2024年11月1日、立命館大学国際平和ミュージアム(以下ミュージアム)は、中満泉国連事務次長・軍縮担当上級代表を招いた講演会を開催しました。ミュージアムは、平和創造へと主体的に行動する人を育て、社会に発信する施設として1992年に設立。2023年9月、近年の世界情勢の変化に対応してリニューアルし、平和創造の拠点としての機能を充実させました。今回の講演会はその記念として、立命館学園の学部生・大学院生、附属校の生徒を中心に一般の方々にも開放して実施したものです。

 中満国連事務次長は、日本人女性初の国連事務次長・軍縮担当トップ。世界各地で大規模な国際紛争が生じる中、国際的な軍縮や平和構築の取り組みをけん引する激職にありますが、その合間を縫って、これからの世界を担う若者たちのために足を運んでくださることになりました。講演のテーマは「平和で公正な未来へ:私たちにできること」です。

 ミュージアムでは、講演会をさらに実りあるものにするために、講演会終了後、中満国連事務次長と学生・生徒との対話の場を設けることにしました。その準備として、学生・生徒が講演をより深く理解し自分の思考を高めるため、2回のプレイベント、さらに講演会後の学生・生徒との対話を企画しました。プレイベントから講演会、その後の対話まで、一連の内容を紹介します。

国連が果たしてきた役割を知る

 1回目のプレイベントは、10月3日、「国連はどのように平和に貢献してきたのか」と題してミュージアムで開催されました。立命館大学国際関係学部の学生4人が、それぞれの専攻分野を通してとらえた国連の活動を「東南アジア」「テロリズム」「難民」というテーマで発表。会場とリモートを併用し、附属校の高校生はリモートで参加しました。

 東南アジアをテーマにした発表では、東南アジアの経済的な進展を妨げている政治不安の経緯や現状について分析し、ASEANや国連の対応などが丁寧に説明されました。さらに、人道危機発生時に備えて事前にコンセンサスを得ておくことが重要といった興味深い指摘もありました。

 テロリズムをテーマとした発表では、テロリズムの定義は国や法律によって異なり、明確に定義できないことを再確認。例えば条約のような、国を超えてテロリズムを防ぐための枠組みを国連が主導して提供する必要性に言及しました。また、起こってしまったテロに込められたメッセージを読み取り、防止のための行動に移すことが大事だと述べました。

 難民をテーマにした発表では、難民の世界的な増加、各国の受け入れ状況などを、クイズなども入れ込みながらわかりやすく解説。国連が取り組んでいる、周辺国以外の国が難民を受け入れる枠組みづくりを紹介し、難民問題の解決には国連を含めた国際社会の連携が不可欠だという意見を述べました。

 その後、リモートではプレゼンターをファシリテーターに、発表に対する意見・感想を交換し、会場でもグループに分かれてディスカッションを行いました。ディスカッションでは、「3つのテーマはそれぞれつながっている」「テロリズムは貧困などの問題が根にある」など問題の背景に関心を持つ意見が寄せられました。また、日本の国民が難民問題に対して無関心であることや、問題の解決について国連にさらなる介入を求める声も出ました。このプレイベントが参加者にとって、国際問題の現状やメカニズムを知り、国連の果たしてきた役割やその活動の意義について深く考える機会となったことがうかがえました。

私たちに何ができるかを考える

 2回目のプレイベントは、10月18日、「Z世代は国連をどのように生かすのか」というテーマでミュージアムを会場に、リモートと併用で開催されました。一般社団法人かたわら代表理事・高橋悠太さんを招いた講演がメイン。高橋さんは大学卒業後にNGOを立ち上げた24歳で、「核廃絶ネゴシエーター」を名乗って核廃絶とユース参画に向けた政策提言や調査活動で国際的にも活躍中です。

 10月12日に日本原水爆被害者団体協議会(被団協)のノーベル平和賞受賞が決まったタイミングだったこともあり、講演はその話題からスタート。京都在住の被爆者の一人で被爆体験を国内外で証言してきた花垣ルミさんを講演に招いて壇上に迎え、ともに喜びを分かち合いました。

 続いて高橋さんは、世界にある核兵器の数が12,120発にものぼることを説明し、その脅威をユニークな方法で参加者に実感させました。参加者に目を閉じるよう促し、核兵器の数と同じだけ用意した12,000発のBB弾をプラスチック容器に流し込みます。「ジャー」という耳をつんざく激しい音が、流し込み終えるまで続きます。予想以上に長いその時間は核に対する恐怖を搔き立てるのに十分で、核兵器をめぐる現実が差し迫った危機に陥っていることが体験的に理解できる演出でした。

 核軍縮の歴史についても解説しました。たとえば核実験の汚染に悩む地域の状況を伝えることで、誰かが核に虐げられる構造を変えていかなければならない、という社会正義の視点を呼び起こし、その強力な作用が核兵器禁止条約の締結につながったと指摘。近年の「Black lives matter」「me too」などの運動にも通じると述べて、核軍縮における議論のプラットフォームづくりの重要性を強調しました。

 さらに、国連の軍縮会議が被爆者を繰り返し招いて、なぜ核兵器をなくさなければならないのかをリマインドしてきたことを説明。核兵器を使うことによる影響を語ってアジェンダを立て、核兵器は悪だというブランディングを行い、それがルールの浸透につながっていくという図式を示し、国連というマルチラテラル(多国間)の協議の場を使って、対話や賛同を呼びかけることが重要だと指摘しました。

 2024年9月に開催された「国連未来サミット」への参加についても言及しました。このサミットは、国連の体制が時代遅れになってきたという反省から、すでに合意された目標の達成や新たな脅威に取り組むために国際社会がどのように協力すべきかについて各国の指導者が検討した会議です。「持続可能な開発と開発のための資金調達」「国際の平和と安全」「若者および将来世代」など国連のあらゆる活動にまたがるトピックについてセッションや全体会議が開催され、各国政府間の合意が「未来のための協定」にまとめられました。サミットに参加した世界の4,500人余りのうち、1,500人が24歳以下のユース。高橋さんも、ユースとして核軍縮や若者および将来世代などのテーマに参加しました。

 高橋さんは国連や国際会議でメッセージを発信してきた経験を踏まえ、国連高官の言葉を引用しながら「ユースの役割はかき回すこと」だと説明。権力を持たない人たちが議論をかき回すことで、既存の枠組みが見直される契機となると指摘しました。また、核兵器をなくす取り組みの中で、国連と市民社会がどう協働できるのか、既存のシステムを作り変えるのに誰にどんな働きかけをすべきかなど、重要なトピックが数多く提供された講演でした。

 講演会の後、高橋さんの話を受けて参加者がグループトークを実施しました。花垣さんを交えたグループでは核軍縮会議での体験を聞き、当事者意識を持つにはどうしたらいいかを議論。国際的な問題への意識を高めるための教育のあり方や、メディアの報道姿勢に話が及んだグループや、就職後、組織の一員になったときに何ができるかについて改めて考え始めた人もいました。高橋さんの実践と説得力のある提言に触発され、国連の取り組みと市民社会の一員である自分の行動とがリアルにつながっていることに改めて思い至る貴重な時間となりました。

国連の今を感じるエネルギッシュな講演会

 こうした入念な準備を経て、11月1日、中満国連次長講演会の日を迎えました。会場となった立命館大学衣笠キャンパス以学館のホールは、立命館各校の学生、生徒、教職員のほか一般市民も加えて約400人の期待であふれました。

 冒頭、中満国連事務次長は、戦争や紛争の激化や大国同士の緊張の高まり、AIなどの新興技術の加速度的な進展の中、私たちは紛争より平和を、分断よりも協力と対話を、恐怖よりも希望を選択していく岐路に立っていることを再確認しました。続いて、「国連未来サミット」に言及し、その意義は、掛け声やスローガンに終わることなく、目に見えるインパクトを出せるような具体的で実践的、革新的な方法を見つけることにあったと説明しました。

 サミットで採択された「未来のための協定」の中でも、「平和と安全」に関する章に言及。核軍縮、宇宙の軍拡防止、生物兵器やAIを使用した自律型致死兵器システムの制限などの約束はもちろん、守らせるためのアクション、多国間で議論するためのプロセスなどについても盛り込まれ、軍縮分野の多くの国際機関が改革されなければならないという問題意識が共有されたと語りました。

 協定採択までは非常に厳しい道のりで、特に軍縮、人権の分野は協定が採択される数時間前まで交渉が長引いたとその舞台裏も明かしてくれました。そうした難しい交渉を乗り越え解決策のために国連加盟国が一致協力して臨んだことに意義があり、各国が共有していた危機感が、解決が困難だと思われた分断の構図を乗り越えたと評価。「未来のための協定」が表しているのは、現実を冷静にとらえると同時に、共に行動することによって解決が可能であるという、国際社会の決意であり、それを伝えていくのが自らの重要な責務の一つだと述べました。

 一方、「未来のための協定」の中で、将来世代に与える長期的な影響を考慮して政策をつくっていくと明確に表明し、将来世代のニーズを重視する責任が明らかにされたことは非常に画期的だという指摘もありました。交渉に至るまでの段階で、多くの市民社会の人たち、若者の団体の声を聴く場がいくつも設けられたことに言及。リップサービスでなく、若者の声に耳を傾け、若者たちを地域、国家、グローバルなレベルでのさまざまな意思決定のプロセスに関わらせるというコミットメントが得られたことの重要性を強調しました。

 続いて話題は、若者の平和への貢献に移りました。平和には、軍縮はもちろん開発や人権の尊重などの問題が本質的に結びついており、質の高い教育、ジェンダー平等、貧困や格差の減少、気候変動への対応などはすべて平和を実現する行動の一環であると指摘。さらには、私たちが身の回りにある、さまざまなあってはならないこと、ちょっとおかしいなと思うことを防ごうと取り組んでいくことが、非常に重要だと述べました。

 歴史の転換期には若者が大きな力を発揮してきたとも指摘。平和と変革の原動力となるためのアドバイスとして、革新的であること、リスクをとる勇気、さらに互いが連携することが重要だと話し、それぞれの項目について具体的な例を挙げて丁寧に説明しました。また、国連に2023年に設立された若者に関する事柄に特化した「ユースオフィス」と、その事業の一つとして日本政府が資金を拠出して運営されている「ユース非核リーダー基金」に言及。世界の若者が学び、広島や長崎にも足を運ぶプログラムの内容に触れ、世界中の人とネットワークを持つこと、専門知識とともにパッションを持つことの大切さを訴えました。

 最後に、一人ひとりが持つ力、可能性は大きい。平和は遠い希望ではなく現実のものであり、そういった世界を作っていける、将来世代のためにこれを作っていけることを信じてほしいと、若者へのエールで講演を締めくくりました。

平和に至る道筋が垣間見えた学生対話

 講演会後には会場を移動し、中満国連事務次長と学生・生徒との対話が開催されました。2回のプレイベントを経て、事前に学生・生徒に中満国連事務次長に聞きたいことを考えてもらった中から8人の質問者が選ばれました。

 「安全保障のジレンマをどう克服するか」「国連安全保障理事会の機能への疑問」「自衛隊のPKOを国際社会はどう受け止めるか」「軍縮による経済的な打撃の抑制について」「ミャンマー内戦について」など大学生、高校生からハードな内容の質問が続きます。中満国連事務次長は、それらにわかりやすく、しかも複雑な内容もできるだけ詳しく丁寧に解説し、思考の糸口を提供しました。

 たとえば、国連安全保障理事会が機能不全に陥っているのではないか、という疑問については、常任理事国の戦略的な利益に関わらない問題に対しては機能している、安保理で議論できない問題を総会に移して議論する動きが生まれ、国際社会の総意を示す機会になっているなど、成果と厳しい現実の両面を整理。さらには拒否権行使のやり方など安保理改革の必要性や日本のような常任理事国に一定の影響力のある国の役割などにも触れ、学生・生徒の関心に応えました。

 国連事務次長・軍縮担当上級代表という職務についての質問もありました。「困難な仕事にやるせなさを感じることはないか、その克服法は」という質問には、失望やフラストレーションを感じることはしょっちゅうあるが、「私はあきらめの悪い人間」と回答。一旦スイッチオフにして翌日に持ち込まない方法を身につけてきたこと、大きなミッションを共有する人たちと働くことが原動力になっていること、2人の娘のためにも少しでも世界をよくして引き渡したい、と考えを述べました。

 「平和な世界の実現に若者の力をどう生かすか」という質問には、倫理的なところで核兵器をなくしたいと考えるのは非常に重要としたうえで、自分と立場の違う「核兵器は抑止力」といった意見もよく聞き、勉強してほしいと述べました。正しいことだから、という理念だけでは、現実的に進まないことがある、いろんなことを勉強して反対の立場の人と議論することが重要だとメッセージを送りました。

 また、「国際社会における日本の役割と平和を実現していくために若い世代に求められていること」という質問に対しては、日本は安全保障の面で世界の中でも難しい環境にある国の一つだと話し、近隣諸国と協力関係を築くには過去の戦争をめぐる加害と被害の認識が重要だとして、対話のメカニズムの制度化など専門的に研究し考えることや若い人たち同士が対話することも重要だと述べました。また、グローバルには、新興技術が悪用されないための規範づくりなど、日本には積極的に参加してほしいと話しました。

 中満国連事務次長のコメントに対して学生・生徒から追加の質問が飛び、さらにそれに意見を返すなど、難しいテーマにも関わらず充実した対話となりました。世界の平和構築の最前線で活躍するスペシャリストの講演を聞くという得難いチャンスは、プレイイベントでの学習や講演後の対話によってさらに豊かになり、国際平和に対する理解や思考を深めるのはもちろん、自分にできることを探し行動するきっかけを与えました。対話の中でも、すでに平和構築のための活動をしている学生の体験が聞かれましたが、この一連のイベントはさらに多くの若者たちの平和への一歩を後押しするものになったに違いありません。

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