昨日2月20日は、何も特別な日ではない。しかし、今年度担当した「基礎演習」クラスの「有終の美を飾る」という意味では、結構大切な日だった。昨年4月のクラス活動開始当初から、何度か口頭で説明をして意識付けをして来たし、前年度の成果物も参考資料として提示していたものだ。後期に入り「ゼミナール大会」へ向けた「研究活動」酣の頃には、論文作成に当たっての参考資料として、必要だとするグループには提供もしていたものだ。回りくどい書き方をしたが、『クラス論集』の作成に関したことだ。
「原稿執筆要項」を作成して、その最終締切りが2月20日だった。『論集』に掲載を予定したのは、①「ゼミナール大会」に提出した「グループ論文」、②個人小論文、「研究ノート」または「エッセー」、③基礎演習一年間の「振り返り」、と言ったところだ。②③については、それぞれA4版の用紙で最低1ページ、それ以上の場合は、半ページ単位で増やしていくことにした。
「時期が悪かった」のか? 期末試験終了後に、落ち着いて原稿作成して貰おうということで、原稿提出を2月17日(金)と2月20日(月)にしたのだった。それぞれ、午後4時までに研究室への提出ということにしてあった。既に、締切り日の大分前に提出を完了した学生もいた。しかし、2月17日は提出なし。最終締切の2月20日の午後になって女子学生一人が、「グループ論文」に添えて個人の分をもって来ただけ。
「不安の的中」か? 実は、「ゼミナール大会」明けの基礎演習クラスで「原稿執筆要項」を配布して説明した際に、「面倒そうな」顔をしながらも、「よし、やってやろう!」といった雰囲気があったものが、次の一言で「緩んで」しまったのを感じていたのだった。「基礎演習の成績評価が出た後の原稿締切りですが、是非、一年間のまとめのつもりでしっかり書き上げてください」の言葉は、彼らには余分なものだったかもしれない。所属する学会の編集作業のために締切り時刻の午後4時まで待機出来ずに、午後3時前に研究室を出た。
研究室のドアの横には、「原稿受け箱」を用意して、提出指定日以外でも、随時提出出来るようにしてあった。最終締切りの2月20日に最後まで研究室に待機出来なかったので、私の留守中に「受け箱」に提出している学生がいるだろうことを期待して翌21日、午後からだったが、研究室に出かけた。残念ながら「受け箱」は空っぽだった。
昨年度は、ほぼ同様の方法と日程で、一期生・「魁として」の基礎演習クラス『論集』を発行出来た。学生自身の「喜び」と「自信」に繋がったはずだ。そんなことを今年度の学生にも味合わせたかった。同様の取り組みをした積もりでも、そうそう上手く行かないのが教育の営みというものだろうか。そんなことに思いが至った。ただ、「年度替り」まではまだ日がある。ぎりぎりまで待つことにしよう。 mm生