【知の拠点を訪ねて】異分野融合型研究で最先端の防災サイエンスを社会に届ける 防災フロンティア研究センター
集中豪雨による大きな被害が毎年のように起こり、巨大地震発生も想定される時代。自然災害からどのようにして社会を守るのか防災研究への関心が高まる中、学際化による研究領域の拡大が進んでいる。前身となる研究センターが設立されてから20年近くの歴史を刻む立命館大学防災フロンティア研究センターは、その活動の照準をどこに合わせているのか。センター長の里深好文先生(理工学部 環境都市工学科 教授)に伺った。
設立当初から融合型研究をいち早く推進
里深先生は、まず、本センター設立の背景となった当時の防災研究をめぐる潮流から話してくれた。
「防災研究といえば、従来、地震や山崩れ、洪水など災害を引き起こす自然現象のメカニズムを解明する災害科学分野、そうした自然の脅威に立ち向かうための建物の耐震、堤防やダムなど防災力の向上を目的とした防災工学分野の研究がメインでした。
そこに新たな視点が加わる節目となったのが、阪神・淡路大震災です。災害が起こった時に人がどう行動するか、社会がどうなるのかに目が向けられ、人や社会を含む幅広い防災力が研究されるようになっていきました。特に、公的機関による公助だけでなく、近所同士や自分で災害に備え身を守る共助・自助の重要性が指摘されるようになったのは大きな変化だったと言えます」
防災研究が人や社会を含めた幅広い領域を巻き込んで発展し始めたころ、立命館大学でも防災研究機関設立の動きが具体化した。2005年、文部科学省ハイテクリサーチセンター整備事業に採択され「防災システム研究センター」が設立された。その研究成果を基盤に2009年度に設立されたのが、「防災フロンティア研究センター」である。
本センターは、前身の防災システム研究センター設立時から、特色を鮮明に打ち出していたと里深先生は話す。特色とは、従来から防災研究の主軸となっている災害科学や防災工学に、その他の研究領域を加えた「異分野融合型研究」を積極的に行っている点である。
センサー・情報通信分野との連携で成果
異分野融合型研究の中でも、センサー・センシング分野、情報通信分野との融合は数々の成果につながっているという。
「これらは、本学の得意とする分野です。防災研究に応用することで、自然現象を人間が捉えるよりも正確に、速く、広範囲に把握することができます。それによって今までわからなかった災害のメカニズムを解明し、さらに実効性の高い防災技術の確立につなげていこうというのが大きな狙いです」
実際に、どのような研究が進んでいるのだろうか。たとえば、豪雨などの際に起こる斜面崩壊についての研究。斜面崩壊とは山の斜面が崩れ落ちることで、土石流やがけ崩れなど大きな被害をもたらす現象で、ニュースでも報道される。本研究では、フィールドでセンサーを使って行う継続的な観測や実験によって斜面崩壊のメカニズムの解明をめざしている。また、センサーを使って斜面の状態をモニタリングし、斜面の水分量と降雨量などの観測データに基づいて斜面の安定性を評価するシステムも構築する。
「集中豪雨などの際には、災害を未然に防ぐ目的で道路などの通行止めが実施されます。現状は降雨量で判断していますが、それだけでは正確な指標と言えません。斜面崩壊の危険性をきちんと評価できるシステムがあれば、より安全に利用者にも納得のいく形で実施や解除が可能になります。今後、斜面の観測データとして必要なものをさらに検討し組み込んでいくことで、より精緻に斜面の状況を評価できるシステムをめざしています」
一方、情報通信系では、IoTを活用した除雪作業支援システムの研究がある。高速道路など障害物の少ない道と違い、生活道路には縁石や消火栓などの構造物が雪に隠れている。しかも、歩行者・車両などを避けながらの作業になり、除雪は簡単には進まない。
そこで、本研究では除雪作業の効率化を検討。GPSと5G通信を使って積雪のない状態の道路写真を除雪車のオペレーターにリアルタイムに送信するシステムを開発した。さらに、赤外線レーザーを照射して対象物の形を計測するLiDAR(ライダー:Light Detection And Ranging)を使って路面を広範囲にセンシングし、除雪地域の積雪・降雪状況をリアルタイムに解析するシステムも開発中だ。
別の研究では、災害時に通信インフラが使えなくなる問題の解決に取り組んでいる。スマートフォンや車載通信機などモバイル端末同士を無線通信でリレーのようにつなぐことのできるネットワークの開発によって、緊急時の情報システムの構築に役立てようとしている。
多彩な分野、多くの研究者をつなぐハブとして
数々の研究成果から、自然災害のメカニズムの解明や現象自体の把握・伝達、さらには災害への対応など、本センターが幅広い領域で新たな知見を蓄積してきたことが見えてきた。しかし、このようなセンサー・情報通信分野との連携は、「本センターの異分野融合研究のほんの一部」だと里深先生は強調する。
「本センターは非常にオープンで、自由度が高いのも特徴の一つです。課題に対して関心を寄せる人材や組織があればどんどん関わっていくスタイルで、学内外の様々な分野の研究者と組んだ多彩な研究プロジェクトが走っています。その中には、いわゆる理系だけでなく、社会科学系の研究者との共同研究ももちろんあります。防災というキーワードの周りにいろんな人が集まれるということを、この研究センター自体が証明していると言っていいでしょう」
センターが多彩な分野、多くの研究者をつなぐハブとなり、研究活動が活性化している様子がうかがえる。ハブに集まってくる情報や人の多様性はイノベーションの源泉になり、防災分野の最先端研究につながっていく。
里深先生は、中でも社会科学系との融合研究の重要性を、河川防災の分野を例にとって話してくれた。
「これまで洪水対策といえば、堤防やダムを作って川の氾濫を抑えこむやり方でした。しかし今、川だけでなく流域全体としての洪水対策を考える方向へと変化しています。災害リスクの大きなエリアの開発を抑制したり、移転を進めるなど土地の適正な利用によって安全なまちにする政策が進められています。それによって住民の生活がなるべく不便にならないように配慮しつつも、災害リスクを下げるにはどうしたらいいか。こうした課題には、政策立案、まちづくり、地域活性化、コミュニケーションなど幅広いテーマが含まれています。社会科学分野と自然科学分野とが協力することが不可欠になってきていると言えるでしょう」
社会とつながる場「防災フロンティア研究会」
防災についての政策は、過去の災害の事例から導き出された知見を活かして、常にブラッシュアップされていくものだということがわかる。「だからこそ、実際に防災政策を立案・実行していく行政などと連携し、社会とつながっていくことが非常に重要」だと里深先生は話す。
社会と直接つながる場となっているのが、2009年の本センター設立時に立ち上げた「防災フロンティア研究会」である。国や地方自治体の行政担当者、民間企業などと情報や課題を共有する機会としてセミナーやシンポジウムを開催するほか、個別の課題の解決に向けた調査・研究の実施、地域や企業内の防災担当者や中学生・高校生を対象とする防災講座の講師なども行っている。
「研究会の活動を通じて研究成果を社会に積極的に還元することで、地域の防災力向上に貢献できればと思っています。また、セミナーやシンポジウムの際には交流会を開催し、課題や要望などを直接聞かせていただく機会にしています。研究者とは違う立場で防災と向き合っている方々と交流し、社会のニーズを生で感じられるとても貴重なチャンスになっています」
こうして研究者のコミュニティだけでなく防災の現場とも幅広いつながりを持ちながら、本センターの防災研究は着実に成果をあげてきた。常にめざしてきたのは、「人々の安全の向上に寄与すること」だと里深先生は話す。
「日本は先進国の中でも、また世界的に見ても、自然災害の犠牲者が決して少ないとは言えない国です。もっとできることがあるはずだ、という思いを持っている研究者がたくさんいます。自然災害研究の最先端で発見されたこと、あるいは新たに確立された情報技術を、防災分野の科学技術としていち早く社会に届けていく。それが、私たちの役目だと思っています」
名前の「フロンティア」は、本センターが見つめているのは常に未来であることを教えてくれている。ここからどんなイノベーションを起こすのか、その動向が注目される。