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2018.02.17

2017年度体育会歓送会

   2017年度立命館大学体育会歓送会が、体育会本部と立命館スポーツフェローの共催でグランヴィア京都で開催されました。59の体育会公認クラブをはじめ、同好会、登録団体等々の参加者は、改めて入学以来4年間、勉学との両立に苦労しつつ共に汗し、励まし、学びあい、時には衝突し、悔しい思いもしながらも共に喜び合った日々などが思い起こされたのではないかと思います。また、現役部員の活動を支え、活躍を我が事のように喜び、讃え合い、感動を共有できる幸せを学園の発展に繋げていくスポーツフェロー・校友や学園関係者の思いの強さにはいつも感激しています。本学で学び、輝かしい戦績とそこで培われた、協力・勤勉・克己・公共心・奉仕等の精神は、大きな財産となることを祈っています。

さて、この会に出席されたゼミ学生の心境・感慨は如何でしたでしょうか。いつものように以下にご紹介したいと思います。(老ブロガー・ハル)


 

立命館大学体育会歓送会を終えて

 伝統ある立命館大学体育会に所属し、4年間大好きなソフトテニスを思い切りプレーすることができたのは,監督をはじめとする指導者や多くの立命館大学関係者の方々のおかげだと思っています。また、4年間を通して関西リーグ戦や全日本インカレにはOB・OGの方々が応援に駆けつけてくださり、これまで経験したことのない縦の繋がりというものを実感することができました。大会当日には,立命館大学というだけで先輩方にお声をかけていただく機会もあり、とても心強く感じたこともありまし。.

 私たちは今年度をもって現役を退きますが,これまで支えてくださった先輩方とともに、今後活躍する多くの後輩たちの活躍を期待し、陰ながら応援していきたいと強く思います。この4年間で培ったことを活かし、一社会人として立派に成長できるよう日々努力して参ります。4年間ありがとうございました。立命館大学万歳!!(T.O.

 

-そして送り出す後輩は

歓送会を終えて

先日、2017年度立命館大学体育会歓送会に参加させていただきました。私は昨年も参加させていただいたのですが、3回生として参加する歓送会は、昨年よりも特別なものを感じました。2回生の頃よりも、普段の生活や行事を通して、私の顔を覚えていただいた先生や体育会の友人が増えたため、歓送会を通して沢山の方々とお話をする事が出来ました。また、部活のOBOGの方々へ来年度に向けての挨拶に伺ったり、4回生と懐かしいお話を交わす事で、これからますます濃くなっていく自分たちの時代への励みになりました。諸先輩の皆様の今後のご活躍お祈りいたします。

体育会本部が用意して下さったビデオやパンフレットは昨年よりも更に面白く、大変楽しい会となりました。来年の歓送会も楽しみです!(N.I.

2018.02.10

春は名のみの・・・

 立春を過ぎたのに、寒風吹きすさぶ日が続いています。春は名のみの風の寒さや・・まさに "・・・・時にあらず♪” といった感じです。写真は、クインス越しに雪を戴いた比良の山々に、今日も雪雲がかかった様子です。


北陸地方は三十数年ぶりの豪雪。さらに今日も降雪が続き日常生活に支障を来しているニュースが流れていますが、折しも受験シーズンが続いています。受験生の皆さんの健康と健闘を祈っています。

 大学は春休み期間中ですが、学生にとってはこの1年間を振り返り、年度当初の目標や課題を基に、主体的に何を学んできたのか、自分の歩いてきた道程を振り返り、新たな学年に進む心構えを固める時期かと思います。学生時代の最後の試験が終わり、卒業を目前にした4回生。振り返ってみてあなたの大学生活4年間の学びは如何だったでしょうか。きっと満足のいくものであったかと思います。

学生時代(もう半世紀前になりますが)、スペンサーの「知育・徳育・体育論」(明治図書刊)をもとに体育原理の講義の中で、「学びは事実の獲得であり、知識としての価値とふるまいである。」と言われたことを不正確ながら記憶に残っています。今流で言えば、学ぶとは何かを吸収することではなく、それらを基に行動しさらに新しい学び(課題の発見)を創り出すことといえるかもしれません。全員に等しく付与された4年間を、専門性に触れ積極的に行動した人にはあまりにも短く感じられたかもしません。一方で学びの厳しさから挫けて、苦痛な毎日を過ごした人にとってはなんと長く感じられたことか(大学院時代のワタシ?)。しかし、今になって振り返ってみると皆貴重な経験になっていると思っています。

専門的学識と学ぶ姿勢、さらに培われたであろうレジリエンスとハーディネスを持ち、有為な人材となるべく学窓を巣立っていく皆さんの活躍を願っています(まだ、早いのですが)。(老ブロガー・ハル)


2018.02.03

時々の初心

  大学院の口頭試問に備え、少し早めに床についたせいか4時に目が覚め、いつものようにラジオのスイッチを入れたら、いきなり時々の初心忘るべからずと生き方についてのインタビューが紹介されていました。初心忘るべからずは良く耳にしますが、時々の初心忘るべからずははじめて耳にしました。世阿弥の「花鏡」で述べられているとか(恥不勉強)。

  妙に気になったので、調べてみましたら(「教育名言辞典」寺崎昌男,東京図書)、年齢を重ね、上手になった後で慣れが出てくるのを戒めて初舞台の賢明さを忘れるなという言葉で有り、さらに、老後の初心忘るべからずでは、60歳を過ぎて名人と言われる域に達したとしても、絶えず初心に立ち返って精進がなければならないことを戒めたものである、とのこと。初心の大切さや懸命さを大切にして努力することの意義を説いたものではありますが、初心は常に不変である必要はなく、年齢や境遇の変化に応じて、自分自身を向上させるに応じて変化していくものであり、慣れで無自覚に過ごすことの問題点を戒めたものと勝手に解釈しました。その意味では、初心はいつでも無限の可能性を持つのではないかと思い、今からの初心もあり得るのではないかと思っています。

 3回生の後期試験の最終日であり、大学院の口頭試問が終わったので、この日の晩、ゼミ生としてのこの1年の振り返り、特にスポーツ心理を選択し何を自ら学んだかと、これからの覚悟(卒論&就活)=時々の初心について語りながら一時を過ごしました。(老ブロガー・ハル)

 以下は、学部生のゼミに積極的に加わり、この間ゼミ生としての勉強の仕方、過ごし方を示してくれた院生の少し感傷っぽい一文を紹介します。



   130日、修士論文の口頭試問を終えることができました。2年間の「学び」の成果を出し切ることができ、今は「やりきった」という気持ちでいっぱいです。今回の研究をベースに、投稿論文を今後書いていきたいと思っています。この日の夜には、3回生のゼミ生が飲み会を開催するとのことで、先生と参加しました。1年間、毎回ゼミに参加し、この日が最後・・・と考えると、感慨深いものがありました。ゼミでは見ることができないような個々人の表情を見たり、それぞれの話を聞き、非常に楽しい時間を過ごすことができました。ゼミ以外のこのような塲の大切さを改めて感じた時間でした。卒業するまで見届けられないのが悲しいですが、今年の4回生のような「頑張り」を見せて、無事に卒業してくれることを少し遠くから見守りたいと思います。

2018.01.27

厳しい寒さの中で

1年のうちで最も寒さの厳しい頃とされる大寒、その名に違わず今季一番の寒さどころか、数年に一度の大雪とか。郷里の新潟市内では、例年なら10数センチ程度の積雪が、今年は80センチもあり、雪下ろしをしないといけない程の積雪で「大変だわね」との連絡がありました。此方では、帰宅時の冷え切った夜、見上げると澄み切った夜空にオリオン座の輝がすぐに目に入り、白い息を吐きながら頬をほてらせ、つい星座に見とれてしまったりしています。

早いもので冬至を過ぎて一月ほどですが、日が次第に長くなっていることを実感でき、確実に春が日に日に近づいて来ていると感じさせられ、立春が待ち遠しくなってきます。

先週金曜日で今年度の講義が終わり、今は後期試験のまっただ中。琵琶湖線の車内、シャトルバスの中はもちろんのこと、キャンパス内はいつもの賑わいとは異なり、試験教室や図書館等に皆黙々と向かって歩いている感じがします。セントラルアーク内でも、普段なら談笑の場となって賑やかなのに、この期間はテキストやノートパソコンを広げ、食い入るように見つめながら何かメモをとったりしており、その真剣さが、コーヒーとクレープを味わいつつ休んでいる此方にも伝わってくるような感じがします。学年末試験=今年度の最後のふんばり、がんばれ!

勉強でもスポーツでも真剣に打ち込んでいる姿には、人を魅了するものがあります。将来の限りない可能性への挑戦であり、自らの成長への努力でありますが、それはまた、社会の一員として我が国の将来に明るい希望をもたらしてくれるものと確信しています。期待せずにはおれません。(老ブロガー・ハル)


2018.01.20

それぞれの挑戦

 寒に入り、寒い日が続き、立春が待ち遠しく感じられる昨今、とかく部屋に閉じこもりがちな毎日ですが、週末にはこの時期を象徴するかのようなイベントがありました。受験生にとってはこれからの人生を左右するかもしれないセンター入試、地元の期待と栄誉を担って覇を競った全国都道府県対抗女子駅伝2018、いずれも一朝にして目標が達成されるものでないことは言うまでもありません。偉業を達成する、人より一歩先を進むためには、時には修行僧のようなストイックな日々の取り組みが求められるということを、月曜日、うっすらと一面に雪の積もった早朝のグランドに残された足跡を見て感じました。努力に即効性はなく、今日も明日も続けることの大切さは今も昔も変わらないと。

 そして、今日は卒業論文の口頭試問がありました。4年間の学びの集大成と力作を誇らしげに発表する学生。もっと頑張っておけば良かったと反省の思いが滲んだ内容の学生。それぞれの思いは異なっても、限られた時間の中でまとめ上げた集中力と気力でもって取り組んだ過程で得たものの大きさは、これからの人生に大いに役立つものと思います。ゼミ生の多くは日頃のクラブ経験で感じた身近な心理的な問題意識を基に取り組みました。以下はO君の感想です。

 

 私は,「試合展開における選手の競技不安が競技成績に与える影響-ソフトテニスプレーヤーの心拍数と競技不安尺度:STAIを用いて-」をテーマとして研究を行いました。競技不安は全てのスポーツ選手の抱える問題であり、“あがり”と共に古くて新しい問題でもあります。

 勝敗とファーストサーブの成功確率を競技成績と設定し,リードしている時、されている時、同点の時などの状況別に、サービス動作開始時間と競技不安,生理的反応の3つの要因との関係について調べました。その結果,競技不安を感じている方が高いパフォーマンスを発揮できることを見いだしました。このことは防衛的悲観主義にも関わることであり,現場に活かすには,「男子のソフトテニスのダブルスの試合に限り,最悪の場合を想定し,試合に臨むまたは進めることで良い競技成績に繋がる」ということを定量的(客観的)に示すことができました。最後に,卒業論文作成にあたり,実験参加者、貴重なアドバイスをしてくれたゼミの仲間に感謝します。


 

卒論作成といった土壇場でのゼミ生のつながりは貴重な財産になると思います。(老ブロガー・ハル)

2018.01.13

成人の日の頃になると・・思い出すこと

  新成人の皆さんおめでとうございます。「おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝い励ます祝日」とされる国民の祝日、全国で約123万人の新成人が誕生とか。本学でも約8000人の学生が、法律的にも大人となり、社会的責任も重くなることを自覚し、自ら考え、自ら行動し、自分の行動に責任を持つ気持ちを新たにされたとともに、今後の人生の夢の実現のために努力する覚悟を持ったと思います(飲酒の解禁だけでない!)。



  今日の成人式に類する儀式は、奈良時代から始まったとか。ですから1300年以上もの昔から行われていることになります。今年は生憎の天気でしたが、祝い励ます気持ちには変わりなく、意義ある人生を送られることを期待したいと思います。



 晴れ着姿の新成人を見ながら、丁度半世紀前の学生時代を思い出しました。大学紛争のまっただ中で大学はバリケード封鎖。もちろん講義を受けられる状態でなくクラブと図書館で過ごす日が続きました。成人の日(当時は15日)から2、3日後だったと思いますが、所謂東大安田講堂の攻防を機に、大学は機動隊による封鎖解除がなされましたが、この年東大と共に入試が中止(体育学部のみ実施)されました。全国の大学といっても良いかと思いますが、学内は種々の学生組織(セクト)の対立・抗争が続き騒然としている中で、帰省し成人式に出席する気にはなれず、同じ三畳一間の下宿(アパートでなく)の友人(大学は異なり工学部、医学部、体育学部)と近所の根津権現にお参りに行き、将来に対する学生としての焦りについて語ったことを覚えています。高度経済成長期で、公害などの様々な社会的矛盾が発生しつつも、どこか勢いのあった頃でした。大学進学率は十数パーセントで、学生は総じて慎ましい生活?でしたが、活動的で知的欲求に飢えていた時代。時代は変わり、また豊かな社会になったことを実感しています。もはや、Stay Hungryは流行らないのかも。(老ブロガー・ハル)

2018.01.06

明けましておめでとうございます

 皆様、新年おめでとうございます。年が改まると健康や幸せを心から祈り、平和で平穏な年であって欲しい、また、求めるものが実現して欲しいと願う姿はどこでも共通であるように思えます。暮れの29日に知人の所の地鎮祭(仏式)に出席した折、お坊さんが正月にかけて大和國信貴山の朝護孫子寺に籠もられるとのことで、何年振りかで初詣に出かけました。おみくじは小吉でしたが、道合須成合で願い事は叶うとのこと。そうあって欲しいと気を良くはしたものの、当然のことながらひたむきな努力と実践が伴ってこそ!とのことと脚注的な記載がありました。心せねば!

お正月には、時間は無限に流れていき、その無限の流れをかりに365日ごとに区切ったに過ぎず、普通の日、昨日とどう違うのだ と実験室に泊まり込み粋がっていた院生時代が懐かしく思い出されます。ある意味、目標を持って(論文書き)邁進していた若者の心意気かもしれませんが、見ようによっては気持ちに余裕のなかった時代かもしれません。

去る1230日の全日本大学女子選抜駅伝(富士山駅伝)では、見事に仙台でのリベンジを果たしてくれました。昨年までは現地での応援でしたが、今年はテレビの前での応援でした。赤地に白文字の立命館の旗が振られる中見事な力走、2区では12人抜きでトップに立ち、2位東農大に2分もの大差をつけてのゴールでした。翌日“立命大圧巻5連覇”の大きな見出し文字が踊る地元の新聞(京都新聞)を買いに隣駅(奈良駅→木津駅)のコンビニに行ってきました。選手の活躍、その背後にある目標を目指してひたすら練習し続けいる選手の日々の努力を思いやり、立命館アイデンティティ!人と人をつなぐスポーツの力を実感しました。

本年もよろしくお願い致します。(老ブロガー・ハル)



2017.12.30

冬景色の中で

 早いもので、今年も師走に入ったと思ったら冬至が過ぎ、クリスマスの今日は今年最後の授業日となり、寒風の強い中でも出席率は良く、常に学ぶ姿勢で学生生活を過ごしていることに改めて感心しました。スポーツカウンセリングとメンタルトレーニングの講義の中で、スポーツなどの普段の練習で、惰性に陥っていないか、日々の気づきと意図性が重要なことを話しました。少し拡大解釈を許してもらえるなら、“我々の心の作用として、現在のままの状態を維持し、新しいことに取り組む危険を避けようとする心性”のあることが指摘されています。これは“バイオメカ“の学生にとってはニュートンの慣性の法則と同じようなことが我々の心の働きにもあると感づかれたと思います。惰性的な状態に変化を与えるには外部からの力が必要であるとのことですが、人の場合、外部からの力は、目標であったり、熱意や意図性といった自覚とある種の覚悟(メタ認知)と言っても良いと思います。メンタルトレーニングが往々にして方法論に目を奪われがちで、インスタント的な効果を期待されていますが、自己分析・自己理解、将来設計おける強い信念が必要となります。

 冒頭の題とは大分ズレた内容となってしまいましたが、戻りたいと思います。昼食後時々キャンパス内を歩いたり、下校時には南草津駅まで歩いたりしていますが、この時期冬枯れ特有の景色を目にします。新築なったスポーツ健康コモンズの裏手の貯水池に、野生の鴨の親子?が連れだって水面をゆっくり泳ぎ、時々水中をのぞき込んだりしている様子は、寒さを忘れ、のどかなキャンパス風景と感じさせてくれます。大学からの帰り道、収穫期はとっくに過ぎ、葉はすっかり落ちてしまったのに柿などの果実を木に残してある家を見かけます。もったいないなあとか、まずいので残してあるのかと思っていたら、果実を残すのは翌年の豊作を祈るおまじないとも神への感謝の供え物とも言われ、“木守り“という風習とか。

季節の移ろいを感じつつ、今年1年も終わろうとしています。来年も皆様にとりましても、それぞれ飛躍の年でありますように。(老ブロガー・ハル)


2017.12.23

卒論を終えて

 例年なら非常に慌ただしい日がこの卒論提出日であるのに、今年は院生の協力もあり、大部分の学生が2,3日の余裕を持って提出することができました。卒論の取り組み方には、学生の性格がよく現れますが、行っているスポーツ種目特有の性格と似通った面があるようにも思えます。スポーツ心理学では、競技特性と心理的適性といった側面から、陸上競技、体操競技などの個人種目は、克己心に富み、責任感が強くマイペースの努力家で、結構思い込みの強い選手が多いと言われておりますし、バレーボール、バスケットボールのような集団種目は協調的で、他者への配慮や思いやりがある反面、やや無責任で意思が弱く(少し言い過ぎのようですが)周囲に流される傾向のあることが定説?となっています。戻って、卒論では、ゼミで1番早かったのが陸上競技部に所属している学生でした。取りかかると全力で仕上げていく様子は正に競技そのもの。一方1番遅く締めきり当日の午後に完成させた学生は、集団競技種目の学生でした。締め切りまでにあと何日あるから、「今日はまだ他のことをやっても大丈夫!」と変なゆとり感で最後は大慌て?違ったタイプの取り組み方に、教員は振り回されていました。でも、全員作成することができたことには、さすが立命館大学生!必要に迫られると実力を発揮してくれました。評価は別!と前置きして、提出祝いにピザを食べました。


 

「普段から本を読むように、文献を読むようにと言われていた意味が論文を作成してやっと理解できました」「この数ヶ月程密度の濃い時間はなかったです。もう一度ゼミに入った頃に戻りたい」等々、後悔の弁を多く耳にしましたが。後悔する者にのみ許しが与えられるといわれているように、これら後悔、反省の弁はきっとこれからの人生に大きな教訓として役立つと思っています。(老ブロガー・ハル)


・・以下、学生の現在の思いです・・・・・・

私は陸上競技とリーダーシップについて卒業研究を行いました。研究を論理的に進めることは難しかったのですが、自分の立てた仮説を立証することができ、今は達成感でいっぱいです。この成果を、リーダーのポジションについた時に現場で活かしたいと思っています。

学生生活を振り返ると、学業と部活の両方でかけがえのない経験をたくさんさせて頂くことができました。その経験の中で支えてもらった、たくさんの方々に感謝の気持ちでいっぱいです。2018年からもその経験を糧に陸上選手として1人の人間として成長していきたいと思っています。


2017.12.16

スポーツの関わり方

 天気予報通り、スタート時はやや寒かったものの、爽やかに晴れ上がり絶好のマラソン日和となった10日、地元の“奈良マラソン2017”が開催されました。出場選手は19,342人(2/3以上は県外選手で、台湾、中国、イギリスなどの海外からも700人以上とか、本学の院生も出場しました)。毎年、参加申し込み受付十数分で締め切られる(先着順)ほど人気のある大会となっており、今年で8回目となりました。地方都市の特色を活かしたスポーツツーリズムの成功例ともなっています。奈良から天理までの往復コース、世界遺産となっている多くの社寺や平城宮跡の朱雀門などを巡るコースは、何と贅沢な!とも言われています。さらに、沿道での声援や補給所での“奈良流のおもてなし”が最高(以前に参加された岡本先生談)とのこと。


 

 奈良県のスポーツ推進審議会に関わって十年近くになりますが、“だれもが、いつでも、どこでも気軽にスポーツに親しめる環境づくり”(標語)の中の一つに、あこがれと感動を生むスポーツがあげられており、トップアスリートの発掘、育成も重要なテーマとなっています。しかし、チャンピオンへの道については議論されるものの、いずれ、それも人生の比較的早期に迎えざるをえない引退、離脱に関することについては、特別の事件でもない限りなかなか関心がもたれにくい面があるようです。夢と感動と勇気をもたらす華々しいスポーツと喧伝され、その主人公になってもすぐに忘れ去られ、それまでの努力が報われないといった思いからの喪失感を、あるいは競技における最終目標が達成されたからといった充実感、人生設計の中で新しいキャリアを積む時期であるといった明確な目標感等々、選手の語りにはひかれるものが多々あります。

 スポーツカウンセリングの授業を担当しているせいか、毎年卒論でバーンアウトや引退のテーマが選ばれ、今年も自身の学生選手引退に伴って生じた種々の喪失感から、新たな自分への挑戦に踏み出せない心理的背景についての研究が進められています。(老ブロガーハル)