2019.02.17

研究成果を現場に活かす取り組み

研究室では年間を通して様々な実験(研究)を行っていますが、それとは別に本学の運動部所属のアスリートに対する科学的サポートにも取り組んでいます。特に、インテグレーションコア3Fには低酸素室が設置されていますので、この施設を利用した「低酸素トレーニング」を積極的に導入しています。低酸素トレーニングというと以前はマラソン選手など持久性スポーツ種目の選手に対してのみ使用されてきたのですが、研究を通して、球技種目の選手など10秒以内のパワー発揮を短時間の休息を挟んで繰り返す「間欠的なパワー発揮能力」の改善に有効であることが明らかになりました。さらに、低酸素トレーニングの恩恵とは縁がないと考えられていた陸上競技の短距離種目の選手を対象にした研究においても、通常環境で行うトレーニングと比較して効果の大きいことが認められています。

これらはすべて実験室での研究を通して明らかにしてきたことですが、私達の最終目標は研究から得られた成果を実際のトレーニング現場に還元し、選手の強化に活かすことです。このような点から、1月中旬から約4週間にわたり、女子陸上部短距離種目の選手数名が低酸素トレーニングを継続してきました。室内の酸素濃度を減らした常圧・低酸素環境内で、専用の自転車エルゴメータを用いた数秒〜60秒程度の高強度でのペダリング運動を複数回繰り返すという大変厳しい内容です。低酸素環境では通常酸素環境と比較して筋肉内でのグリコーゲンの利用が亢進することから、乳酸の産生が増加します。また酸素摂取量は低下しますので、「少ない酸素で大きなパワー発揮を繰り返す」ことが求められ、このことが筋肉や呼吸循環系に対し強いトレーニング刺激をもたらします。トレーニング期間の前後では、数種類のパフォーマンステストを実施し、低酸素トレーニングの効果が十分に得られているかを徹底的に検証します。先日、トレーニング期間後のパフォーマンステスト(ポストテスト)を行い、予定していたすべてのスケジュールを終えました。

毎回のトレーニングには大学院生が立ち会い、マンツーマン体制でサポートをします。普段、大学院生の研究活動は実験、論文執筆や学会発表などが中心です。一方で、スポーツ科学(トレーニング科学)は応用分野ですので、研究を通して得た最新の知見をスポーツ現場に活かして欲しいというのが私の考え方です。そのため、2010年の学部開設時から今回のような科学的サポートに取り組んでいます。

幸いにも、低酸素トレーニングの導入を含む科学的サポートの依頼を学生側から受けることも増えてきました。しかし、すべて対応できるわけではありませんので、依頼を引き受けるかどうかは慎重に判断をしています。その際の判断基準としては2つあります。まずⅠつ目は、選手が本気であるかどうかという点です。2つ目は、その選手が所属するチームと密に連携が取れるかどうかという点です。所属する運動部で強化に尽力されているスタッフ(監督、コーチ、トレーナー、マネージャーなど)と意思疎通が図れるか、事前に議論ができるか・・・これはきわめて重要な点となります。選手を個人的にサポートするのではなく、「チーム」と「研究室」という組織同士での連携ができるか否か、この点を見極めています。こちらにも責任がありますので、安易に引き受けることは決してありません。

今回、嬉しいことがありました。トレーニング期間後のパフォーマンステスト終了後、サポートを担当してきた3名の大学院生に対して選手から感謝の気持ちを示す色紙などのプレゼントがあったようです。選手達に「サポートをしてもらって当然」という思いはなく、感謝の気持ちをもってトレーニングに参加してくれていたことがよく理解できます。「強くなりたいという選手」と「自分達の専門性を活かして選手強化に貢献したい若手研究者(の卵)」が大学という組織の中で上手く融合し、互いに成長していることが感じられました。

ちなみに、今回の科学的サポートを主導したNobukazuくんは、4月からは国立スポーツ科学センター(JISS)において研究員として勤務する予定です。科学的サポートの対象を、本学所属の選手からオリンピックを目指すトップレベルの選手にまで広げ、まずは2020年に迫った東京オリンピックに向けての選手強化に存分に力を発揮してくれることを願っています。
 (goto)20190217-01
 (goto)20190217-02
 (goto)20190217-03
GOTO