羽生結弦選手が、男子フィギュアスケートで「金メダル」に輝いた。ショートプログラムでの100点超えの演技からして大いに期待が高まっていたが、それにしても立派なものだ。演技前半の4回転での「転倒」や両手をつくミスなど、思わず「溜息」を漏らしてしまった。4回転に移る「沈み込み」の際に微妙な「力み」を感じて「嫌な予感」がしたもので、それが現実のものになってしまった。
しかし、その後の回転は気持ちよくまとめていたし、しなやかな演技も素晴らしいものだった。そして、「イナバウアー」が出た時には、「これで金メダルだと、世界的な語り草だな」と一瞬、トリノ・オリンピックで「金メダル」に輝いた荒川静香選手の姿がダブってしまい、「ぞくぞくっと来る」ものがあった。この2人は、仙台の同じスケートリンクで育った選手だということもあって、何か因縁めいたものを感じてしまった。そして、「東日本大震災の復興を願う気持ちを込めた演技を貫きたい」という羽生選手の「強い意思」を応援したいという、観る側にとっての「思い入れ」も強いものがあった。優勝候補の1人パトリック・チャン選手は思わぬミスの連続で、フリーの点数が伸びなかったが、これもオリンピックという舞台の「為せる業」なのだろうか。
「予感」とか「因縁」など、「感覚的」な言葉を並べたが、結構「的中」したりすることは、多くの人が経験することではないだろうか。そんな時、私は「山勘の科学性??」などと、変な理屈をつけて周囲の人を「煙に巻く」ことも屡だ。
それは兎も角、男子フィギュアスケートでの「予感」や「因縁」の話には前段がある。13日・木曜日の夕刻、学部挙げての(他大学の先生も交えて)「懇親会」が美味しい料理とともに大変盛り上がった。そんな中、私たちのテーブルでは、Y先生そしてS先生と研究談義に花が咲いていた。
Y先生は殊の外ラグビーのことに詳しく、私もクラブチームではあったが14年程プレーを楽しんだ経験があったり、大学のラグビー部の顧問をしたこともあったりで、余計に話が弾んだ。「なぜ、あのゲームは勝てなかったのでしょうか?」。数多くのゲームを観戦して目も肥えているY先生の鋭い分析に対して、「ボール際のスピードの違い」はまだしも、「プレーヤーが走る際に空気を切る音の違い」、「あと15分だぞの一声にいやな予感がして」とか「あの瞬間のノックオンが逆転のきっかけだった」など、「感覚的」な言葉を連発する私だった。Y先生は、その辺りに問題関心が強く、「感覚的」に扱われる領域の中に、科学的なメスを入れることで、「客観的・科学的データ」を吟味し、その結果として「競技力向上のためのトレーニング理論の確立」に寄与したいということのようだった。そうなると、「職人技」と言われるものに厳密な光が当てられ、個に埋没することなく一般化まで開花させることが出来るし、競技力の向上やチーム力強化にも繋がるはずだという。
「あの時のプレー」や「その一声」のもつ「客観的で科学的な材料」をどれだけ吟味できるのか、「予感の的中」がどのように根拠づけられるのか?? スポーツ科学研究の間口はまだまだ広く深いものがあることに思いを馳せながら、男子フィギュアスケートの醍醐味を味合わせてもらった。 mm生