研究を展開できるようになります。
研究の背景
植物が生産するフラボノイド配糖体※1は、動けない植物が受けるストレスに対応するために植物自身が生産していると考えられています。抗酸化作用があり、人の健康にも良い影響を与えるものがあります。 飲料に配合され、脂肪分解酵素を活性化するフラボノイド配糖体も知られています。セロリ(図1)やパセリ、カモミールなどに多く含まれるアピインというフラボノイド配糖体は、植物で昆虫忌避作用やストレス応答に関わっていると考えられています。 人には抗がん作用や抗不安作用があると考えられています。アピインが植物で生産されるには、約10種類程度の酵素の作用が必要ですが、 アピインの構成成分のアピオースという糖を結合させる糖転移酵素※2 の遺伝子のみ未同定であったために、アピインの機能解明や工業的生産ができていませんでした。
研究の内容
アピイン生合成に関わるアピオース転移酵素の遺伝子を同定するには、この酵素の基質であるUDP-アピオースが必要ですが、不安定な化合物でこれまで調製されることがありませんでした。 我々のグループは、UDP-アピオースの安定化条件を見出し、この化合物の調製法を確立しました(文献1)。 この酵素を同定するために、アピインが生合成される器官や時期を調べ、幼少期の本葉で最もアピインが生産されていることを見出しました。 幼少期の本葉で発現する遺伝子を調べるためにRNA-Seq解析を行い、この器官・時期に異常に発現量の高い糖転移酵素遺伝子を見つけました。 この遺伝子がコードするタンパク質を調製し、我々が調製したUDP-アピオースを用いて、本酵素活性を検出し、世界に先駆けて、アピイン生合成に関わるアピオース転移酵素の遺伝子を同定しました。 アピオースはあらゆる植物に分布する糖ですが、アピオース転移酵素遺伝子を見出したのは本研究が最初でした。 本酵素のアピオース認識機構を調べ、特定のアミノ酸(139 イソロイシン、140 フェニルアラニン、356 ロイシン)がアピオースの認識に関わっていることを明らかにしました。 このことから、祖先タンパク質から数個のアミノ酸置換により、アピオース転移酵素が進化的に生じたと推測されました。 この酵素遺伝子の発見は、これまで不明であった植物におけるアピオースという糖の役割解明だけでなく、アピインの機能解析・生産に道を拓く成果につながります。
社会的な意義
セロリやパセリは特定の昆虫しか近寄れないことから、アピインには昆虫忌避作用があると考えられています。 本研究により、この作用の実態を解明する研究を展開できるようになりました。作物に対する新たな昆虫忌避剤の開発につながります。 また、人に対するアピインの作用として、抗がん作用や抗不安作用があるとされています。 本研究により、アピインの生産が可能になるため、これらの作用の研究展開が可能になり、植物由来の化合物として、新たな機能性食品添加物の開発が期待されます。
論文情報
- 論文名: The apiosyltransferase celery UGT94AX1 catalyzes the biosynthesis of the flavone glycoside apiin
- 著者: 山下真穂(立命館大学生命科学部)、藤森多恵(立命館大学生命科学部)、安松(立命館大学生命科学部)、井口翔(立命館大学生命科学部)、 竹中悠人(立命館大学生命科学部)、梶浦裕之(立命館大学生命科学部)、吉澤拓也(立命館大学生命科学部)、松村浩由(立命館大学生命科学部)、 小林優(京都大学大学院農学研究科)、小埜栄一郎(サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社)、石水毅(立命館大学生命科学部)
- 発表雑誌: Plant Physiology
- 掲載日: 2023 年7 月12 日(木) (日本時間)
- DOI: 10.1093/plphys/kiad402
- 掲載URL: https://academic.oup.com/plphys/advance-article/doi/10.1093/plphys/kiad402/7222865
用語説明
※1 フラボノイド配糖体:フラボノイドは C6-C3-C6 構造(ジフェニルプロパン構造)を骨格にもつポリフェノールの一種。 大豆に多く含まれるイソフラボン、花色を決めるアントシアニン、特定健康用食品に含まれるケルセチンなども含まれる。多くの場合、糖が結合した配糖体として生産される。
※2 糖転移酵素:生体分子に糖を結合させる酵素。種々の糖質化合物の生成に必要である。 植物には人の3倍ほどの数の糖転移酵素の遺伝子がゲノムにコードされているが、機能が明確になっていない糖転移酵素が多い。
参考文献
(文献1) Fujimori et al. Practical preparation of UDP-apiose and its applications for studying apiosyltransferase. Carbohydr. Res. 477, 20-25 (2019)