JR西日本✕立命館大学、オープンイノベーションでタッグを組んで新たな価値を届ける
学校法人立命館と西日本旅客鉄道株式会社(以下、「JR西日本」)は、2019年に連携・協力に関する協定を結び、互いの技術やノウハウを融合してイノベーション創出、地域創生などの課題に取り組んできた。協定締結から6年目を迎えるにあたり、立命館大学副学長の徳田昭雄、JR西日本デジタルソリューション本部の井上正文氏が対談。これまでの活動を振り返るとともに、それぞれが描く今後のビジョンや想いについて語り合った。
失敗を恐れないパッションが共鳴し、組織に突然変異を引き起こす
2018年に技術ビジョンを策定し、既存事業だけにとどまらない未来視点の事業開拓に一歩を踏み出したJR西日本。一方、立命館大学では2030年に向けたビジョンとして「次世代研究大学」を掲げ、ナレッジの社会実装、社会的インパクトの創出に力を入れている。両者はどんな点で共鳴したのだろうか。井上氏はこう振り返った。
「徳田さんとお話をさせていただいて、そのたびに挑戦心に共鳴しています。企業と大学、それぞれが積み重ねてきたものを、日本中、世界中にどう響かせていくのか。個々人の魂を震わせるようなテーマじゃないと人は成長しないし、企業としても社会貢献の真髄には到達できない。そんな徳田さんの言葉で、我々の心にも火がつきました」
JR西日本の社員を学生として受け入れたこともある徳田にとって、同社は長年気になる存在だったようだ。
「立命館大学もJR西日本も、本来ならばイノベーションは難しいと言われるような老舗の巨大組織です。そんな両者が同じようなタイミングに新しい方向に動き出したのは偶然ではないでしょう。未来予測が極めて困難な時代にあって、ありたい姿、あるべき姿に向かって、正解のない道をどう切り開いていくか。トライアル&エラーを繰り返しながら、エラーをしてもへこたれずに、周囲からの支持・共感を得ながら、ありたい姿に向かって進み続ける過程こそが重要です。失敗を恐れず、常にアイデアを練り、何度でも挑戦し続ける。そんなパッションを共有できていることに、私も心強く感じています」
井上氏が率いるデジタルソリューション本部ソリューション営業企画部は、まさにそんな挑戦のための部署だ。鉄道業界はもちろん、製造業界、球場などさまざまな関係先と協業することでフィードバックを得て、イノベーションを加速させているという。
「挑戦の最たるものが鉄道会社と大学という異種の掛け合わせですよね。私は、イノベーションは突然変異の連続だと思っています。自己満足で失敗を積み重ねるだけではダメで、違う視点や知識を持ったと交わることで、失敗を突然変異に変えるようなインプットを得る。そうやって互いに刺激を与え続けられるような関係を、立命館大学さんとなら築いていけると思っています」
ごみ箱から無限に広がるオープンイノベーション
これまで、広島県内のスタートアップ企業と連携したワークショップ「広島フィールドプラクティス」(2022年)などで協業してきた立命館大学とJR西日本。現在、立命館大学大阪いばらきキャンパスを舞台に、新たな実証実験が始まっているという。両者が描くイノベーションについて、徳田は以下のように話す。
「たとえば経済的にも社会的にも飛躍目覚ましい台湾は、「テクノロジーの実装先端」を自負しています。台湾は、サイエンスやテクノロジーそのもののフロンティアというわけではありません。その代わりに、新技術を製品やサービスにしてマーケットに出すのが非常に早くて上手い。立命館大学も同じように、時には外部のナレッジを取り入れて、テクノロジーを学内の施設や研究シーズのみならず、ファンドや社会受容性評価のような仕組みと掛け合わせることでスピーディに社会実装につなげることに軸足を置いています。その一環で、大阪いばらきキャンパスを「リビングラボ」に位置づけました。IoTやロボット、AIなど最先端テクノロジーのテストベッドとしてキャンパスを活用し、今回の連携でも、リビングラボとしての大学が大きな役割を果たしています」
一方、井上氏のチームでは、鉄道オペレーションで積み重ねてきた技術や最適化手法をもとに、新しい価値創造に取り組んできた。キーワードはオープンイノベーションだ。
「これまでも、鉄道関係の技術開発で大学の知見をお借りすることはありました。しかし、今回はテーマが決まっていない。お互いに何をやってもいいというなかで、学生さんにもぜひ関与していただいて、オープンイノベーションの新たな枠組みを見出していければと思っています。
外からの知見を取り入れるインバウンド、我々の技術を外で使っていただくアウトバウンド、この両方を並走させてはじめてオープンイノベーションと言えると我々は考えています。現在、立命館大学の大阪いばらきキャンパスで運用してもらっている『ごみ箱センサー』は、まさにそんなアウトバウンドの好例です」
駅構内のごみ箱はすぐに一杯になってしまうため、清掃スタッフが頻繁に巡回してゴミの量を確認し、回収しなければならない。それを解決するためにJR西日本が構想し、他企業と連携して開発したのが「ごみ箱センサー」だ。ごみ箱内部に溜まっているゴミの量を検知するセンサーを設置し、データを集約してごみ回収のタイミングを一元管理。さらに、日々蓄積されるデータを分析することによって、時間帯や季節ごとに清掃業務の最適化を図っていくようなイメージだ。
現在、大阪いばらきキャンパスでは、JR西日本から提供された50個のゴミ箱センサーが稼働している。十分なデータが取得できたら、他キャンパスにも展開していく予定だ。JR西日本にとっては、より広い意味での社会実装に向けて、イノベーションを加速させる格好の機会だと井上氏は語る。
「弊社では、ビーコンやセンシング技術を使ってデータを取得することで、業務や駅設備の最適化に取り組んでいます。ごみ箱はその一例なのですが、大学で運用させていただくことで、いろいろな課題への展開の可能性が見えてくるのではないかと期待しています。たとえば近隣の飲食店さんを対象に、学生さんの利用状況を可視化して、タイムセールに活用してもらえば、地域の活性化にもつながります。そんな斬新な取り組みから立命館大学の価値が上がり、参画してくれる学生さんが増え、自由闊達な意見をたくさんいただけるようになると嬉しいですね」
オープンイノベーションと言うのは簡単だが、実社会での実証実験にはさまざまな制約がかかる。その点、大学という限定的な空間で、管理者の同意のもとに実証実験を進められることは大きなメリットである。一方の立命館大学にとっては、外部のナレッジによって学内の課題を解決し、そこに研究者や学生が関わることで新たな価値創造にもつながる。徳田はそんな好循環を生む契機になるだろうと期待する。
「実証実験の場、リビングラボとして立命館大学を選んでくださったことに感謝しています。ごみ箱の稼働状況には学生の食生活も反映されているはずなので、たとえばデータを学内の食堂やコンビニ、キッチンカーなどと紐づけて、ダイナミックプライシングを利用して需給調整を図り、混雑解消やフードロスの改善につなげるようなこともできるかもしれません。そうした大学側のニーズや研究者の知見をお伝えし、一緒に解決策を探ることで、より価値のあるコラボレーションになればと思っています。そのためにも、まずはごみ箱センサーのプロジェクトで目に見える成果を出し、その価値が学内に浸透するところまでやりたいですね。
新しい価値をいかに市井の人々に普及させるかにこそ、イノベーションの本質があると私は考えています。人々の生活に密着した価値を日々提供されているJR西日本さんから、ぜひとも学ばせていただきたいところです」
誰かに「嬉しさ」を届けるまで、混ざり合いながら走り続ける
共鳴し合うところはあれど、社会における役割も組織文化も異なる両者。今回のコラボレーションにかける思いを、徳田はこう語った。
「最近、違う世界の人たちと交流する重要性をひしひしと感じるのです。私は研究者として、ものづくりの世界の規格策定に関わってきました。モノやサービスを売る際に踏まえておかなければならない国際標準規格は、欧米が「ありたい姿」を有利に実現するためのツールになっています。カーボンニュートラルやグリーンタクソノミーといったメタレベルのコンセプト規格やガイダンス規格が欧米主導で決定され、そこで決められた「価値基準」に従って莫大なESG投資の流れが決まっていきます。残念ながら、日本のものづくりは、その流れに乗ることが出来ていません。日本のものづくりの強みが、欧米主導の「価値基準」の中に織り込まれていないので、せっかく「良いもの」をつくっていても儲けに繋がらないのです。このことを教えてくれたのは、「ありたい姿」の実現を目指している海外の政治家や欧州委員会の官僚、そしておカネの流れをつくっている外資の投資運用会社の方々でした。
自己認識を新たにするには、外側の視点をもたなければならない。それができないと本当の勝ち筋も見えないわけです。今回のように違う者同士が混ざりあうことで、立命館大学の立ち位置、強みや弱みも初めて理解できるようになるのかなと考えています。
そして、オープンイノベーションは産学官に市民をも包括したイノベーションと言われていますから、立命館大学とJR西日本だけではなく、市民のみなさんをステークホルダーとして意識することも非常に重要です。いずれにしても、違う人たちを包括し理解すること。これがコラボレーションの出発点であり真髄だと考えています」
井上氏が見据えているのは、まさにその市民、最終的な利用者の目線だ。
「社内で新しい事業やサービスに着手する際、『その結果、誰が嬉しいねん』の『誰』を一番に意識するようにしています。今回の提携ではお互いがお互いにとっての『誰』かもしれませんが、それとは別に、最終的にサービスを届けたい『誰』かがいるはずです。その誰かを嬉しい気持ちにできるところまで何が何でもやりきりたいですね。
また、せっかくの連携も、遠慮しあって小さくおさまってしまっては面白くありません。他人の釜の飯を食い合うみたいにお互いの文化に入り込んで、体験する。先に決めたルールに従うのではなくて、混ざりあった中から生まれたものを尊重する。そうやって互いを変革しあい、誰かを喜ばせるというゴールまで突き進んでいきたいです」
JR西日本が開拓する最新テクノロジーと、立命館大学の人、場所、知の集積。両者から生まれる価値が私たちの生活を変える日は、そう遠くないかもしれない。
撮影協力:Compass Offices イノゲート大阪