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2019.04.19

ミニプレゼンの様子

こんにちは、嶋村です。今週からブログ担当が新しくなりましたが、今年度も僕は引き続きブログを担当します。。。


授業も2週目ということで、今週の P の授業では学生さんにちょっとしたプレゼンをやってもらいました。今日の写真はその様子です。僕が前期に担当している P3 の授業では、ディベートとパネルディスカッションの二つの討論の仕方を学びます。論文を引用したり、データを提示したり客観的に自分の主張をサポートできるかが大事になってきます。学生の皆さんには頑張って欲しいと思います。


僕はと言えば、最近心身共に体調があまりよろしくなく、持病の病院もサボっていたりするのでそろそろ真剣に自分の健康というものに向き合わなければならないなあと感じております。スポーツ健康科学部にいるのに不健康な私です(笑)。最近ちょっとイライラしちゃって周りにきつく当たってしまったんじゃないかなと思って反省中です。あと、ジョギングの花粉症のせいでサボり気味。。。まあ季節の変わり目は色々不安定になりますが、皆さんも体調には気をつけてお過ごし下さい。


こんな話で終わるのもなんなのですが、これと言って特に書くことがないので、今週はこの辺で。。。来週から頑張ります。

2019.04.12

ブログを書くということについて

みなさん、こんにちは、嶋村です。4月になり暖かくなってきたかなと思えば、今週は寒の戻りなのか寒い日が続いています。新学期も始まり僕も今週から授業ですが、みなさんはどうお過ごしでしょうか。僕は先週末友達とお花見に行ってきました。場所は奈良の某所でお祭りが開催されていました。京都ほど人も多くなくいい感じの混み具合で良かったです。一緒に行った友達は高校からの付き合いで、まあそんなに頻繁に会うわけでもないし会わない時期もあったんですが、なんだかんだで 20 年以上の付き合いです。みんなそれなりに歳をとりました。


さて、先週までは英語教育について言いたい放題書いたので、今週からはもうちょっとライトな感じにしたいと思うのですが、適当なネタがありません。ところで、僕はこのブログをイヤイヤ書いている風の感じを醸し出しているのですが、そうは言いつつも実は一番長いブログを書いているんじゃないかという気がしてきました。。。まあ理由としては書くんだから内容に責任を持って書きたい(文責というやつですね)、それからきっちりとした内容で何かを伝えて納得してもらいたい、あるいは理解してもらいたいと思っていて、そうすると割と長くなるわけです。いや別に他の先生のブログがそうじゃないと言っているわけではないですよ(笑)。ただ僕は他の先生ほどこのブログを読んでくれるであろう人達と共有する素敵な(スポ健関係の)イベント事がないので、そうすると自分の考えを伝えたりすることが多くなるのですが、その時にいちいち事例を出してサポートしないといけないし、何かしらの文献を引いてきたりすることもあるので、そうやって文章を作っていくと長くなってしまうんですよね。。。まあ僕の博論も 200 ページ以上あるし、人文学系の性なのかも知れません(笑)。けど、自分の考えたことを文章にするのっていいですよね。書いてるうちに新しいひらめきがあることもあるし、頭の中の整理ができます。


というわけで、特に書く事がないので、この辺で今週は終わりにしたいと思いますが、まあ学校も始まったし、ネタは多分ちょこちょこ出てくると思うので、適宜印象に残った出来事をこれからも書いていきたいともいます。ではまた来週。

2019.04.05

新入生オリエンテーション

いつも遅めの更新、嶋村です。


前回までは英語教育の話で色々言いたい放題書いたと思いますが、まあ、まとめると英語ができるやつはそれはそれでできないやつそれで良いじゃないかってことです。あはは、すみません。投げやりで。でも僕はたまたま英語が話せるようになりましたが、出来るならピアノでリストの「ラ・カンパネラ」を弾いてみたかったし、100 m を 10 秒くらいで走りたかったし、数学者や物理学者になってみたかったけど、まあこうなっちゃたんで仕方ないです。ちなみにそれでも教科として英語を勉強するのは教科しての英語を勉強することに意味があるからじゃないでしょうか。外国語を勉強することで母語への気づきがありますし、分析的な思考も含めて学習能力の向上にも繋がると思います。なので、そういったことを無視してくだらないコミュニケーション重視の、ある一部の無知な連中を満足させるだけの英語教育の改悪はやめて欲しいです。


というわけで今日も言いたい放題言ったので違う話をしたいと思います。今週は新入生のオリエンテーションがありました。写真を少し載せておきます。新入生を迎えるにあたって、在学生の学生さんはオリジナルのパーカーを作って新入生を色々サポートして頑張っていました。


 (Koji)20190405-01 (Koji)20190405-02


さて僕自身は新年度から早速やらかしてしまいまして、オリエンテーションの新年度の先生の集まり遅刻してしまいました。。。まあ言い訳するとバス(あとバスを待つ列)が死ぬほど混んでいて、全部合わせると1時間くらいかかっちゃって余裕で間に合うつもりで来たつもりがしっかり遅刻をして他の先生や事務の方に迷惑をかけてしまいました。すみません。。。まあけど当日は「バスが遅れたし、僕は悪くないも~ん」て思ってましたが、学部長先生が挨拶の冒頭に「いかなる理由があっても遅刻なので、大人はちゃんと余裕を持って行動しよう」との旨のお話があり、耳が痛いことになってしまいました。とほほ。。。


まあしかし以前も書いたかもしれませんが、(個性の強い人の多い、そして天邪鬼が多い)文学部出身の僕に比べるとスポ健の先生はきっちりしていますね。僕が社会的な「きっちり」度でスポ健の先生方に近づけるかは知りませんが、スポ健を卒業するまでには世の中を斜に見ている捻くれ者のこの性格をなんとかできたら良いなとも思います。しかし、一方でこれは僕の個性なのでこれはこれで良いかなとも思ってます。まあ自分に疲れますけど。。。というわけで、今年度もこのブログを担当することになってしまいました。。。こんな僕ですがよろしくお願いします。


またまた。

2019.03.29

英語教育の話 その3

みなさん、こんばんは、遅めの更新、嶋村です。今日も前回に引き続き英語教育の話をしたいと思います。


突然ですが、みなさんは微分積分が得意ですか?僕は全くわかりません(笑)。僕は高校で文系を選んだので、途中で難しい数学とさよならしました(文系数学は勉強しましたが)。けれども、世の中に、例えば解の公式を覚えていて今でも使える人ってどれくらいいるのでしょうか。結局数学って使わないと忘れるし、それはそれで今生きていて大して困っていません。同様に国語文法の活用や助詞の用法をいろいろ覚えてはいませんが、別に困らないし日本語は話せます。昔都道府県の県庁所在地をせっせと覚えたんですが、細かい地方はちょっと忘れてしまいました。大政奉還はうちの近所の二条城が舞台となったそうですが、何年に行われたか知ってますか?


以上の問いに「いや。。。」と答えた人は学校教育を批判しないといけませんね、つまり「俺が数学ができないのは学校教育が悪いんだ!」って(笑)。しかし、僕の知る限りそういうことはなさそうです。「現状を受けて日本の数学教育の改革をしなければならない」なんて聞いたことがありません。しかし、この点で英語は不思議でみなさん熱心に批判をなさるそうです。「なんで英語だけ?」って思いませんか?こういう意見は先週のブログで紹介した雑誌にもありました。


結局我々が学校で学んでいるのは教科としての英語なんですよね。なのでそれを実生活で使うかどうかは意識していないと思います。中学校の先生が、日本人の英語で this is a pen を「でぃすいずあぺ~ん」と言っても問題がないわけです。だって、我々は英語という教科を学んでいるわけですから。別にそれを実生活で使うかどうかは人それぞれですし、多分、日本に住んでいる多くの人が「英語を話せないと生活に困る!」みたいなことはないでしょうね。翻訳機も充実してますし(笑)教科としての英語、すなわち我々は英語という言語の仕組みを勉強しています。主語がどれだとか不定詞はああだこうだっていう具合ですね。こんなことをしていてはもちろん英語を話すということに直接関係ないかも知れませんが、しかし言語に対する「気付き」を持つことができます。この「気付き」は英語というよりは母語の方にあるべきだと僕は思っていて、つまり英語を通して日本語を見つめ直すということなんですね。言語(英語)の仕組みを語る上で言語(日本語)を使っているということを理解していない連中が、やれコミュニケーションだ、グローバル化で英語は必須だ、だからとにかく話すことが大事なんだ、文法はいらないとか愚かなことを言うわけですね。他の言語を理解する時に必要な知識を記述する言語をメタ言語ということが出来ますが、このメタ言語的な力が大事だと思います。これは結局(才能と)努力で身につけるしかありません。数学が得意な人がいるように英語が得意な人がいる。それでいいんじゃないでしょうか。僕は英語を話さないと困るという状況になったのは大学院に行き始めてからで 20 代の後半でした。まあそれなりに英語が使えています。なので、どれだけ早く始めたかではなく、どれだけ、メタ言語的な能力も含めて、学習する能力が高いかによるのだと思います(別に僕自身が頭がいいって言っているわけではないですよ 笑)。なので、今回文科省がやろうとしている改革は結局何にも変えないと思っています。出来る子は出来るし出来ない子は出来ません。例えば、小学5年生に微分・積分を教えたいと思いますか?まあうまくいくかも知れないしそうじゃないかも知れません。そんなもんです。なので、まず冷静になって基礎的な思考力や学力を養ったほうがいいと思います。


僕は自分の娘にピアノを習わせたいと思っていますが、多分それは自分がピアノを弾けないからです。けれど英語を早いうちから学ばせようとは思いません。だって、自分はどうすれば英語を話せるようになるのか知っているわけですし、どの程度のレベルの英語を話すべきかも知っています。なので、今の英語教育改革は何ていうか「自分の子供を英語が話せるようにしたい」、「英語が話せないとダメなんだ」っていう何も知らない国民の恐怖心というか劣等感を煽るような気がして気持ち悪いですね(笑)。


まあ今日はこの辺で。来週からはもう少し楽しい話をしたいと思います。。。

2019.03.22

英語教育の話 その2

みなさん、こんばんは、嶋村です。今日は前回に引き続き英語教育の話をしようと思いますが、その前にちょっと別の話を。。。


まず今日は卒業式と卒業パーティーだったそうですね。まあ僕はゼミも持ってないし、おめでたい場所に行っても余計な一言でおめでたい雰囲気に水を差す性格なので、自宅待機しております(笑)とりあえず卒業される学生さん、おめでとうございます。これからの人生色々大変だと思いますが、自分が納得いくようなものになるように過ごされることを願っております。僕も色々もがいている最中です。


さて、卒業される学生さんは新たなスタートを切りますが、昨日自身の人生のサイクルに一区切りをつけた人がいました。プロ野球選手のイチローさんですね。僕はスポ健ではおそらく No. 1 にスポーツ好きではないのですが、まあ父親の影響で野球は時々見ます。父親は東京出身なので、嶋村家は基本的に巨人ファンです。そんな私が興味がある数少ないスポーツの野球ですが、イチロー選手の活躍でおそらく僕が最初に知ったのは中学3年生くらいの時で、彼が初めて年間 200 本以上ヒットを打った時でした。その後メジャーリーグに行っても NHK の衛星放送でしばしば中継を見ていたのを思い出します。僕自身は 39 歳になり 40 歳も見えてきましたが、ものすごく長い時間一流の選手として活躍されてきたのだなあと思うと、その努力やストイックな姿勢に感銘を受けざるを得ません。引退に関して「後悔はない」という事らしいですが、自分が今の研究者のキャリアの一線から退く時に同じようなことが言えるようになりたいと昨日の引退会見を見ていて感じました。ま、僕の言語学の仕事なんて大したことないですが、一応気持ちの問題ね(笑)


閑話休題、英語教育の話ですね。今日は英語教育と「グローバル化」の話をしたいと思います。ところで英語教育の話でブログを書いてみようと思ったのは、実は奥さんが買ってきた雑誌でこの話題の特集が組まれていたからです。集英社がクォータリーで出している kotoba という雑誌があり、最新号の特集は「日本人と英語」という内容でした。様々な英語教育に関する専門家のインタビューや対談が掲載されています。たくさん面白い記事があったのですが、その中で九州大学の政治学者、施さんのインタビューはとても面白いものでした。彼によると現在日本で見られる政官財一体によるグローバル化の推進とは、「土着」から「普遍」への一方通行的な変化を推し進める流れであるそうです。日本において言語的に言えば「土着」とは日本語で「普遍」とは英語です。しかし、施さんはこのグローバル史観は非常に浅薄であると警鐘を鳴らしています。というのも歴史的に近代化とは全く逆の流れ、すなわち「普遍」から「土着」へ推移してきたというのです。例えば、中世西欧諸国のエリート層の言語はラテン語であり、一部の人々しか解することができませんでしたが、ラテン語により高度な知の体系が記述されていたそうです。しかしそのラテン語が土着の言語(ドイツ語、フランス語など)に翻訳される事で一般庶民の社会参加が可能になり近代化が進んだという事だそうです。先日杉田玄白の解体新書の翻訳の話が NHK で放送されていましたが、日本の近代化も過去の偉人たちが外国の書物を一生懸命に翻訳し、それが世の中に広まることによってもたらされたのだと思います。話を元に戻すと、施さんが訴えているのは、今我々が目撃している英語教育の改革への流れは一部のエリート(グローバル企業や投資家)による力が一般国民の民主的な民意を超えた結果であるということだそうです。英語を話せる人材は必要ですし、もしその人材が賃金の安い国から雇えれば企業としては助かりますよね。日本も海外からの労働者を受け入れようとしているそうですが、そのような政策への反動は世界中で見られているのはみなさん後存知の通りですね(Brexit とか)。


僕が以上のような議論を読んで感じたのは、やはり今の英語教育の改革とは政治・産業界からの詭弁的な説明による教育のことを全く無視したトップダウン的な改革ではないのかということですね。現場の人間から言わせてもらうと、今行われている英語改革はおそらくなんの結果ももたらさないでしょう(この辺の話はまた来週)。グローバルな人材とかコミュニーケーション能力とか見た目はファンシーな言葉がしばしば使われますが、結局国民がこれらの用語の明確な定義をわかっていないと思います。例えば「グローバル化」って何ですかと質問されても、正確に定義することなんて難しいのではないでしょうか。先日紹介した文科省のホームページには東京オリンピックのことが書かれてありました。あるいは、インバウンド需要でたくさんの海外からの観光客が日本を訪れるということを言及してもいいかもしれません。しかしこれら全て上辺の話で、本当の真意が別にある、すなわち施さんのいうようなところにあれば我々一般市民は騙されるいるということになります。あるいは英語教育改革によって教育産業を儲けさせることになるかもしれません(笑)


またコミュニーケーション能力といっても結局企業で必要とされている英語能力なのだとすれば、別に英語を話せなくてもいいのではないでしょうか。最近はさまざまアプリが開発されており、ややもすれば英語を話せなくても意思疎通が可能な時代になってきました。結局のところ「英語ができる」というのが、世間の人にとって「ペラペラ」ということを想起させてしまうことに問題があるのではないかと思います。僕から言わせれば「ペラペラ」なる必要はありません。どんな形であれ、たとえアプリ使った意思疎通であれ、コミュニーケーションは出来ます。どっかの企業のお偉いさんが、「うちは会議は全て英語だ」と言ったって、通訳を介せばいいじゃない、あるいはアプリを使えばいいじゃないと思ってしまいますね。じゃあ、なぜ学校教育でなぜ英語を勉強する必要があるのでしょうか。英語を勉強しなくてもいい時代になるのなら、僕の大学における存在価値は(今のことろ)無くなってしまうわけです(笑)


続きはまた来週。あ、ちなみに今日も何か新しい写真があるわけではありません(苦笑)。。。

2019.03.15

英語教育の話 その1

みなさん、こんにちは、嶋村です。相変わらず花粉症がひどいですが、みなさんはどうお過ごしでしょうか。3月も半分を過ぎ、そろそろ新年度に向けての準備をしないといけないなと最近思っております。


さて、僕は相変わらず P の授業を担当するわけですが、前にも話したようにこの授業は通常の英語の授業ではなく、学生が自分で決めたトピックに関してリサーチを行い英語で発表する(論文を書く)というものですが、これはかなり高度なことをしているわけです。以前のブログでは研究ということに割と焦点を当てて書いてきたような気がしますが、今日(以降)は英語に関して書いてみたいと思います。


まず、P で研究して発表しようと思えばどれくらいの英語力が必要なのでしょうか。まあ客観的なデータや指標はないのですが、これまで見てきた学生で帰国子女を除いて結構できているなと感じるのは(成績で A くらい)、おそらくそんなに多くはなくて、けれどそういった人に例えば「TOIEC 何点なの?」と尋ねると、だいたい 700 点後半以上の点数を取っているのじゃないかな~って思います。もちろんそれ以下でもしっかり日頃から準備をして練習を重ねて発表する人はいますが、質疑応答などで僕が質問してやりとりした場合にそれなりの質疑応答のセッションとして成立するのはそのくらいの点数なのではないでしょうか。繰り返しますが、これは僕の主観であり、客観的なデータではないし、聞いた学生の数も多くないのでぜんぜん正確なものではないんですよ。。。けれど、この僕の勝手な評価が割と現実を捉えているとしたら、スポ健に来る学生の多くが P で苦労することになります。様々な背景を持って入学して来る学生さんですが、僕は分け隔てなく厳しく対応するのでみなさん大変そうです(笑)もし英語ができないのであれば、それを補う努力をしないといけませんが、しばしば問われるのが「そもそもどうして中高 6年も英語を勉強してきて英語ができないのか」ってことですね。まあこれは単純に考えると授業・教授法が悪いんだってことになるわけですが、いま英語教育の改革が行われようしています(ってこれまでもたくさん改革してきたんですがね 笑)。2020 年には小学 3・4 年生で英語教育が始まり、5 年生からは成績がつく教科としての英語が始まります。教育改革の背景はもう少し複雑ですが、文科省のホームページには以下のようにあります。


  1. グローバル化の進展の中で、国際共通語である英語力の向上は日本の将来にとって極めて重要である。アジアの中でトップクラスの英語力を目指すべき。今後の英語教育改革においては、その基礎的・基本的な知識・技能とそれらを活用して主体的に課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等の育成は重要な課題。
  2. 我が国の英語教育では、現行の学習指導要領を受けた進展も見られるが、特にコミュニケーション能力の育成について改善を加速化すべき課題も多い。東京オリンピック・パラリンピックを迎える2020(平成32)年を見据え、小・中・高等学校を通じた新たな英語教育改革を順次実施できるよう検討を進める。並行して、これに向けた準備期間の取組や、先取りした改革を進める。
  3. 文部科学省ホームページ「今後の英語教育の改善・充実方策について 報告~グローバル化に対応した英語教育改革の五つの提言~」より抜粋(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/102/houkoku/attach/1352464.htm) 


とりあえず「グローバル化」や「コミュニケーション」といったキーワードがホームページのあちらこちらに散りばめられていました。色々話したいことはあるのですがもうすでに長くなってしまったので、この辺の話を今週から数回にわたって(P の授業や僕の経験・考えとも絡めながら)お話ししていきたいと思います。まあ御察しの通り毒舌全開になるかも知れませんが、許してね。。。あはは。。。


ではまた来週(ちなみに今日も特に写真がなかったので、朱雀キャンパスの写真です)。

2019.03.08

卒業式の季節を迎えて

こんにちは、嶋村です。少しずつ暖かくなってきていますが、今日は比較的寒いですね。まあ春らしくなるのはいいのですが、僕は前回も書いたように花粉症なので毎日辛い日々を送っております。一応毎日薬は飲んでいるのですが、どうしても鼻がムズムズしたり、目が痒くなったりしますね。僕は花粉症の症状がおそらく5月頭まで続くので、しばらく憂鬱な日が続きます。。。


さて僕は相変わらずな日々を過ごしていますが、先週末北野天満宮まで梅を見に行ってきました。娘は梅の花を嗜むような年齢ではないので、あまり楽しくなさそうでしたが、露店でお餅や飴を食べたり、水に浮かべる占いをしたり、それなりに楽しんでいたようです。

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ところで学生さんはそろそろ成績が出た頃ではないでしょうか。みなさん一喜一憂されているのではないかと思うのですが、どうでしょうか。僕は以前にも話したことがあるかも知れませんが、大学は合計で8年通いました。6年は経済学部でなんとか卒業させてもらうことができました。そして言語学を勉強したいと思い3年次編入で大学に入り直しました。その後日本の大学で修士、アメリカの大学で博士を取得しました。


さて言語学を始めてからは真面目な学生になったので、特に何か言うことはないのですが、しばしば聞かれるのが「経済学部で何をやっていたのか」ってことです。今となっては細かい詳細は記憶の彼方にあり語ることが出来ませんが、ただ朧げに覚えているのは、まあとにかく無責任な学生生活を送っていたということですね。先生に対するリスペクトもなく、よってコミュニケーションすることなく、授業もサボりがちで、なんとなくこれでいけるだろうと適当にやっていた気がします。もちろん僕は僕なりに何かしらのポリシーが自分の人生に関してあったと思いますが、今思えば無知であり浅はかだったと思います。それでも最後まで大学を卒業できるのを待ってくれた、そしてサポートしてくれた親には感謝しているし、自分の娘が大きくなって道に迷ったときは彼女の好きなように色々試させてあげたいとは思います。結局、あの時は自分のことが最優先で周りを見ていなかったことなんだと思うのですが、のちに自分をなんとか修正しました。まあけれど留年が決まった時(2回あるのですが。。。)、僕は途方に暮れていたし、親はとても怒っていた気がします。何がしたいわけでもないし、あの当時は自分に何か才能があるわけでもなかったし、どうしようって感じでしたね。色々な人にたくさん迷惑をかけました。


最近の学生さんは、自分の将来についていつ頃から考えるのでしょうか。そしてそれに対して具体的な行動を取り始めるっていつくらいからなのでしょうか。僕はよくわかりませんが、多少無責任なことを言うと、ちょっとくらい留年しても大丈夫かなって思ってます(笑)。結局大学4年間で見つけられないこともあるし留年すると孤独になり自分のことを内省する時間が増えると思います。だって同級生はもういないのですから(僕はもともと友達が少なかったですが 笑)。内省する中で何か新しい可能性が見つかるかも知れません。そういう意味で僕の2年間の留年は意味がないことはなかったかなって思います。なので、単位を落としたり、留年することになった人は今こそ自分の甘さや愚かさを見直す時期で、今後さらなる飛躍につなげる時、あるいは気づかない自分の特性を見いだす努力をする時かも知れませんね。留年することによって失ったものを、それを補ってプラスに転じる何かを得る努力をするべきです。一応、僕はそうしたと思っています。って4年で卒業するのがもちろんベストですよ(笑)。あはは。。。


ではまた。

2019.03.01

研究会の話

みなさん、こんばんは。嶋村です。今日から3月になりましたね。僕は花粉症なので、あんまり外には出たくないのですが、そうは言ってもいられないので薬を飲んでなんとかやっています。


さて、今週は共著論文のための研究会をしました。三重大に勤めていた時に同僚だった先生(友達)と僕の3人で論文を書くことになったのですが、そのために研究について話し合いました。京都まで来てもらい2日間に渡って朱雀キャンパスの部屋を借りてしっかり話し合ったわけですが、結果的に非常に実りの多い研究会になりいい論文が書けそうな気がします。


とりあえず3月中に初稿を仕上げようとなったのですが、もう一本論文を頼まれていてそれの締め切りが今月末なので、なかなか忙しくなりそうです。まあ好きなことだからいいんですけどね。


ちなみに三重大の人と書くことになったのは、imposter という文法現象についてです。この単語の意味自体は「氏名(身分)詐称をする人」という意味なのですが、言語学の世界ではこの本来の意味ではなく、文法的には3人称なんだけれど、意味的には1人称や2人称になる名詞表現のことを表します。例えば、My university agrees that your faithful servant’s results support his conclusion (Podobryaev 2017 より引用)という文で、3人称である your failthful servant は実は話者(私)を指しています。この名詞を受けて his とありますが、これも1人称解釈です。なので、主節主語に含まれている My も含めて My = your faithful servant = his = この文の話し手(1人称)になります。この中で your failthful servant みたいなやつを imposter と言います。日本語は実は結構 imposter で溢れていて、「先生の話を聞きなさい」と先生が発話すれば「先生」は「私」ですよね?


日本語はあまり代名詞を積極的に使わない言語で「私(俺)、あなた(君)、彼、彼女」などのような代名詞は省略される傾向があります。例えば、「あ、昨日太郎にあった?」という文ではすでに「君は」という主語がありません。これに答える時、「彼に会ったよ」よりは「会ったよ」の方が自然に聞こえるのではないでしょうか?というわけで、日本語では文脈から判断できる場合代名詞を省略する方が自然なようです。英語ではこのようなことが出来ません。韓国語や中国語では出来ます。イタリア語などのロマンス語系の言語では一部主語が省略可能です。


話を imposter に戻すと上のような英語の文で、imposter が出現するとそれを次に指示する代名詞は必ず3人称でないといけません。なので、My university agrees that your faithful servant’s results support my conclusion とするとダメな文になってしまいます。日本語ではどうでしょうか?上述のように日本語では代名詞を積極的に使わないので「私は今私の論文を書いています」は多少冗長に聞こえますが、まあいいのではないでしょうか?これに対して「先生は今私の論文を書いています」で1人称( imposter としての)「先生」と所有を表す「私(の)」の同一解釈は無理なように感じます。なのでこの点において英語と同じですね。ちなみにこの日本語のデータは僕たち(僕と三重大の先生)の発見であんまり論文を書く前に手の内をこういう公共の場で発信するのもアレなんですが、メイントピックはこれではないし言語学者がこのブログを読んでいるとも思えないので、ネタとして書くことにしました。分析は秘密です(笑)。誰が聞きたいねんって話ですが。。。


というわけでまた来週。


2019.02.22

京都マラソン

こんにちは、嶋村です。だんだんと気候が暖かくなって春らしくなってきましたが、僕は花粉症なので、ちょっと憂鬱です。


さて先週もお話しした通り、先日京都マラソンに参加しました。まあ最初はサブ 3.5 とか言っていたのですが、先週のブログで目標を下方修正しておいて良かったです、ははは。。。結局(ネット)タイムは 3 時間 55 分 27 秒でした(トイレ休憩有り 笑)。とりあえずサブ 4 だったので最低限の走りはできたのかなって思います。けど最後の 10km は脚が全く残っていませんでした。。。いわゆる 30 km の壁というやつですが、いろいろ失敗した要因があると思います。まず第一に寝坊して遅延スタートになってしまったことですね(笑)。僕のスタートは E ブロックだったので真ん中より前の方だったのですが、寝坊でスタートの西京極の会場に着くのか遅くなってしまい、最後尾からのスタートになりました。そうすると集団の中で走る時間が長くなってしまいなかなか自分のペースで走ることができません。前を右へ左へとかわして走っていってものいいのですが、結構疲れて後半に響くんですよね。。。衣笠キャンパスを過ぎて西大路に出る頃になると前が開けてくるのですが、まあそれまで 13 km くらいは 6分台中盤で我慢して走らないといけないので、それで何というか勘が狂ってしまいました。。。最近歳のせいか思ったことがすぐ口に出てしまうのですが、集団で走っていて思わず「遅い!」って口走ってしまって、前のおじさんが退けてくれました。。。おじさん、ごめんなさい。。。そのあと 30km くらいまではキロ 5 分弱で走り続けていましたが、上述の通り後半は失速しました。。。30 km を過ぎたあたりから鴨川の土手を走るのですが、とにかく狭い。ここでも疲れてしまいました。それから体重の調整ですね。結局ダイエットをしないまま参加してしまったので、身体が重たかったです。


まあというわけで、来年参加できたら今度はしっかり準備をしたいと思います。今回は反省することばかりでした。。。


ではまた。

2019.02.15

はしかと京都マラソンの話

どうも、こんにちは、嶋村です。寒い日が続きますが、皆さんどうお過ごしでしょうか。僕は基本的に論文を書いたり読んだり相変わらず自分のことをして過ごしております。まあ研究会やら出張やらがちょっと控えておりその準備なんかもしないといけないなあ~と思ってもいますが。。。


さてこの寒さで体調を崩してしまう方もおられると思うのですが、どうやら世間では麻疹(はしか)が流行っているそうですね。昨日もテレビのニュースでもやっていましたが、はしかにかかるとしばしば合併症を起こして重篤な状態になり、最悪死んでしまうこともある怖い病気だそうです。最近の若い人は2回予防接種を受ける必要があるらしく、2回受けると抗体もしっかり体内に形成され、罹患する可能性が低くなるそうなのですが、問題なのは 30 代や 40 代などの1回しか予防接種を受けていない世代だそうで、テレビに出演していたお医者さんは予防接種を改めて受けるように警鐘を鳴らしておられました。ちなみに僕はこの世代に属しているのですが、留学をする際にもう一度 MMR (はしか、おたふく風邪、風疹の3種混合)のワクチンを受けさせられたので、2回受けたことになっています。本当はアメリカの大学に証明書さえ出せば問題なかったのですが、なんせ子供の時に受けたので、それを子供の頃に通っていた小児科に行って英語にしてもらってどうのこうのというのができなかったので、結局注射することになりました。ちなみに注射は僕が世の中で嫌いなものの中のトップ3に入っています。どうでもいい話ですが、しばしば言語学者の中にフィールドワークをする人がいます。つまり調べたい言語が話されてる国や土地に行って実際に言語データを現地の話者からインタビューを通して取ってくるというのですが、それが例えばアフリカ大陸なんかになるとそれに応じた予防接種をいろいろ受けないといけません。僕の知り合いもそういう人がいますが、注射嫌いの(そして海外旅行があまり好きではない)僕は遠慮しておきたいですね(笑)。今の所自分の研究対象はゲルマン語系と日本語なのでなんとかなっています。。。あ、あとこういう医療系の証明書を英語で出す時に文書作成料を結構取られますので、留学を考えている方は気をつけてください。。。


ちなみに今週末の日曜日は京都で京都マラソン 2019 が開催されます。そして僕も参加して来ます。ただ最近寒すぎてあんまりちゃんと準備ができていません。。。体重も落とそうと思ったのにそれほどダイエットができていない。。。というわけで、前に書いたサブ 3.5 という目標を 3.75 ぐらいにしようかな~、いや 4 かな~。。。とにかく頑張ります。そう言えば、12 km 過ぎの給水所は衣笠キャンパスの近くらしく、立命の学生さんがボランティアとして参加してしているそうです。さすがにそこを通る頃はまだまだ元気があると思うので、恥を晒さなくていいですね(笑)。


ではでは。 また来週。