肥塚浩先生

私たちは、医療・介護と「経営」の取り合わせに、まだ、なんとなくなじまない感じを抱きがちである。それは、これらの事業の目的が、人々のいのちを守ることであるからだろう。しかし、医療・介護事業を取り巻く環境が厳しさを増している現代においては、いのちを守る事業を持続させていくためにこそ、高度な経営能力が必須になってきている。

立命館大学医療介護経営研究センターは、医療・介護経営の課題を調査研究し、経営人材の養成を担う研究拠点である。医療・介護事業の現状や現場のニーズに応える研究活動について、センター長の肥塚浩先生(大学院経営管理研究科 教授)に伺った。

環境変化で重要視される医療・介護事業の「経営」

肥塚先生はまず、本センター設立の背景となった、日本の医療機関の置かれた特殊な状況と、その変化から話をはじめてくれた。

日本の医療機関は約8割が民間による経営で、医療施設の中心が国公立である欧米と比べると大きく異なる状況にある。民間が多いとはいえ、医療提供体制の仕組みと内容には国が強い権限を有し、その財政は皆保険制度をはじめとして国が担っている。

「日本の医療機関の多くは長らく経営についての意識が希薄で、いろいろ工夫して経営をしなくても、事業として運営できたらよいという意識がありました。実際、困ることはそれほどなかったのです。明治期からの人口の増加と医療提供体制の整備によって、国民の医療需要は伸び続け、1970年代からは高齢化社会を迎えてますます医者にかかる人が増えたからです」

ところが、1990年代から2000年代にさしかかったころから事情は変わってきた。少子高齢化の進展によって人口減少の傾向が顕著になり、医療の支え手が不足し始めたのである。

「さらに、高齢者も含めた人口減少によって、医療需要そのものが減っていく時代が目の前に迫ってきました。医療機関にとって非常にシビアな環境であるという認識が広がり、医療経営の重要性がクローズアップされてきたのです」


肥塚浩先生(大学院経営管理研究科 教授)

こうした状況のもと、2009年、立命館大学は本センターの前身となる医療経営研究センターを設立した。

「当時は、病院の経営にかかわる調査研究を行い、経営課題を明らかにすることをめざしました。同時に、その成果を還元するため、病院の経営にかかわる病院長や事務長、理事長といった人たちを対象にした講座を開講。医療経営人材の育成にも力を入れました」

その成果を引き継いで、現在の医療介護経営研究センターが開設されたのは2019年のことである。人口減少に伴う医療分野の課題は、介護分野にとっても共通のものがあるという認識から、研究分野を拡大して新たなスタートを切った。

「地域医療構想」に対応する病院経営のあり方を展望

医療介護経営研究センターは、経営学、生命科学、薬学、スポーツ健康科学など各学問分野の研究者が連携し、医療や介護の現場における課題解決型の研究を行っている。本センターの特徴は、センター名にも冠されている「経営という視点」で取り組む研究であると肥塚先生は語る。

「医療を経済の目で見るという研究はたくさんありますが、経営学の視点で解明する研究はまだこれからです。特に、経営学を専門にしてきた研究者で介護経営について研究する人はまだあまりいないんですね。医療経営を専門に研究するセンター自体、数えるほどしかなく、介護経営となると研究者自体が少ないです。医療事業の経営はもちろん、介護事業を経営するとはどういうことなのか、経営に携わる人材にはどのような能力が求められるのかといったことから明らかにするような、基盤となる調査研究を進めていきたいと思っています」

そうした調査研究を「社会実装」へとつなげていくことも、本センターの重要な活動方針である。特に今、医療、介護両分野ともに節目の時期を迎えており、それに対応できる経営能力が求められているからである。

医療経営についてのトピックとしては、2014年に制度化された「地域医療構想」の具体化がある。地域医療構想の目標は、2025年の医療ニーズを推計し、地域の関係者が協力して医療機関の役割分担や連携の仕組みを構築することである。高齢化の進み具合は各地域で違い、疾病構造も異なる。各都道府県では地域特性に照らした医療提供体制を確保できるよう、定期的に医療計画を策定し具体的に施策を進めていく。

「医療計画の動向を見ながら、各病院では、診療圏においてどんな役割を果たすのかを明確にする必要があります。そのためにどのような診療科を持ち、どのような医療をするか、それに合った医師の確保、看護体制の構築、患者の来院数やベッドの稼働率の適正化など、重要な経営課題に取り組んでいかなければなりません」

それは、複雑な要素を加味して将来を予測しながら、最良の病院の形を実現する高度な経営判断である。本センターでは、病院の経営者や実務担当者と共同で、地域医療構想に対応する病院経営のあり方について、課題整理のプロジェクトをスタート。その成果を多くの病院経営に生かしてもらえることをめざしている。

スタートアップ企業と連携して進める介護現場のデジタル化

一方、介護経営については、「介護施設の改修時期」の到来が一つのエポックメーキングになると肥塚先生は言う。介護保険が導入される2000年に向け、1990年代後半から全国に介護施設が数多く新設された。それから30年以上が経過した今、老朽化した建物を改修する動きが各地で起こってきているのだという。

「それは古くなった設備を改修するというだけでなく、居室や共用スペースの居住性・快適性を高めたり、スタッフが業務しやすい環境を整備するなど、サービスや価値を向上させる機会でもあります」

人口減少に伴って地域の人口構成は変化し、利用者や介護人材の確保が難しくなる中、施設設備をどう見直すかは重要な経営課題となる。

合わせて注目されるのが、介護業界ではまだ遅れているデジタル化の推進である。本センターでは、介護施設のサービスや価値の向上にもかかわるデジタル活用を推進するプロジェクトを進めている。利用者のバイタルデータをセンサーで自動的に取得したり、介護保険請求事務に必要な情報を現場で簡単に入力できる機器・システムの開発に取り組み、介護業務を円滑に進めるための支援の充実をめざしている。

「大阪介護老人保健施設協会と連携して介護の現場のニーズを拾い、介護系のスタートアップ企業と一緒にデジタル機器・システムの開発を進めています。デジタル化が介護サービスのイノベーションとなる可能性は大いにあるでしょう。今後も外部との連携を強化してプロジェクトを発展させていきたいと考えています」

研究と実践をつなげる場づくりでイノベーションを起こす

社会実装をめざして外部との連携を積極的に進める本センターだが、その意味を肥塚先生は次のように語る。

「医療・介護の現場や企業、自治体などとつながることによって、それぞれの知見が組み合わさって、新しいものが生み出されることを期待しています。そこにはまた、センターとしてさらに掘り下げていくべき先端的な課題が生まれます。研究と実践がつながる場所としての役割を果たしていきたいと思います」

今後は、病院経営者を対象とした研修事業も手掛けていく予定だという。そこでは豊かな実践知が共有され、研究に反映されていくことが期待される。また、肥塚先生は「スタートアップ企業とのネットワークも広げて、イノベーションの可能性を探っていきたい」とも話してくれた。

さらに2023年8月、立命館大学は大阪歯科大学との間に協定を締結した。そのねらいは、同大学の口腔衛生や口腔・嚥下機能改善についての知見と本センターが築いてきた介護現場や介護系スタートアップ企業とのネットワークを活かし、口腔・栄養管理をより充実したものにしていくことである。

「高齢者の自立支援や障害のある人の重度化予防にとって、口腔・嚥下機能の維持による栄養状態の管理、さらにフレイル予防は極めて重要な課題です。大阪歯科大学との連携によって介護現場での口腔・栄養管理やフレイル予防についての新たな知見を得ることはもちろんですが、さらに新たなサービスやシステムの創造につながるような研究にも力を入れていきたいと思います」

本センターが見つめているのは、世界随一の高齢社会における医療・介護事業の未来である。現場と向きあい、産官学と広く連携することで生まれるイノベーションに大いに期待がかかる。

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