実在の保健室をメタバース(仮想空間)の世界で再現し、アバターとして生徒が体調や悩みを気軽に相談する――。そんな「デジタル保健室」など、教育分野で活用されるメタバースを開発したのが中井勇希さん(情報理工学部3回生)だ。自身の取り組みを通して「いろいろな人と関わることが、やりがいにつながります」と話す中井さんに、メタバースの可能性や今後の展望について聞いた。

 中井さんは立命館守山高校出身。初めてメタバースを作ったのも高校生の時だ。きっかけは課外で参加した「Viwako Pitch 2022」というデジタル空間で行う琵琶湖に関する探究学習の発表会の会場を制作したことだった。社会に役立つプロダクトを作ってみたいと考えていた中井さんは、メタバースの制作に関する知識ゼロの状態から、2週間かけて会場を作ったという。
 「Unityという開発環境を使うのも初めてで、試行錯誤でした。立命館大学院の先輩たちに協力してもらいましたが、大変でした」と話す中井さんだが、元々メタバースには興味があった。 「SDGsなどの社会課題解決がテーマのコンテストだったので、メタバースがぴったりだと思いました。メタバースには、さまざまな人と垣根なくコミュニケーションがとれるツールとしての可能性があり、多様性の推進や理解にもつながると感じたんです」。

 これが契機となり教員から声をかけられた中井さんは、次にメタバース型のオープンキャンパス「メタモリ」の開発に着手する。メタモリは、立命館守山高校をメタバースの空間に再現し、デジタルでオープンキャンパスを開催するプロジェクト。このプロジェクトは、中井さんが立命館大学進学後も続き、母校の後輩たちと一緒に約250時間かけて校内を再現した。
 メタモリでは「メタバースならでは」の表現にこだわったと中井さんは話す。「デジタルだからこそできる、立命館守山らしい特色を盛り込みました。学校を湖の上に設置し、花火や文化祭のステージをセッティングしたり、名物の桜の木を満開にしたり。飛行機を飛ばして、グローバルな校風を表現するなど工夫を凝らして、楽しい空間を目指しました」。
 中井さんたちの作ったメタモリは、実際にオープンキャンパスに来た生徒や保護者に公開された。来場者たちはVRゴーグルを着け、デジタル空間上で新しい形のオープンキャンパスを楽しんだという。
 このメタモリには、オープンキャンパス以外にも役割があった。通学する生徒も一緒に制作に加わることが、STEAM教育につながるという点だ。中井さんはこう話す。「生徒たちが校舎を作ってくれたのですが、私は基本的な操作だけを教えて、あとは自分で調べて制作してもらいました。これをきっかけに将来の進路を決めた生徒もいて、『教えてよかった』と自分自身のやりがいにもなりました」。

   
メタモリの全景
   
メタモリ内での学園祭

 このように複数のメタバースを制作する中で、中井さんはある着想を得た。「メタバース内でアバターとなり人と接することで、誰とでも心理的障壁なくコミュニケーションが取れる。この利点を、メンタルヘルスケアなどの医療サービスに活用できるのでは」。こう考えていたところに、ちょうど母校の立命館守山の養護教諭である山村和恵先生から話が来た。「生徒が人目を気にせず相談できるデジタル空間を作れないか」。
 こうして、メタモリの時にも中井さんに声をかけた教員が代表を務める「一般社団法人インパクトラボ」監修のもと、デジタル保健室の制作を始めた。開発で中井さんがこだわったことは、再現性の高さ。生徒がよく知っている実在の保健室とそっくりにすることで、より話がしやすくなるのではと考えたためだ。また、ぬいぐるみのインテリアや、かわいい動物型のボットを設置することで、より安心感を得られるよう工夫した。
 デジタル保健室は2024年1月に正式にリリースされ、立命館守山の中学生・高校生たちがアバターとして自由に出入りする居場所となっている。「ちょっとした会話から深い相談まで、気軽に話しやすくなった」と、生徒だけでなく、相談を受けるスタッフの方からも好評だという。「今後は遊び道具や迷路などを設置して、居心地を向上させられるよう改良を加えていくつもりです」と話す中井さんが、制作の際に大切にしていることは「ヒアリングして、人に寄り添うこと」だという。「生徒の目線で良いプロダクトを作るという点ももちろんですが、開発の段階でさまざまな人と関わりながら作っていく過程に非常にやりがいを感じます」。

   
VRゴーグルを装着し、「デジタル保健室」のワールドに入る中井さん
   
「デジタル保健室」はタブレット端末を使い、メタバース内にそっくりに再現された保健室で養護教諭などと会話する

 中井さんはこれまでの取り組みで習得した技術を生かして、テック系企業に就職することを目指している。「これまでの経験だけでなく、学部での学びを生かし、技術でいろいろな人をサポートすることが夢です」と目を輝かせる。「この4月から学部がOICに移転し、Microsoft Baseができたことで、より学びを深められるのではと期待しています。Microsoft Azureなどの新しい技術を知るきっかけが増えるので、楽しみです」。向上心を高く持って進む中井さんを、これからも応援したい。

左:立命館守山の山村和恵先生
左:立命館守山の山村和恵先生

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