抗血小板薬が骨を伸ばす!
ホスホジエステラーゼ3阻害薬が軟骨細胞内Ca2+シグナルを活性化し骨を伸ばすことを発見
立命館大学薬学部の市村敦彦准教授(兼 京都大学大学院薬学研究科連携准教授)、京都大学大学院薬学研究科 竹島浩教授、川邊隆彰 博士課程学生らの研究チームは、さまざまな重要な生理機能調節に関与する軟骨細胞内カルシウムイオン(Ca2+)動態を独自の手法で解析し、その制御分子機構について調べました。その結果、心臓や血管の疾患治療薬として用いられているホスホジエステラーゼ3阻害薬は、軟骨細胞内Ca2+シグナルを活性化し、軟骨細胞からの細胞外基質分泌を増やすことで、骨を伸ばす作用を有することを明らかにしました。本研究成果は、2025年6月2日に、英科学雑誌「British Journal of Pharmacology」に掲載されました。

【研究成果のポイント】
- 血栓症や心不全の治療薬として用いられているPDE3阻害薬が、軟骨細胞の細胞内Ca2+シグナル※1を活性化することを見つけました。
- PDE3阻害薬は単離培養した骨の伸長を促進するだけでなく、成長期の若齢マウスに投与することで骨伸長を促進し体長を大きくする作用があることを示しました。
- 本研究成果は、低身長や骨の伸長障害を示す骨系統疾患に対する新しい治療薬創出につながることが期待されます。
研究成果の概要
本研究では、心疾患などの治療薬として使われてきた「PDE3阻害薬」に、成長期における骨の成長を促す新たな効果があることを明らかにしました。
通常、C型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)※2というホルモンが骨の端にある「成長板」と呼ばれる部分に作用して、骨を伸ばす働きをしています。研究チームは、このCNPの働きを助けることで、骨の伸びをさらに促せるのではないかと考え、細胞内の酵素である「PDE3B」に着目しました。
実験では、PDE3阻害薬(シロスタゾールやミルリノン)を用いることで、軟骨細胞内のカルシウムイオン(Ca2+)シグナル経路の活性が強くなり、細胞間の隙間を埋める細胞外基質(コラーゲンやプロテオグリカンなど)の産生が促進されることが確認されました。さらに、成長期にある若齢マウスにPDE3阻害薬シロスタゾールを投与すると、実際に骨が長くなり、体長も伸長しました。
これらの結果は、すでに医療現場で使われている薬を骨の成長障害の治療に応用できる可能性を示しており、飲み薬による新しい治療法の開発に道を開く成果といえます。
研究の背景
FGFR3遺伝子※3変異を原因とする軟骨無形成症に代表される、低身長や四肢短縮を呈する骨系統疾患は日常生活にさまざまな不利益をもたらしますが、有効な治療方法の確立は途上です。2021年に、骨を伸ばす作用を持つC型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)の類縁ペプチドVOXZOGOTMが欧米だけでなく本邦でも軟骨無形成症治療薬として承認されました。VOXZOGOTMはその有効性が臨床試験により証明されているものの、幼少期から毎日続く皮下への自己注射が必要であるため、経口投与可能な薬など、より患者さんにとって使いやすい治療薬開発が待たれています。
私達の研究グループは、軟骨細胞における細胞内Ca2+シグナルを独自に解析する技術を用いることで、CNPが軟骨細胞内Ca2+シグナルを活性化することで骨を伸ばしていることを見出していました(https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2022-03-16)。CNPの受容体NPR2は膜型グアニル酸シクラーゼ※4という種類の分子であり、CNPによるNPR2の刺激は細胞内でcGMPというシグナル分子の産生を促します。そこで、独自に解明したCNP作用に関連する分子機序に基づき、cGMPの分解を担っているホスホジエステラーゼ(PDE)※5を阻害することでCNPの活性を強くしたり、CNPと同様の効果が得られたりするのではないかと予想しました。
研究の内容
はじめに、軟骨細胞において機能的に発現しているPDEサブタイプを軟骨細胞における網羅的遺伝子発現解析結果から検索しました。11種類のPDEサブタイプのうち、cGMPの分解に関わっており、軟骨細胞において高発現しているPDE3Bに着目しました。PDE3阻害薬シロスタゾールをマウスから単離した軟骨組織に処置してみたところ、cGMPが有意に増加したことから、PDE3が軟骨細胞におけるcGMPの分解を主として担っていることが示唆されました。次に、シロスタゾールを単離培養した軟骨に処置すると、用量依存的な骨伸長促進作用が観察されました(図1)。さらに、成長途中段階にある若年期の野生型マウスにシロスタゾールを毎日腹腔内投与することで、大腿骨などの骨の伸長促進作用と体長の増加作用があることを見つけました(図2)。シロスタゾールを処置した培養骨の組織学的解析から、シロスタゾールは軟骨細胞から産生される細胞外基質を増加させることで骨を伸ばしていると推察されました。また、シロスタゾールとは構造の異なるPDE3阻害薬であるミルリノン、アナグレリド、オルプリノンについても器官培養軟骨の伸長促進作用が観察されました。


A.シロスタゾールを3週齢から4週間毎日腹腔内投与したところ、体長の増加が促進された
B.2週間のシロスタゾール投与によって大腿骨骨端の成長板の長さ(黄色のライン)が増加した
次に、PDE3阻害薬の軟骨細胞内Ca2+シグナルへの影響を調べました。シロスタゾールによって増加した軟骨細胞内cGMPは、cGMP濃度に依存して活性化するcGMP依存性タンパク質リン酸化酵素PKGによる大コンダクタンスCa2+依存性K+チャネル(BK Ch)※6の活性化と軟骨細胞の過分極を引き起こしました。シロスタゾールによって引き起こされた過分極は、軟骨細胞膜に発現しているCa2+透過性チャネル TRPM7 チャネル(TRPM7 Ch)を介した細胞内へのCa2+流入を増強しました。さらに、シロスタゾール処置は軟骨細胞におけるCa2+/カルモジュリン依存性タンパク質リン酸化酵素(CaMKII)の活性を上昇させました。シロスタゾールによって活性化された軟骨細胞内Ca2+シグナル経路は、先行研究で明らかにしていたCNPにより活性化されるシグナル経路と同じであり、当初の予想通りPDE3阻害薬はCNPシグナル経路の活性化によって骨を伸ばすと考えられました(図3)。実際に、このシグナル経路の重要分子であるTrpm7遺伝子を欠損させた骨ではシロスタゾールの骨伸長促進作用が観察されなくなりました。
さらに、シロスタゾールはヒト変異型Fgfr3を発現させた軟骨無形成症モデル(Fgfr3ach)マウスから単離した骨を、正常なマウスの骨と同程度まで伸ばす活性があることがわかりました(図4)。また、CNPと同時にシロスタゾールを用いることで、より少ない量のCNPでも骨を伸ばす効果が得られることもわかりました。これらの知見は、シロスタゾールをはじめとするPDE3阻害薬が骨系統疾患治療薬やVOXZOGOTMの作用を増強する薬として使用できる可能性を示しています。

A.シロスタゾールを単離したマウス成長板軟骨組織スライスに30分処置することで、軟骨細胞内Ca2+シグナルが用量依存的に活性化された B.CNPシグナル経路とPDE3阻害薬の作用機序の模式図

社会的な意義
PDE3阻害薬は心臓血管系の疾患の治療薬として臨床で使用されています。そのため、ヒトでの安全性や体内動態はすでに確立されています。今後のさらなる研究から、通常の医薬品開発と比較すると時間とコストを抑えて適用を拡大するいわゆるドラッグ・リポジショニングにつながる可能性もあります。一方で、PDE3阻害薬はその本来の薬効から心臓や血管に作用し心臓機能や血圧などに影響を及ぼします。そのため、実際の治療への応用までには、現在は主として成人の心臓血管系疾患の治療に用いられているPDE3阻害薬を、小児の骨系統疾患に使用できるのか、用量や副作用など安全性・有効性について、さらに詳細な検討が必要です。
注意:本研究はマウスを用いた実験段階のものであり、現在市販されているPDE3阻害薬を自己判断で内服することは、効果が得られないばかりか、血圧低下や止血困難など重篤な副作用の危険があるため、絶対に行わないでください。
研究者のコメント
本研究は、軟骨細胞の生理機能を制御する軟骨細胞内Ca2+シグナル動態とその制御分子の探索という基礎研究成果から合理的に推察していくことで着想しました。結果的に予想が正しかったことがわかり、軟骨細胞で主要なPDEサブタイプを同定するとともに、その阻害による細胞内Ca2+シグナル経路の活性化という基礎科学的知見のみならず、心臓や血管の薬による骨伸長促進作用を示すことができました。cGMPと並び重要なシグナル分子cAMPの代謝と軟骨機能の関連など、今後も軟骨細胞内Ca2+シグナルと生理機能制御について調べていきます。これらの研究成果は、立命館大学薬学部、京都大学大学院薬学研究科、京都大学大学院医学研究科、国立循環器病研究センター、倉敷中央市民病院の多くの研究者の協力により得られました。
論文情報
- 論文名:Phosphodiesterase 3 inhibitors boost bone outgrowth
- 著者:Takaaki Kawabe1#, Atsuhiko Ichimura1,2#*, Tomoki Yasue1, Jianhong Li1, Haruki Ishikawa1, Ga Eun Kim1, Hiroki Nagatomo1, Naoto Minamino3,4, Yohei Ueda5, Hiromu Ito6, Miyuki Nishi1, and Hiroshi Takeshima1*
1Graduate School of Pharmaceutical Sciences, and 5Graduate School of Medicine, Kyoto University, Kyoto 606-8501, Japan.
2Laboratory of Integrative Physiology, College of Pharmaceutical Sciences, Ritsumeikan University, Shiga 525-8577, Japan.
3Protein Research Foundation, Osaka 562-0015, Japan
4National Cerebral and Cardiovascular Center, Osaka 564-8564, Japan
6Department of Orthopedic Surgery, Kurashiki Central Hospital, Okayama 710-8602, Japan. - 発表雑誌:British Journal of Pharmacology
- 掲載日:2025年6月2日(日本時間)
- DOI:10.1111/bph.70087
- URL:https://doi.org/10.1111/bph.70087
用語説明
- ※1 細胞内Ca2+シグナル定常時ではCa2+は細胞質には非常に少ない量しか存在しておらず(100nM程度)、細胞外液中の10000分の1以下の濃度しかありません。細胞内では、小胞体にCa2+が貯蔵されています。細胞膜に存在するさまざまな受容体や電位変化といった刺激に応じて、細胞外からのCa2+流入や小胞体からのCa2+放出が起こります。これが細胞の中にシグナルを伝え、筋細胞の収縮、伝達物質の放出、遺伝子の発現、細胞死や細胞増殖等の刺激に応じた生理機能が発揮されます。このため、Ca2+の正常な小胞体内貯蔵や刺激に応じた適切な放出と再取り込み、細胞外からの流入等は、生体の維持にとって不可欠といえます。細胞内Ca2+濃度によって伝わる細胞内シグナルを細胞内Ca2+シグナルと呼びます。
- ※2 ナトリウム利尿ペプチドナトリウム利尿ペプチドは、心臓や血管、体液量の恒常性維持に重要な役割を担うペプチドホルモンであり、本邦で同定されました。心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)と脳性(B型)ナトリウム利尿ペプチド(BNP)は心不全の診断薬および治療薬として臨床応用されています。
- ※3 FGFR3 (fibroblast growth factor receptor 3)線維芽細胞増殖因子受容体3型。FGFR3を介するシグナルは、軟骨細胞の増殖および分化を抑制することが明らかとなっており、FGFR3 遺伝子の恒常活性変異は軟骨無形成症の原因となります。
- ※4 グアニル酸シクラーゼグアノシン三リン酸(guanosine triphosphate, GTP)を環状グアノシン一リン酸(Cyclic guanosine monophosphate, cGMP)に変換する酵素を指します。cGMP は、細胞内シグナル分子として働き、平滑筋の弛緩や光情報伝達など、さまざまな重要な生理的機能に関与するセカンドメッセンジャーです。
- ※5 ホスホジエステラーゼ(PDE)細胞内セカンドメッセンジャーであるサイクリックAMP(cAMP)およびサイクリックGMP(cGMP)を分解しそれぞれ5'-AMP、5'-GMPとする酵素。cAMP、cGMPのシグナル伝達を調節しており、哺乳類では11種類のファミリーを形成しています。PDE阻害薬は細胞内でcAMP・cGMPの分解を抑制しその濃度を高めます。
- ※6 大コンダクタンスCa2+依存性K+チャネル(BK Ch)細胞内Ca2+濃度に依存して活性化するK+イオンチャネルです。細胞内Ca2+濃度の上昇に伴ってK+を細胞外へ透過することで過分極を引き起こし、平滑筋を弛緩させる役割を担っていることがよく知られています。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金(基盤(B),挑戦的研究(萌芽)研究代表者:市村敦彦並びに基盤(B)研究代表者:竹島浩)、AMED創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム事業(BINDS)、公益財団法人 日本応用酵素協会(研究代表者:市村敦彦)、公益財団法人 武田科学振興財団(研究代表者:市村敦彦)、公益財団法人 小林国際奨学財団(研究代表者:西美幸)、公益財団法人 中冨健康科学振興財団(研究代表者:市村敦彦)、公益財団法人 母子健康協会(研究代表者:市村敦彦)、公益財団法人 サントリー生命科学財団(研究代表者:市村敦彦)などの支援を受けて実施しました。