ロシアのウクライナ侵攻や中国を巡る情勢、各地で今も起こっている紛争や人権弾圧など、国際社会はさまざまな問題を抱えている。平和な社会を構築するためには、それらにどんな背景があり、どのような力学が働いているのかを知ることが肝心だ。
立命館大学国際地域研究所は、国際関係学と地域研究という2つの分野の融合によって激動する国際社会を研究する世界的にもユニークな研究拠点である。所長の足立研幾先生(国際関係学部 教授)、廣野美和先生(グローバル教養学部 教授/副学部長)、石川幸子先生(国際関係学部 教授)の3名にお話を伺った。

激動の時代に誕生した、国際関係学と地域研究が連携する研究拠点

国際地域研究所(以下、国地研)が設立されたのは1988年。設立の背景には当時の国際的な情勢があったと足立先生は語る。

「1988年というと、東西冷戦が末期に差し掛かり、国際関係が新たな秩序に向けて動き始めているという認識を誰もが持ちはじめていた頃です。立命館としては、国際関係に関する知見を収集し、社会に還元するための拠点をつくるべきだという要請がありました。

そこで、『複雑な国際関係を理解するために、それぞれの地域の実情を踏まえつつ全体を俯瞰する視点が不可欠』という発想のもと、国際関係学と地域研究が連携する研究拠点として設立されたのが国地研です。同時期に設立された国際関係学部とともに、それぞれが研究・教育を担う両輪の関係として今日まで活動しています」

地域研究では、研究者自身が現地に入り込み、言語を習得し、その地域のスペシャリストになることが求められる。一方、国際関係学はあくまで国際社会全体を俯瞰する視点が重視される。考え方の異なる2つの分野の連携は、はじめから順風満帆というわけではなかったそうだ。

「国際関係学と地域研究では、研究で用いられる用語や概念といったレベルから齟齬があり、研究に対する目的意識も違います。私は当時を直接知っているわけではありませんが、両者が同じ場で議論をするという土台をつくるのに10年ほどかかったと聞いています。そのようななか、両者が連携するための共通のテーマとなったのが、立命館の教学理念である『平和と民主主義』です。平和や民主主義をグローバルな視点で実現していくという目標のもとで、ここは連携が必要だという共通認識が育っていったようです」

足立研幾先生(国際関係学部 教授)

世界が大きく動くとき、今を読み解き未来を見通す知見が必要とされる

平和と民主主義の実現をめざして地道に活動を続けてきた国地研だが、世界が大きく揺れ動くような出来事が起こるたびに、社会からの注目は大きくなっていったという。

「国地研が注目されるきっかけとなった出来事は、これまでに大きく3つありました。1つ目は設立後まもなく、冷戦が終結し、国際社会の動向に関心が集まっていた時期です。一時期は、冷戦が終われば世界は平和になってゆくと素朴に信じられていたこともあったのですが、その希望は裏切られました。2つ目は2001年のアメリカ同時多発テロが発生したときでした。冷戦後、大きなイデオロギー対立が解消されたと考えられていましたが、様々な価値観は地域によってきわめて多様で、それらが時に衝突し、暴力につながることが露見してきたのです。

そして3つ目が、2022年に勃発し、今なお続いているウクライナ戦争です。21世紀になっても古典的な国家間戦争がありうるという事実は、研究者にとっても大きな衝撃でした。そうしたなかでいかに新しい国際秩序をつくっていくのか、これは今まさに誰もが無関係ではいられないテーマでしょう。国地研ではメディアの取材に可能な限り対応してきたほか、シンポジウムを開催したり、その内容を書籍として出版したりと、広く社会に向けた情報発信に努めてきました」

世界が激動するとき、それまでに蓄積してきた知見を発信することで社会の需要に応えてきた国地研。2023年の現在、社会の関心が最も高まっているテーマは「強国化する中国」だという。

「中国といかに関わっていくか。さらに発信を強化していくために、国地研の重点プロジェクトのひとつとして取り組んでいます」

国地研の柱となる2つの重点プロジェクト

国地研の発展をホップ、ステップ、ジャンプの3段階で捉えると、国際関係学と地域研究の連携の土台をつくった第1段階、民主主義やアジアの問題といった国地研の強みを伸ばしてきた第2段階につづき、現在は第3段階に入っていると足立先生。「紛争・平和構築研究」と「拡大する中国の影響力と国際秩序」の2つのテーマを重点プロジェクトに位置づけ、国際関係学と地域研究をさらに緊密に連携した研究に取り組んでいる。

「冷戦終結以来、世界的に見ると国家間の戦争の懸念はかなり減ったと考えられてきました。一方で民族紛争や宗教紛争、国家による人権蹂躙は後を絶ちません。重点プロジェクトの1つ『紛争・平和構築研究』では、アジア各地でいかなる紛争・問題が起きているのか、地域別に4つのユニットに分かれて地域個別の問題や共通点を探り、平和を構築するために私たちはどうすればいいのかを考えるという趣旨で研究に取り組んできました。
ところが、昨年ウクライナ戦争が起こったことで、国家間の戦争についても新たに考え直す必要がでてきています。SNSを使った情報戦など従来の戦争とは違った様相も見えるなか、現代の紛争と平和、民主主義についての全体像を捉え直そうとしています」

石川幸子先生は紛争・平和構築研究のキーパーソンの1人だ。東南アジアユニットのメンバーとして研究に携わりつつ、国地研の副所長としては外部機関との連携を中心に担っている。

「私はJICAで長年に渡って平和構築の実務を経験して、2年半前に立命館に着任しました。現在は紛争、平和構築、開発といった問題を研究していて、とくに冷戦後に登場したヒューマンセキュリティー人間の安全保障という概念を専門としています。

国地研の特徴として、国際関係学と地域研究の融合はもちろんですが、さらにいえば理論と実践の間を埋めるような活動にこそ、その魅力があると思っています。そのために取り組んでいるのが外部機関との連携です。近年はJICAでも緒方貞子平和開発研究所という研究拠点が設置されて、JICAの活動を理論的に整理しようという動きがあるのですが、そこと国地研がタッグを組むことで大きなシナジーを生むことができると考えています」

石川幸子先生(国際関係学部 教授)

もう一方の「拡大する中国の影響力と国際秩序」プロジェクトではどんな問題に取り組んでいるのだろうか。中国政治を専門とする廣野美和先生が答えてくださった。

「中国に関しては、3つの視点から国際関係と地域研究の融合に取り組んでいます。1つ目は、中国の内部から見た経済、産業、社会に迫る地域研究です。具体的な例を挙げると、中国の経済政策、イノベーション産業やアニメーションなどの文化産業、社会政策の一環としての福祉など、さまざまな分野に注目した研究を進めています。2つ目はトランスナショナルな中国研究です。中国企業の多国籍化が進むなかで、国外でどのような戦略を取り、行動しているのかに注目しています。3つ目は外交分野で、外部から、つまり国際的な視点から見たときに中国が国際秩序にどのような影響を与えるかという国際関係論の研究です。

これら3つの視点に関わってくるのが「一帯一路」、つまり中国が途上国などに積極的に投資し、広域の経済圏をつくることをめざす構想です。中国内部と外部、トランスナショナルな視点はもちろんのこと、投資先の中には紛争を経験した途上国も含まれるため、平和構築にも関係するテーマと言えます。一帯一路について多層的に研究した成果は、『一帯一路は何をもたらしたのか』という書籍として刊行しました」

廣野美和先生(グローバル教養学部 教授/副学部長)

2つの重点プロジェクトのほかにも地域やテーマに特化した複数の「研究所内プロジェクト」が進行中だ。それぞれの独立したプロジェクトを全体としてまとめ上げることで、広さと深さをもった国地研ならではの知見が生み出されている。

分断を乗り越えるための確かな情報と価値観を、京都から発信したい

国際情勢の先行きが不透明さを増すなか、国地研は社会に対してどのような価値を発信できるのだろうか。画一的な価値観から距離を置いた見方・考え方を模索することが必要だと足立先生は言う。

「私たちは『平和と民主主義』の実現を第一に掲げていますが、先程も触れたように、現実の世界には画一的な民主主義があるわけではありません。各地で異なる考え方をしっかり踏まえた上で、紛争・戦争を減らし、人々が安全に暮らしていけるような世界をつくっていくことが使命だと考えています。加えて、アジアの東端にある拠点として、西洋的なものの捉え方を相対化し、地域間の差異に目を向けるということは常に意識しています。京都という立地も、政治権力から距離を置いて行うのに適しているといえるのかもしれません。海外の研究機関からも連携の声をかけていただけるのは、こうしたアカデミックな立ち位置が評価されているからではないでしょうか」

国地研として今後力を入れていきたいことを尋ねると、廣野先生は、地域研究をとおして企業が海外への投資や貿易をする際に有用な知見を共有することや、国際的な研究力をもった若手研究者の育成を挙げた。石川先生は、JICAをはじめとする外部のアクターとのさらなる連携協力の推進に意欲を燃やす。最後に足立先生は、「設立時からのビジョンを守りつつ、継続的に発展させていきたい」と語ってくれた。

「地域研究と国際関係学の融合はまだ道半ばですし、研究成果を現実の紛争解決や平和構築に役立てていきたいという大きな目標もあります。そして、一般の人々への発信にもまだまだ取り組んでいかなければなりません。今の世の中に溢れる情報は玉石混交で、その中で人々が自分の関心のある情報のみにアクセスするため、異なる属性や考え方をもつ人々の間で分断が進んでしまっています。この状況を少しでも変えられるように、国地研は平和や民主主義について発信する信頼できる情報源でありたいと思っています」

関連情報

NEXT

2023.09.08 NEWS

立命館×komham社のコラボコンポストをさっぽろオータムフェストに設置

ページトップへ