難分解性のPFASを可視光で温和に分解する技術の開発 -持続可能なフッ素リサイクルに繋がる成果-
立命館大学生命科学部の小林洋一教授、同大学大学院生命科学研究科博士前期課程(研究当時)の有馬佑蔵さんらの研究チームは、きわめて難分解性で、高い環境・生体蓄積性をもつパーフルオロアルキル化合物(PFAS)※1、および非常に安定性の高いフッ素樹脂として知られるナフィオン※2を、室温・大気圧下で可視光線を照射するだけで温和にリサイクル可能なフッ化物イオンにまで分解する技術を開発しました。本研究成果は、2024年6月19日19時(日本時間)にドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」に掲載されました。
【本件のポイント】
- 半導体ナノ結晶※3を光触媒として、室温大気圧下で可視光線を当てるだけで、PFASをリサイクル可能なフッ化物イオンにまで分解することに成功
- ナノ結晶1つ当たりの炭素–フッ素結合(C-F結合)開裂の触媒回転数※4は17000以上
- メカニズムは、光照射によるナノ結晶表面の有機配位子の脱離と、ナノ結晶の非線形光反応※5の複合過程
研究成果の概要
フッ素を含む有機化合物は耐熱性や耐薬品性に優れ、産業で広く利用されていますが、C-F結合の強さから廃棄物の分解が難しく、環境残留や生体蓄積の問題があります。既存の分解技術は高温や強酸化剤など過酷な条件が必要で、代替技術の開発が急務です。温和な条件でフッ素化合物を分解できれば、持続可能な材料として転換が可能となります。
本研究では、PFASの中でもより難分解性として知られるペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)※6やナフィオンを、硫化カドミウム(CdS)半導体ナノ結晶(NC)と可視LED光を用いて常温・常圧下でフッ素イオンに分解する技術を開発しました。PFOSは8時間以内に完全分解し、ナノ結晶1つあたりのC-F結合解離の触媒回転数は17200に達し、高い触媒サイクル特性を示しました。ナフィオンも24時間で81%の脱フッ素化を達成し、フッ素樹脂(PTFE)表面の親水性への変化にも成功しました。これらの分解は光照射に伴う表面有機配位子の脱離とオージェ再結合※7を伴う電子注入の協同メカニズムによることが明らかになりました。
本技術は、PFASおよびフッ素樹脂を温和に光分解できる新しい可能性を示しており、フッ素材料のリサイクル技術の発展、ひいてはフッ素自給率の向上や持続可能な社会の実現に貢献できると期待されます。また、この技術は、PFASを捕捉したフィルターの再生技術としても応用可能で、さまざまな産業での活用が見込まれます。
研究の背景
フッ素元素を含む有機化合物は耐熱性、耐薬品性、絶縁性、界面特性に優れており、さまざまな産業分野で必要不可欠な材料です。一方、C-F結合がきわめて強いため、廃棄物の分解処理が難しいこと、環境残留性が高いこと、さらには生体蓄積性が高いものがあるなどの複数の課題が顕在化しています。フッ素化合物をリサイクル可能なフッ化物イオンまで分解する技術はいくつか報告されていますが、高温、高圧、強酸化剤などの過激な条件が必要なことや、「水銀に関する水俣条約」の規制対象である水銀灯を用いた深紫外線照射が必要など、代替技術が早急に求められていました。温和な条件でフッ素化合物を分解できれば、社会で活躍する高機能なフッ素化合物をサステイナブル材料へと転換し、持続可能な循環社会の実現に貢献できると期待されます。
研究の内容
本研究では、「難分解性化学物質」として知られるPFOSと、イオン交換膜に広く利用されているスルホン化フッ素系高分子であるナフィオンが、硫化カドミウム(CdS)半導体ナノ結晶(NC)に可視LED光を照射することにより、常温・常圧下で効率的にフッ素イオンに分解できることに初めて成功しました。PFOSは8時間以内に完全にフッ素イオンにまで完全分解され、ナノ結晶1つあたりのC-F結合解離のターンオーバー数は17200となり、比較的高い触媒サイクル特性を持つことがわかりました。さらに、24時間の光照射でナフィオンの81%の脱フッ素を達成し、可視光下での効率的な光触媒特性が実証されました。フッ素樹脂の中で最も強靭なPTFEにおいても、反応は遅いものの、表面を疎水性から親水性に変化させることに成功しました。さまざまな分光学的および光触媒学的研究により、分解は光照射に伴う表面配位子の脱離とオージェ再結合を伴う電子注入の協同メカニズムによって駆動されることが明らかになりました。本技術は、様々な種類のPFASを温和な条件で効果的に触媒分解する新しい可能性を提供し、持続可能なフッ素リサイクル社会の構築に貢献できると期待されます。
図1.可視LED光を用いたPFOS、ナフィオン、PTFEの触媒的光分解の概要
社会的な意義
PFASを温和に分解できる技術の創出により、さまざまな産業で活用され、我々の豊かな社会を支えるフッ素元素のリサイクル技術の発展への貢献が期待されます。また、PFASは近年環境汚染・健康への影響が懸念されており、活性フィルターなどを用いた除去が知られていますが、本技術はPFASを捕捉したフィルターを再生する技術としても活用できる可能性があります。フッ素材料の原料は現在多くを輸入に依存していますが、フッ素材料のリサイクル技術の発展により、フッ素自給率を向上させ、持続可能な社会の実現に貢献できると期待されます。
支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費(JP21K05012、JP24K01460)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ(PRESTO)(JPMJPR22N6)の支援を受けて行われました。
論文情報
- 論文名:Multiphoton-driven Photocatalytic Defluorination of Persistent Perfluoroalkyl Substances and Polymers by Visible Light
- 著者:有馬佑蔵1、岡安祥徳1、吉岡大祐1、永井邑樹1、小林洋一1
- 所属:1立命館大学生命科学部
- 発表雑誌:Angewandte Chemie International Edition
- 掲載日:2024年6月19日(水)19:00(日本時間)
- DOI:10.1002/anie.202408687
- 掲載URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1002/anie.202408687
用語説明
- ※1 パーフルオロアルキル化合物(PFAS)
- 全ての水素原子がフッ素原子で置換されたアルキル基を含む有機化合物の総称。耐熱性、耐薬品性に優れるため、防水・防油加工剤、消火剤など、さまざまな用途で広く使用される。一方、その強固なC-F結合のため、自然環境中で分解されにくく、環境中に長期間残留することが問題となっている。また、生体蓄積性が高く、健康への影響も懸念されている。
- ※2 ナフィオン
- スルホン化フッ素系高分子で、非常に安定なフッ素樹脂。高い耐薬品性と熱安定性を持ち、燃料電池の膜、電解槽、湿度センサーなどで広く用いられる。
- ※3 半導体ナノ結晶
- 数ナノメートルのサイズ(1ナノメートル=10億分の1メートル)の半導体微結晶。サイズに応じた特徴的な光機能、高い光吸収特性、非線形光反応が起きやすい性質などがあり、LED、太陽電池、光触媒として活用される。
- ※4 触媒回転数
- 触媒の単位量(ナノ結晶1つ)あたりで何回反応(C-F結合の解離)が進行したかを示す数値。
- ※5 非線形光反応
- 光の強度が高くなることで、通常の光化学反応とは異なる挙動を示す現象。
- ※6 ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS):
- 全ての水素原子がフッ素原子で置換されたペルフルオロアルキル基(C8F17SO3H)を含む有機化合物。非常に安定で耐熱性・耐薬品性に優れており、撥水・撥油剤、消火剤、メッキ加工液など、さまざまな工業製品に使用されてきた。一方、環境汚染や健康への影響が懸念されており、国際的な規制(2009年ストックホルム条約)の対象となっています。
- ※7 オージェ再結合
- 半導体内で発生する複数の励起電子、正孔の相互作用過程。今回の場合、励起電子と正孔が再結合するエネルギーをもう一つの励起電子が受け取り、より高い電子状態に遷移する過程を示す。