大変残念なニュースに触れることになった。東京都内各地の図書館で、『アンネの日記』や関連書籍が破られるなど250冊以上に被害が及んでいるという。中には、10ページ、20ページまとめて手で引きちぎられたものもあるようだ。
第2次世界大戦中、ナチス・ドイツの迫害を逃れて家族とともに「隠れ家生活」を送っていたユダヤ人少女アンネ・フランクが残した日記は、2009年に「世界記憶遺産」として登録されている。世界的な「知の財産」である図書を、それを共有する場所である図書館において毀損するという許されない行為がなぜ起こったのか。
過日、「"アンネのバラ接ぎ木会"のこと」をブログさせていただいたこともあり、凄く残念な気持ちになってしまった。1月11日に「接ぎ木会」があって、我が家族も含めて60人以上の参加があった中から何本の「平和のバトン」が受け継がれていくのか、3月を楽しみにしているところだった。図書への直接的「危害」は勿論だが、こうした精神的な打撃を被ることも予想しての行為なのだろうか。如何にも、その「接ぎ木」が根こそぎ「引き抜かれた」ような感覚になって「暗澹たる」気持ちになってしまった。そして、もっと根が深い問題だと感じるのは、「接ぎ木会」に参加するという行為それ自体が否定されているのか、という錯覚に陥ってしまうことだ。
そんな時、ふとクリス・ヘッジズ『戦争の甘い誘惑』(中谷和男訳、河出書房新社、2003年)を思い起こした。 「戦時体制に入ると、まず国家は自国の文化を破壊しようとする。それを破壊し終わってはじめて、敵の文化抹殺に取りかかるのである。紛争に際しては、真の文化は有害だ。国家が推進する大義によって国家的アイデンティティが確立し、戦争という神話を煽ることで国民を栄光と犠牲へと駆りたてている時、大義の価値、神話の真偽に疑問をさしはさむような輩には、内なる敵というレッテルを貼らなければならない。・・・戦争にある国家は、本物でヒューマンな固有の文化を沈黙させる。こうした文化破壊が順調に進めば、敵の文化抹殺に取りかかっても、道義的な気兼ねもしないですむ。・・・」(p.95)
差別や偏見にもとづく「ヘイトスピーチ」の問題も随分と取り沙汰されているが、図書に対する「物言わぬ蛮行」なども含めて、社会には十分過ぎるほどの「暴力性・攻撃性」が蔓延っている。こうした事の1つひとつが人間的な「文化状況」を破壊していくといことに繋がるとすると、その先に待っているものは何か。
「もし神様が私を長生きさせて下さるなら、私は世界と人類のために働きます。戦争が何の役にたつのでしょうか。なぜ、人間は仲よく平和に暮せないのでしょうか。」(1944.4.11)と「日記」に記したアンネ・フランクの平和の願いが乱暴にも踏みにじられた問題として今回のニュースには大変心を痛めているし、それの持つ「暴力性・攻撃性」の異常さには怒りが込み上げてくる。 mm生
