[ Fri ] の記事一覧

2020.03.27

入学される皆さんへ

どうもおはようございます、嶋村です。今日は更新が早いでしょ?久々に頑張りました(笑)。さて今日は新しく入学される学生さんへのメッセージというお題が与えられているので、それに沿って書きます。


けれど僕が学生へのメッセージを書くと「勉強しろ」とか「大学はスポーツする場所ではない、学位の授与とは学業のみで与えられる」とか書くと思われそうですが、今回はそんな無粋なことをする気はありません。あはは。。。


というわけで、4月から新たに大学生になる皆さん、ご入学おめでとうございます。しっかり遊び、学び、悩み、自分は何をすべきかをしっかり考えて下さい。様々な本を読み、様々な音楽を聴き、あちこちの美術館や博物館に行き、いろいろな人々と交流し、いろんな場所を訪れ、(できれば)恋愛をし、くだらないがしかし無垢な考えに囚われ染まり、恥ずかしい思いをして欲しいと思います。孤独になることを恐れず、自分のアイデンティティとは何かを探して下さい。他人は他人、あなたはあなたです。しかし、自分とは違う他者を理解し受け入れる優しさも忘れずに。強く弱くあって欲しいと思います。


皆さんそれぞれが自分の人生の主役です。良い旅を。これで僕が書くブログは終わりです。2年間どうもありがとうございました。ではグッドバイということで。。。

2020.03.20

卒業(修了)されるみなさんへ

こんばんは、嶋村です。今週の他の先生方のブログを見ていただければ分かるように、今週はブログのテーマが決められていて、卒業(修了)する学生さんへのメッセージということになっております。え~っと、これまでネタがないとボヤきながらも好き勝手書いてきた私としてはいざテーマが決められるとうまく書けません。。。しかも卒業する学生への言葉なんで、僕が一番苦手とするところです。ですのでとりあえず「卒業おめでとうございます」と言っておきます。


ただし、「みなさんには明るい・楽しい未来が待っています、頑張って!」なんて言う気はさらさらありません。おそらく人生の半分くらい(もしかしたらそれ以上)は思い通りにいかないし、納得できなこと、理不尽なことだらけでしょう。もちろんそのような経験をしないラッキーな(あるいはお気楽な)人もいるかもしれませんが、僕の経験上、今ある状況を変えたい、さらなる高みを目指したい、などと願うといろいろ壁にぶち当たります。そのような壁は自分の能力による場合もありますし、理不尽な場合もあります。そしてうまくいかないと人は環境を批判しがちな気がします(僕も時々そうなります)。原因が自分の能力にある場合を考えましょう。この場合は自分の勉強不足・努力不足に起因するものであり、もっと勉強・努力すればいいわけです。そうできなければ終わり、現状で我慢しましょう。「努力できるのも才能」とはよく言ったものです。あるいは単純に自分に適切な能力が無いのかもしれません。それを認めるのは辛いですが、そういう時もあります。壁が理不尽であればどうでしょうか?この場合は少し話が違います。自分として筋を通してきたつもりでも、それが間違って解釈されたり、正しく評価されない場合があります。その場合は批判されるのは環境(他人)でしょうか?僕もそう思っていましたが、最近は努力の仕方や環境に働きかける(他人とコミュニーケーションする)アプローチの問題だと思っています。人はある程度力を注いできたことに対して愛着を持ちそれが正しいと信じてしまう傾向にあります。それゆえそれを諦めるのが難しい。けれど、他人の考え変えるのはとても難しいです。その場合は自らが変わって、必要であればこれまでのアプローチを捨てる勇気が必要です。このようなことをしようと思えば、豊富な知識、経験、主体性、そして柔軟性が必要です。そして大学教育とはそれに貢献するものだと信じているのですが、最近は大学教育は実学、すなわちすぐに社会で役立つものを重視する傾向があるように思います。「実学の~大学」とか「~の資格が取れる~大学」とか「就職に強い~大学」なんて広告をしばしば見かけますが、あれどうなんでしょうかね?(笑)


まあとにかく、本当の意味で教養がある人というのは、主体的に与えられた(あるいは出会した)問題に対処し、それに対するオリジナルな解決法を提案し、そしてそれがうまくいかなければ様々な解決法を模索できる人のことだと僕は思っています。また、ある程度の諦観を甘んじて受け入れられる力も必要です。やってみないで諦めるのはダメですが、どれだけ頑張ってもうまくいかないこともあります。それに直面した時、敗北を認め他の可能性を模索する必要があります。これも僕は教養の一部かなって思います。「頭がいい」というのは自分の限界を認めることができるということでもあります。「自分にはこれできないが、世の中にはできるヤツもいる、不公平だ!」と騒ぎ立てるのは不勉強な輩のすることです。


繰り返しになりますが、一つの価値観ややり方に固執するのは危険です。先日、障がい者施設で19人を殺害した被告に死刑判決が下りました。この判決にいろいろ意見はあるでしょうが、遺族のことを考えると妥当な判決であるような気がします。ニュースでこの速報を見ていましたが、その中で自らも重い障がいを抱える子供の親である傍聴者の方のインタビューがありました。その方は、被告は自らの基準で「生きていい人」と「生きていけない人」の区別をし後者を殺害したが、死刑判決も、ある意味被告に「あなたは生きてはいけない人である」という告げたようなもので、本心は複雑であるというようなコメントをされいました。もちろん文言はこのままでないですが、だいたいこの様な内容です。僕はこの方のコメント聞いて死刑判決に納得はしつつも、「なるほどな」って思いました。この様な見方は「あいつは絶対に許せない、死刑だ!」って言うよりはより人間的だと思いました(もちろん、遺族の感情は理解しようと思いますが)。まあ、この件と大学の状況を比べるのは事の重大性に鑑みると不謹慎ですが、昨今の文系軽視や実学重視の様な偏った考えは、「役に立つ学問」と「役に立たない学問」という間違った考えを世の中に広げ、大学の教育機関としての役割を貶めている気がします。立命館大学はその様な大学ではないと信じていますし、願わくばこの大学で学んだことがみなさんの多様性への理解を深め、上述の能力の育みに貢献したことを願います。そして卒業してからも常に好奇心を持ち勉強し続けてください。そうすることにより、世の中に理不尽に対応できるようになると思うし、自分が大変でも他人に優しくできる強さを持てる様になれると思います(常に僕自身もそうなりたいと思っているのですが。。。)。


ちなみに卒業式のことを英語では commencement ceremony と言います。commencement とは「始まり」を意味します。よって卒業はみなさんの新しい門出を意味します。ではさようなら、お元気で。

2020.03.13

こんばんは

みなさん、こんばんは、嶋村です。先週も少し触れましたが、コロナウィルスのせいで世の中は大変なことになっていますね。様々イベントや観光産業、さらには経済全体に大きな打撃を与えているそうです。東京オリンピックもどうなるんでしょうね?まあ僕はあってもなくてもどっちでもいいんですが、中止や延期になって困る人がたくさんいるみたいだし、一生懸命練習して準備してきた選手の方々のことを考えるとかわいそうですね。まあ中止や延期になっても仕方ないと思いますが。。。


こういう状況なので京都も観光客が減っているようです。祇園の花街の人たちは「昔の京都に戻ってかえって嬉しい」的なことを言っている人もいるそうですが、本音はどうなんでしょうね?


まあそれで今日は久しぶりに気分を変えて嵐山を走ることにしました。嵐山はいつも観光客でいっぱいですが、今は空いているのかなって。。。しかし予測に反して割と人がいました。すごく走りにくかったです。観光客の数はそんなにいつもと変わらないのではないかとも思いましたが、まあ少しは少なかったようにも思います。


それからちらほらと桜が咲いていました。けれど今年はお花見は難しそうですね。。。飲む理由が一つ無くなっってしまった。。。ってほぼ毎日飲んでますが。あはは。。。


ちなみに先週のブログを読んだ友達から、「プリキュアに詳しすぎてヤバい」的なこと言われましたが、僕が好きなのは今のところスタプリだけなので、そんなオタクではないし、ストーリーやそれぞれのプリキュアのキャラクター設定が気に入ったので(特にキュアミルキーとキュアコスモ)、本来的にああいうタイプのアニメが好きなわけではありません(笑)、と言い訳をしておきます。。。


ま、とにかく世の中は大変でみんな様々な情報にさらされているわけで、例えばトイレットペーパーやティッシュペーパーがないという情報が流れればみんなあちこちのスーパーや薬局に右往左往するし、マスクの買い占めや転売が横行したり(これに対して法律ができたようですが)、外国でアジア人に対する偏見があったり、本当に大変ですね。歴史を振り返ってみると、集団的な暴力や混乱は「無知」+「恐怖・不安」で発生することが多いような気がします。結構前に Radiohead が There There という曲で “we are accidents waiting to happen”って歌っていましたがまさに happen した感じですね。こういう状況で怖いのは本当は人間なのかもしれません。。。それでネットで一生懸命発言する人は「じゃ、お前は何か解決策があるのか?無責任なこと言いやがって!」って多分言うんですよね〜、お~こわ(笑)。


ではでは、また来週。

2020.03.06

スタプリと有標性の話

みなさん、こんばんは、嶋村です。今日も遅め更新です。まあいつも通りネタがないわけですが、世間は何やら新型ウィルスで大変なことになっていますね。うちの大学も卒業式が中止なりましたが、楽しみにしていた学生さんは残念なことだと思います。。。


さて今日はある表現に関してちょっと書きたいと思います。それは「ハーフ」という言葉です。この言葉自体は英語の half から来ているので「半分」という意味ですが、日本では混血の人をさす場合に使われることがありますね。ちなみに僕は顔が濃いのでしばしば「どこかの国とのハーフですか?」と聞かれる時がありますが、純日本人です。ルーツは九州にあるそうですが。


で、話を元に戻すと、「ハーフ」は実は差別用語だと考える人もいるそうで、実際テレビでは使用が禁止されているそうです。最近では「ダブル」や「ミックス」という表現の方が望ましいという意見があるらしく、何も知らずにうっかり「ハーフ」と言うと問題になる場合があるみたいですね。まあ上述の通り「半分」が原義ですので、「あなたは半分です」みたいなことになるとやっぱりダメだと思うので「ハーフ」は避けた方がいいですね。


なんでこんな話をしたかというと、最近プリキュアが好きなんです。はい、そこのあなた、「40歳のおっさんがキモっ!」てなりましたね(笑)。まあ娘が好きで時々一緒に見てたんですけど、結構大人が見ても面白いんですよね。ハマったきっかけなんですが、去年から今年の2月くらいまでやってたスタートゥウィンクルプリキュアです(ネットではスタプリと言うそうなので以下ではそれに従います 笑)。僕はもともと Star Wars とかガンダムが好きなので、宇宙を舞台にした物語が結構好きなんですけど、スタプリの舞台が地球だけでなく宇宙でもあったので、わりとスッとハマることができました。それでスタプリのテーマの一つなのかなって思うのですが、「多様性」というのが見てとれます。例えば、シリーズ初の宇宙人のプリキュアが登場します、しかも二人も(キュアミルキーとキュアコスモ、ちなみに僕はこの二人がお気に入りのプリキュアです 笑)。この二人は、最初は地球人との交流を心から楽しむことができないのですが、話が進むに従って、だんだんと違いを認め、かつそれを尊重し、理解しようと努め他の地球人のプリキュアを信頼するようになります。主人公の星奈ひかるさん(キュアスター)の言葉を借りると「キラやば~」な関係になります(笑)。それから敵にもそれなりの事情があって終盤ではプリキュアと協力してより大きな脅威に挑むことになります(ネタバレすみません)。そこでもみんな違う価値観で生きていて、それを理解しようとする態度が大事であることが示されています。


まあそれでキュアソレイユもとい天宮えれなさんはお父さんがメキシコ人でお母さんが日本人なんですが、もちろん「ハーフ」という単語が登場することもありませんし、「ダブル」や「ミックス」なんかも使われません。「お父さんはメキシコ人なんだ~」的な言及のみで周りもそれに大きく反応することはありません。


ところで新しく言葉が生み出される原因はいろいろありますが、言語学的にいうと有標な表現に新たに名前を付ける傾向があるように思います。「有標」とは他が持っていない特徴を持っていることを積極的に表すということなんですが、例えば「キャリアウーマン」とは言いますが、「キャリアマン」とは言わないですよね。なぜかというといわゆる古い日本的な「男性は仕事をし、女性は家庭を守る」みたいな考えがあって、バリバリ働く女性は普通ではないと考えられていたためにこの言葉が生み出されたのではないでしょうか。。。ちなみに「キャリアウーマン」は和製英語で英語では通じません。あと「イクメン」もそうですよね。「イクウィミン」とか「イクウーマン」と言いません。これも「積極的に子育てに参加する男性」というのが普通ではないという意識が下地にあるような気がします。まあこうやって名前をつけると便利なんですが、それが受け入れられてしまうと、その言葉生まれた根底の原因が見えなくなってしまうことがありますよね。現代の日本社会は男女平等であることが謳われていますが、実際ところ「キャリアウーマン」や「イクメン」が普通に日常で使われていますよね。まあ気になる人は気になるし、気にならない人は気にならないのですから、そこまで目くじらを立てる必要もない気がしますが、テレビで「ハーフ」がダメなら「キャリアウーマン」や「イクメン」なんかもダメでもいい気がするんですが。。。


というわけでスタプリを見ていて感じたことでした。ちなみに新しいプリキュアが始まりましたが、僕は断然スタプリ派です(今のところ)。


ではでは、皆さん、「キラやば~」な週末を(笑)。

2020.02.28

嗜好と行動における言語

どうも、おはようございます、嶋村です。
いつも周りに「ブログのネタがない」と言っているせいか、最近は「こういうことを書いたら」と、ネタを提供してもらえる機会が増えました。先週が小説家の話だったのも実はその一環です。。まあ、もらったネタをきちんと料理したという点で、先週のブログは真面目に取り組みましたね。いや、僕にしては、ですけど。。。

で、今日は先週の反動というか、また飲み屋の話でもしたいとおもいます(笑)。
僕が飲むときは立ち飲み屋が多くて、まあバーにも行きますが、なんだかかしこまった場所よりも、フラッと寄ってちょっと食べて次の店って感じのスタイルが多いです。

ただ、僕と真逆の嗜好を持つ友人がいまして、彼と飲みに行くといつも店選びで難航します。彼が好む店はなんというか、ソファがあって、重厚な雰囲気があって、退屈……いやいやお上品な会話が繰り広げられてそうというか、とりあえず僕のオススメする店は却下されます。

なんだかんだで仲はいいので適当な居酒屋に落ち着くのですが、いい加減「座りたい」と言われるのも飽きたし、「立ってろ」と言うのも飽きました(笑)。誰か折衷案的な店を教えてくれないかな、という期待も寄せつつ、今日のブログはこんな感じで勘弁してください。。

あ、写真はですね、友人4人で立ち飲み屋に行って、くだんの彼が「座らせろ」とうるさいので、椅子のある二軒目を選んであげたときのものです(笑)。
ではでは。

2020.02.21

こんばんは

どうも、こんばんは、嶋村です。
前のブログでもう少しで40歳になるみたいなことを書きましたが、本当になってしまいました。それまでに生活を見直そうとか思っていましたが、結局忙しくてそれどころじゃなかったです。。。今日はちょっとだけ時間ができたので、前から気になっていたことを調べつつ今週のブログを乗り切ろうと思います(笑)。

ところで今日はコーヒーを淹れながらこのブログを書いています。銘柄にこだわりはなくて、美味しいコーヒーは何でも好きです。でもたまに「コーヒーが好き」と言うと、「コーヒー好きのくせにコピ・ルアックも知らないのか」的なことを言う人がいるのですが、それを知らなかったら「好き」って言っちゃダメなんですかね。そういう人に遭遇すると、なんだか謎な強迫観念に縛られて人生大変そうだなと思います(笑)。
それはさておき今日は作家の話です。僕は学生時代に芥川龍之介とか三島由紀夫とか、友達に勧められていくらか読んだことがあります。そのときに思ったのが、近代の純文学作家はわりと40歳ぐらいで自殺しているな、でした。自分がそれくらいの歳になったので、今回はウィキペディアでおさらいしてみましょう、、、、と思ったのですが、あまりいませんでした。。。

いちおう書いておくと、芥川龍之介(35)、太宰治(38)、三島由紀夫(45)ぐらいです。川端康成は72歳だし、坂口安吾は48歳だけれど病死だったし、記憶なんてアテになりませんね、あはは。。あと関係なんいですがゴッホが37歳没と聞いたときはびっくりしました。あの自画像で30代とかどうなんですかね。まあそんなわけで、逆に年齢不詳に見える自撮りアプリは早く廃れてほしいと思います。
ではまた来週。

2020.02.14

バレンタインデイ

こんばんは、今日も遅めの更新、嶋村です。さて最近の僕の書くブログはあんまり元気がないので精神面に関して心配する声も聞かれました。先週はいきなりタイトルにタイポがありましたね(笑)。まあ最近やっつけ仕事感が半端ないですが今日は少しだけやる気を出して書きます。


今日はバレンタインデイですね。「デー」とはせず本来の英語の二重母音に沿った「デイ」にしているのがミソ(笑)。恋人たちの日ということですが、起源はローマ帝国にあるそうです。諸説あるそうですが、その辺はウィキペディア先生の方が詳しいので興味のある方はそちらを見てください。それで僕も今日奥さんからサプライズでチョコをもらいました。


 (Koji)20200214-1

今日チョコを送った人も送られた人も幸せな気分で過ごされたのではと思います(義理チョコは除く 笑)。子供ができて以来昔のように恋人気分・新婚気分とはいきませんが先日久しぶりに奥さんと二人で飲みに行ってきました。まあたまにはいいもんですね。


それからこの春卒業する学生さんと飲みに行ってきました。僕は結構飲んでしまい顔が赤いですが(一緒に行った2人も)、とりあえずその写真も載せておきます。僕は単なる P の先生なのでゼミを持っていませんが、去年も今年も卒業する学生さんに声をかけていただきこうして飲みにいくことができました。とても楽しかったです。


 (Koji)20200214-2


う~む、今日は飲みに行った話で終わってしまった。来週はもう少し面白い話が書けるでしょう。。。


というわけでまた来週。

2020.02.07

特になりもありません

こんばんは、嶋村です。更新が遅くなりました、てか忘れてました。僕の人生においてこのブログの優先順位はかなり低めなのでこのまま忘れてやろうかとも思いましたが、まあこれも仕事かなと思い書くことにしました。ちょっとイライラしているのでもし不快なことを書いたらごめんなさい。


まあしかし特に何も書くことがない。最近嬉しいことといえば僕の好きな yppah が新しいアルバムを出したことくらいです。聞いた話によればこのブログはスポ健ができた時から続いているそうで、続けることに意義があるそうですが、途中から入っていずれいなくなる僕からしたらもらい事故みたいなもんです(笑)。それでこういう時にいろいろ思うのですが、結局ブログを含めて SNS 関係は自分をどう発信するのかが大事なんですよね。僕は以前 facebook をやっていましたが(アメリカの大学院では流行っていたので)、数年前にやめました。インスタも絶対にしないと思います。別に他人と自分に起こったことをネットを介して共有する気はないし、「いいね」も欲しくありません。世の中には褒めてもらいたい人が多そうですが、そんなに自分がやっていることに自信がないんですかね?あるいは寂しいんですかね?何だかバカみたい。。。


ブログって何なんでしょうね?ちなみに僕のパソコンに入っている辞書によれば「個人が身辺の出来事や自分の主張などを日記形式で書き込むインターネットのサイトやホーム-ページ」だそうです。そうすると多分僕はブログのライターとしては一番合っていない人物です。それでこれを続けている理由はいわゆる「仕事だから」なんですが、これを仕事と呼ぶかは微妙なところです。結局は僕はスポ健の流れに合わせているんですが、まあなんだろ、いろいろ疑問を持つ、って大事ですよね。思考が停止して当たり前に思う癖がつくとダメですね。あと興味がないと言って何も言わないのも良くないと思います。あ、そういえば先日京都市長選がありましね(笑)。


まあ取り止めもなく書いてしまいましたが、自分で考えて判断するって大事だなって話で、最近シラバスを書いたのですが、学生さんにシラバスを読んでいない人が多いんですよね。割と重要なことが書いてあるのでしっかり情報収集して欲しいもんですね。政治も大学の授業も単位の取得も自分でしっかり情報を集め吟味して判断していくことが大事です。承認欲求でインスタ映えやブログ(や SNS)の更新ばかりに気を取られてないで、頑張って勉強・研究していきましょう(笑)。


ではでは。

2020.01.31

今日も神戸に行ってきます

どうも、おはようございます、嶋村です。


今日も先週に引き続き神戸市外大に行ってきます。先週お話しした言語学の話の続きなんですが、さすが神戸市外大、学生さんがとても優秀です。なかなか鋭い質問をしてくれるのですが、学部生の段階で難しい専門の論文を読んで自分の意見が言えるのはすごいですね。まあ任せてくれた友達の先生曰く、彼らは特によくできるらしいですが。。。


ところで今日使うハンドアウトが予定してたより進みませんでした。。。昨日は奥さんが出かけてて夜は一人で娘の接待(笑)を担当したのですが、非常に気難しいのでご機嫌を保つのにハンドアウトどころではありませんでした。なんで行きの電車でも準備することになってしまいました。。。ため息。。。


ではとりあえず、これ以上このブログを書いている場合ではないのでもう少し準備して行ってきます。

2020.01.24

神戸に行ってきます

こんにちは、今日は前回予測した通り、サラッと書きます。というのも今から神戸市外大に行くからです。それでなんの話をしに行くかというと名詞の格に関する屈折(declension)の syncretism に関して話してきます(笑)。なんのこっちゃ?と思った方、大丈夫、知らなくても世の中生きていけます(笑)。しかし知るととても面白く人間言語の不思議の一端に触れることができます。まあ格とは日本語では格助詞となって現れますね。「太郎が(主格)」「太郎に(与格)「太郎を(対格)」「太郎の(属格)」などなど。このように日本語では名詞に格助詞がくっ付く形で語形変化します。こういう格を膠着型の格と呼んだりします。一方多くのヨーロッパ言語の格変化は屈折を用います。例えば、ギリシャ語では「人」を表す名詞 anthrop は 主格:anthropos、対格:anthropo、属格:anthropu と変わります。それで興味深いのですが、名詞によっては同じ形が違う格形式に使われることがあります。例えばギリシャ語の「戦士(複数)」という意味の maxit ですが、主格と対格は同じ maxites という形が用いられ、属格は maxiton となります。この場合主格の形と対格の形は融合(syncretism)しているわけですが、いろいろな言語を調査すると融合の仕方にはある法則があることがわかります。


まあこの話は僕の話じゃなく別の人が書いた博論で議論されていることなんです。というわけでは今日は神戸市外大にこの syncretism の話をしに(人の博論レビューにし)行ってきます。で予定したところまでのハンドアウトが終わらなかった。というのも実は先週のブログでも「体調悪い」と書いていたと思いますが、実はインフルエンザでした。。。なんで先週末から最近までず~っと寝込んでました。皆さんもお気をつけください。


ではでは。