これ以上温暖化を進めないために、日本を含むパリ協定に批准した世界各国が「2050年カーボンニュートラル実現」を宣言し、温室効果ガス排出削減に注力している。日本は「2030年度にCO₂排出量マイナス46%(2013年度比)」という目標を掲げ、2022年度の時点でマイナス22.9%を実現したが、目標達成はそう簡単ではないとされている。そんな中で注目されているのが、CO₂の排出量より吸収量を増やすことで、地球上にあるCO₂の総量を減少させる「カーボンマイナス」(欧米ではカーボンネガティブともいう)の考え方だ。

CO₂を吸収させる技術として近年、「バイオ炭」による「炭素貯留」が関心を集めており、海外ではバイオ炭研究の専門的な拠点の設立が進んでいる。立命館大学では2022年11月、他大学に先駆けてバイオ炭研究の専門的な拠点として日本バイオ炭研究センターを開設した。センター長の柴田晃(OIC総合研究機構客員教授)に、日本のバイオ炭研究をリードする先端的研究活動の詳細や本センターがめざすものについてお話を伺った。

カーボンマイナスを実現する研究拠点として誕生

まず、カーボンマイナスの考え方から解説してもらった。
「この400~500年、人間が化石燃料を使い始めて以来、地表上を循環する炭素は増加し続けています。カーボンニュートラルは炭素の排出量と吸収量のバランスを保つという考え方なので、すでに地表上にある炭素は減らず、使い増え続けている化石燃料の増加量を減らすだけでは、気候変動リスクを抑えるには十分ではありません。そこで、循環する炭素の総量を減少させるカーボンマイナスという考え方が生まれました」

カーボンマイナスを実現する有望な技術の一つが「バイオ炭による炭素の固定・貯留」(二酸化炭素除去:CDR)だとして、柴田センター長は次のように説明する。
「バイオ炭とは、樹木などの生物資源を原料とした、土壌への炭素貯留効果のある炭です。バイオ炭は、土壌の中で炭素を120年から1万年も固定できると言われています。植林によって森林を増やすのもカーボンマイナスの手段ですが、樹木が炭素を固定しておけるのはせいぜい数十年。燃やされたり朽ちたりすれば炭素を再び大気中に放出してしまいます」

炭素を固定・貯留する働きの永続性が、注目されるゆえんなのだ。さらに、バイオ炭には生物の活性化や土壌改善の効果もあるため、農業の生産性向上にも役立つ。また、バイオ炭の原料の中心は、農業、林業で発生する剪定枝やもみがら、間伐材など未利用バイオマスであり、その点でも有望なエコ技術である。

立命館大学では2019年、「立命館大学カーボンマイナスプロジェクト」を立ち上げ、バイオ炭に関わる研究を本格的に始動させた。2020年度からは、農林水産省「脱炭素・環境対応プロジェクト」において受託研究を共同採択。また2022年9月、本学は、J-クレジット制度に第1号として認定された「バイオ炭の農地施用」によるクレジットを購入した。J-クレジット制度とは、温室効果ガス排出削減・吸収量を「クレジット」として国が認証し、売買を認める制度。企業や自治体などが購入して、環境目標達成に役立てる仕組みである。

こうした研究・実践活動の高まりの中で、2022年11月に日本バイオ炭研究センターを設立。バイオ炭を活用してカーボンマイナスの社会実装を実現する持続的な研究の体制が整備された。

カーボンマイナスを進める意義や本センターの研究・実践活動の目的について語る柴田センター長

オープンイノベーションで社会実装を加速する

本センターの研究活動の特長は、バイオ炭の炭素貯留や土壌改良といった環境保全機能の向上を図る自然科学分野だけでなく、技術を社会実装する社会科学分野との両輪で動いている点だという。「両者は切っても切り離せない」と柴田センター長は話す。

「自然科学的な研究によってバイオ炭による炭素貯留・固定技術を進展させることは大事です。その一方で、社会科学的な知見を用いて社会で多くの人が活用できる仕組みをつくらなければ技術は生かされず、カーボンマイナスは実現しないでしょう。また、社会実装を進めようと思えば、バイオ炭が環境保全にどう役に立つのかを科学的・客観的に評価する技術によって、その価値を社会の人々に認めてもらうことが重要です」

本センター設立の翌月には、バイオ炭の研究・普及をオープンイノベーションによって推進する「日本バイオ炭コンソーシアム」を設置。社会科学と自然科学の両面からアプローチすることで、社会実装のスピードを加速させている。約150にのぼる民間企業、行政・地方自治体、大学などの団体や個人が連携し、多彩な研究や情報共有を行っている。

進行中の研究プロジェクトの一つ、バイオ炭を使った農地でできる農作物のブランド化事業は、まさに社会実装の仕組みづくりと言える。未利用バイオマスが豊富な中山間地域で、バイオ炭をつくって農地に施用。この農地で栽培した環境保全農作物を「クルベジ Cool Vege®」というブランドで、都市部の事業者や消費者に販売するというスキームだ。

「炭素貯留で地球を冷やす、かっこいい野菜という意味を込めた『Cool』を冠したネーミングで、環境保全意識の高い消費者へアピールする戦略です。クルベジをつくる農地のCO₂削減量の基準は、1haあたり1トン以上。商品1個当たりの削減量を記載することで、購入者がどれだけ環境に貢献するのか『見える化』しています」

「クルベジ Cool Vege®」のネーミングには登録商標を取得。地域や商品の特色あるブランドづくりのために考案した。

現在、青果卸・小売企業と組んで、4~5店のデパ地下店舗で販売しており、ブランドの知名度も徐々に上がってきているという。そのほかにも酒やワイン、珍しいところではゴルフ場のブランド化も検討中だ。ゴルフ場の「クール化」とは想像しにくいが、芝や樹木などの生育・管理が重要で、剪定枝などの未利用バイオマスも生まれるため、実はバイオ炭施用に最適な事業の一つだという。

「環境のことは気になるがどう行動していいかわからない人にとって、飲んだり、食べたり、ゴルフをするだけでCO₂削減に貢献できるのは魅力的。楽しくできる取り組みが求められているのだと思います。クルベジを買った消費者を対象に、環境保全意識を調査する実証研究も実施しています」

消費者を巻き込むことで経済を回し、持続可能な取り組みにすることがねらい。消費者の参画を促すシステムについて、経営学、政策科学の研究者とともに継続的な研究を行っているという。

一方、自然科学研究では、バイオ炭の原料や焼成温度による木炭の性質の違い、ポーラス構造と呼ばれる穴が無数にあいた炭の構造と吸着性との関係など、さまざまなテーマで他大学や他の公益研究所とも共同研究を行っている。また、バイオ炭の炭素貯留効果を定量化する分析法など、世界の最先端を走る研究もあるいう。
「バイオ炭の炭素貯留能力は、原料となるバイオマスの種類や産地によって違いがあるので、種類や焼成温度帯別にバイオ炭の標準品をつくり、ライブラリ化する研究を続けています。こうしたバイオ炭貯留データベースを開発し、その維持・運用による貯留データを蓄積していくことによって、バイオ炭による炭素貯留機能をより詳細に明らかにし、信頼性を高めていきたいと考えています」

カーボンマイナスを推進する「クールビレッジ」

これらの研究がめざす社会実装の一つの形は、地域の未利用バイオマスを原料にしてバイオ炭をつくり、バイオ炭を使った炭素貯留と土壌改良によって農業の活性化につなげ、それによってカーボンマイナスを実現する「クールビレッジ」づくりだと言う。

「クールビレッジ」では、地域のさまざまなステークホルダーがつながりバイオ炭によるCO₂削減という社会価値を創造・拡散していくことができる。

「クールビレッジでは、そこでできた農産物のブランド化だけでなく、カーボンマイナス地域であること自体をブランド化することが可能です。たとえば、バイオ炭J-クレジットを、カーボンインセットの対象として企業などに購入してもらうのもその一つです」

カーボンインセットとは、企業などが自社のバリューチェーン内で温室効果ガス排出量を削減するプロジェクトに直接投資し、自社の排出量と相殺する取り組みである。バイオ炭の農地施用はJ-クレジット認証対象のため、カーボンクレジットとして企業に販売することができる。本センターでは、別の組織をつくって、農家がバイオ炭J-クレジットを販売して収益を得て、新たなバイオ炭の購入・活用に生かせる仕組みを整備している。

現状、クールビレッジ構想の実現をめざす活動を進めている地域が、全国で10カ所以上にのぼるという。柴田センター長は、各地域ともパーツはできているが「総体として動かすには時間がかかる」と話す。たとえば、ブドウの剪定枝からバイオ炭をつくり、土中に埋めてブドウを育てワインにする時間は短縮しようがないからだ。「ただ、2年ぐらいの間には実現したいし、実際、実現させる地域が出てくるでしょう」と期待する。

日本、そして世界のバイオ炭研究のメッカに

本センターでは、日本バイオ炭コンソーシアムとの共同でシンポジウムを開催して研究内容を広く知ってもらうとともに、少人数で行うワークショップやセミナー、バイオ炭について気軽に相談できるオンライン相談会なども行っている。同コンソーシアムでは、バイオ炭研究の国内外の動向や会員のニーズに合わせて会員制研究会を組織しているが、会員はどの研究会にも参加でき新たな研究会を組織することも可能にしている。研究の自由度を高め、より広い層が参画しやすい仕組みが、バイオ炭の研究や社会実装、普及に不可欠だと考えているからだ。

柴田センター長は、本センターのビジョンを次のように語る。
「世の中の困りごとを、いいことに変えるのが研究センターの目的の一つ。一般廃棄物処理、河川汚染、竹林整備など、地域が抱える切迫した課題を、さまざまな関係者が協力しあいながらバイオ炭を通して解決する。そのプロセスを通して、バイオ炭の環境技術も進展します。
研究センターの名前に『日本』と冠したのは、バイオ炭研究の分野で日本のトップでありたいという思いからです。今後も国をまたいで多様な業界・研究者・行政官に参入してもらい、日本、そして世界のバイオ炭研究のメッカにしていきたいと思います」

本センターの実践は、環境技術を息の長い取り組みとして社会実装していくために、社会を構成するさまざまな主体を巻き込むことがいかに重要かを教えてくれる。日本発のバイオ炭の取り組みが世界をリードする未来が、すぐそこまで来ているようだ。

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