BKCインキュベータ開設20周年記念座談会 ソーシャルインパクトのある企業があふれる街をめざして
2024年、立命館大学BKCインキュベータは開設20周年を迎えた。この節目の年を記念して、本施設の運営に携わる中小企業基盤整備機構の槻舘拓茉さんと奥村義知さん、草津市役所の河上大樹さん、立命館大学BKCリサーチオフィスの堀井崇道さんに集まってもらい、本施設のこれまでとこれからについて語り合ってもらった。
2004年、キャンパス内にスタートアップ育成施設を設立
ーーまずはBKCインキュベータが設立された経緯について教えてください。
河上 本施設が生まれた2004年ごろは、ちょうど国が大学発ベンチャーの創出に力を入れはじめたころでした。そうした背景のもと、滋賀県と草津市から中小企業基盤整備機構(中小機構)に、立命館大学びわこ・くさつキャンパス(BKC)内に起業家育成施設の整備を要請したことがはじまりでした。
槻舘 当時はBKCができて10年ほどで、まだキャンパス内の土地に余裕があったとうかがっています。それに国の施策はもちろん、大津市や草津市辺りに研究機関や文教施設を集積させるという滋賀県の計画もあり、草津市にあるBKCにインキュベーション施設をつくるのは時勢に合っていたのだと思います。
堀井 もともと本学は、研究の社会実装に積極的な大学だったため、草津市や中小機構からのお声がけはまさに渡りに船でした。キャンパス内にインキュベーション施設ができるというのは、本学にとってとても自然のことだったように感じています。
ーーBKCインキュベータでは、どのような支援が行われているのでしょうか。
奥村 インキュベーション(incubation)とは卵が孵化するという意味です。この言葉からもわかるように、BKCインキュベータでは卵からひよこが生まれて自立するまで、つまり起業を志す方々が実際に創業し経営が自立化するまでの期間を支援します。中小機構では資金調達や事業計画の作成のお手伝いを、草津市では市内企業とのマッチングを橋渡しするなど、それぞれの得意分野を生かして、きめ細かい支援を行っていることが強みです。
槻舘 BKCインキュベータはいわゆるレンタルオフィス・レンタルラボなのですが、ただ部屋を貸すだけでなく、地域の産業と結びついて新しい活力を生み出すことを目的にしています。本施設ができた当初、当時の経済情勢の下で地域経済の再生が課題とされ、新しい産業が生まれないと活力ある日本・地域が生まれないという考えがありました。状況は今も大きくは変わっていないものの、立命館大学とともに、日本、ひいては世界と戦っていける企業を輩出していくことで、この状況を打破していきたい、そんな思いをもって活動しています。
奥村 中小機構では全国に29のインキュベーション施設を展開しており、大学連携型のものも複数運営しています。そんななかでBKCインキュベータの特徴は、立命館大学と関連する企業が多いことだと思います。学生や卒業生、教員が起業した企業以外にも、立命館大学と産学連携している企業なども入居しており、入居企業のおよそ半分が、何らかの形で立命館大学と関係があります。
堀井 立命館は、学園ビジョンR2030の中で「社会共生価値の創出」を掲げています。大学での研究・教育の成果を社会に還元し、社会とともに生きる価値を創出するというものです。そのひとつの形が立命館大学発ベンチャーであり、積極的に応援しています。キャンパス内にインキュベーション施設があれば、学内関係者が起業するときの心理的・物理的ハードルを下げられるので、本学のめざすビジョンの実現という意味でも、BKCインキュベータの存在は大きな意義があると感じています。
滋賀県の産業構造を変える可能性をもつ企業も
ーーBKCインキュベータから、これまでにどのような企業が育っていったのでしょうか。
奥村 これまでに79社が卒業し、現在21社が入居しています。注目されている企業としては、すでに卒業された株式会社人機一体や、入居中のPatentix株式会社、株式会社MotorAI、株式会社アプデエナジーなどでしょうか。
堀井 人機一体は、本学のロボティクス研究センターの研究者だった金岡博士が「世の中からあらゆる苦役をなくす」をコンセプトに起ち上げました。工事現場などでラクに作業できるように、人が乗って操縦できる巨大人型重機を開発しています。アニメに出てくるロボットを彷彿とさせるワクワクするような外観が特徴で、JR西日本の高所電線処理などで実際に活用されています。
Patentixは、次世代パワー半導体材料として注目されているGeO2(二酸化ゲルマニウム)の開発・製造販売をめざしています。半導体材料としては現在シリコンカーバイドが主流になりつつありますが、PatentixのGeO2はシリコンカーバイドに比べて約10倍の省エネ効果があると言われています。今後の展開によっては世界中のパワー半導体がこれに置き換わる可能性もあり、インパクトが非常に大きい企業です。立命館大学としてもとても注目している企業です。
奥村 九州にTSMC、北海道にRapidus株式会社の半導体工場ができ、関連企業が集積しているのに対抗して、現在「琵琶湖半導体構想」を打ち出しています。Patentixが原材料を開発製造し、周辺部品をパートナー企業が製造する。そうした企業連携によって、草津市にパワー半導体の集積拠点をつくろうというのです。この構想が実現すればテック系企業が増えて滋賀県の産業構造が大きく変わることになります。
堀井 MotorAIの代表は、元トヨタ自動車の研究者で、現在は本学理工学部で教鞭を執る清水悠生助教です。研究だけでなく、研究成果の社会実装もしたいとの思いから起業しました。AIで自動車のモーターを設計する製品を開発しており、これからどんどん事業を加速させていく予定です。
アプデエナジーは、EV用リチウムイオンバッテリーのカスケードリユースを行う企業です。バッテリーは使うにつれて品質が下がってしまうので、アプデエナジーはその時々の品質レベルにあわせて適材適所に利用できるように品質評価する技術や仕組みをつくっています。EV車に使っていたリチウムイオンバッテリーを家庭用の蓄電池システムに再利用し、さらに自動販売機、次はポータブル電池へ……などと何度も利用することで、最後まで使い切れるようにするわけです。
奥村 これまでEV用リチウムイオンバッテリーは、品質が下がるとほとんどのものは中国などに送られ、向こうで再利用されていました。せっかくの貴重な資源を海外に出すのはもったいないということで起業したのだそうです。代表取締役社長の王本智久さんは立命館大学の卒業生で、コアになるカスケードリユース技術は立命館大学理工学部の福井正博教授の研究成果です。福井教授は、アプデエナジーの技術顧問も務めています。
プレシード期を支援する新たな取り組みもスタート
ーーBKCインキュベータは、今後どのように発展していくのでしょうか。
堀井 本学は、経済産業省の2022年度「地域の中核大学等のインキュベーション・産学融合拠点の整備」に採択されたことを受けて、2025年度にオープンイノベーション拠点「グラスルーツ・イノベーションセンター(GIC)」を設立します。グラスルーツ(Grassroots)とは草の根という意味です。すでに咲いた花をどこからか持ってくるのではなく、まだ具体化していない社会共生価値の創出に資するようなシーズを見つけだして育て、価値ある企業として大輪の花を咲かしてもらいたいという思いが込められています。
施設1階は、大学発ベンチャー創出のきっかけとなる場で、地域の方や企業も参加できるイベントなどを開催する予定です。2階は起業直前のプレシード期からシード期の方に向けた賃貸施設になります。賃料を低く抑えているので、資金繰りに苦しむフェーズの方であっても入居しやすくなっています。アーリー期やミドル期の企業が入居するBKCインキュベータとあわせることで、幅広いフェーズの企業を施設面からサポートできます。ただ、その先に課題があります。草津市には、ミドル期後期からレーター期の企業が入居できるポストインキュベーション施設がほとんどないのが現状なのです。
河上 草津市としては、BKCインキュベータを卒業した企業に引き続き市内で活動していただきたいと考えているのですが、市内に企業の立地可能な土地が不足しています。そこで現在、新たな産業用地の創出に向けた調査を実施しながら、ここにいるメンバーとも連携し、ポストインキュベーション施設の創出に向けた検討を進めています。
槻舘 ひとつの施設だけで地域によい影響を与えることは相当難しいものです。BKCインキュベータとその前段階のGIC、そして市内にポストインキュベーション施設を設けることで、地域の産業活性化を加速させる新しいモデルになるのではと期待しています。
奥村 草津市の産業に貢献してもらうには、BKCインキュベータなどを卒業した後、草津市に定着してもらい、産業の活性化や雇用を生み出し、納税し、さらにIPOなどをして大きく成長してもらう、そして次のスタートアップのために投資してもらう。ここまでできて、やっと持続的に地域を発展させる“スタートアップのエコシステム”をつくることができます。長期的な取り組みになりますが、皆で力を合わせて、これを生み出していきたいですね。
20年後は価値ある企業が集まる魅力的な街に
ーーBKCインキュベータが誕生して20年が経ちました。次の20年が経ったら、本施設や草津市はどうなっていると思いますか。
奥村 20年後には草津市内にポストインキュベーション施設もでき、テック系企業が集積していると思います。中には成功してIPOする企業も何社か出ているでしょう。そうした企業が、次の立命館大学発ベンチャー企業に出資したり経営アドバイスをしたりする。つまり先ほどお話した“スタートアップのエコシステム”が、そのころには完成しているのではないかと思います。
槻舘 今、意欲あるスタートアップ企業の多くが首都圏に集中していますが、20年後はそれが変わって「新しいビジネスをはじめるなら草津市の方がよい」と思われるようにしていきたい。希望をもって起業できる環境が整いつつあるので、これからも立命館大学や滋賀県・草津市と連携しながら取り組んでいきたいですね。
河上 20年後も草津市でがんばって活動している企業を一社でも多くつくりたいです。草津市の特徴である住みやすさや交通利便性の良さを活かして、地方でも新たな取組や事業に挑戦しやすい環境で持続可能な未来に向けた職住近接モデルが実現できていればと思っています。
堀井 本学では立命館ソーシャルインパクトファンドを設立し、経済的リターンだけでなく、社会に価値をもたらす企業を支援しています。経済活性化はもちろんですが、20年後の草津市をソーシャルインパクトのある企業があふれる街にしたいですね。また現在、立命館大学の学生で滋賀県内に就職する人の割合は2%ほどです。学生たちが「ここに就職したい!」と思える企業が草津市に増えていけばと期待しています。そうなればテクノパークなどもできるかもしれませんし、企業や地域、教員、学生が交流することで知の循環が加速し、よりよい街になっていくと思います。