2012.11.28
「劣」に重みをかけすぎ、「優」を忘れていないか
このところ、自分の色々を省みる機会があり、ふと手にした本がありました。
教育実践家、とりわけ国語教育では知らない人はいないという、大村はま先生の著書『教えるということ(新編)』(ちくま学芸文庫、1996年)。
戦後国語教育において、単元学習を実践された先生として著名です。
そのなかで、こんな一節がありました。
「劣」に重みをかけすぎ、「優」を忘れていないか (167頁)
「教室の魅力は、力の弱い子どもを救うことだけでは、半分しか生まれてこないと思います。
力の弱い子どもが張り合いよく学習していると同時に、力のある子どももいきいきとして学び、語り合い、豊かな力を出し切って努力している、頬をほてらせているようでないと、教室に魅力が生まれません。
ところが、これは力の弱い子どもにやりがいを感じさせることより、むずかしいかもしれません。」
色々な授業を担当するなかで、私はいつも「つまずき」を捉えようとし、
丁寧に、分かりやすく授業を編んでいこうと思い、試行錯誤をしています。
けれども最近思い、感じるのは、
そうした試みは、丁寧にやりすぎて、あるいは簡単なレベルに下げすぎてしまって
結局のところ、誰の学びにもなっていないのではないか・・・、ということ。
とくに、力のある学生に対して、もっと働きかけができるものを提示しないといけないのでは、
ということです。
以前、授業研究会でお聞きした元東大教授の佐藤学氏も、
「高校中退者の多くは、高校の授業が難しいからやめていくのではない。
自分にとって学びがいがなかったり、簡単すぎるからやめていくのだ。」
ということをおっしゃっていました。
学生にとって、チャレンジングな課題を提示し、
かつ、分かりやすい授業をいかにつくっていくのか。
修行は続きます。。。
でも、教育は答えが一つではないところが面白くもあります。
そのようなことを思いながら、今日も授業で使えるネタを探しながら生きているma34でした。
